ククリ様に魅入られる

海凪

第1話 帰郷

 初夏も過ぎ、八月に差し掛かると、蝉たちがところかまわずに合唱を始め、本格的に夏が到来した。

 電車から外の景色を眺めると、燦燦さんさんとした太陽に田んぼの稲が照らされ、黄金色にも近い輝きを放っている。風景に緑が増えてきたのを見ると、目的地は近いようだ。


 毎年恒例の行事ではあるが、俺、野村信ノムラノブは相変わらず夏が嫌いだ。外は蒸し暑く、常に首を掴まれているような息苦しさを感じてしまう。今年は冷夏だとテレビやネットの記事で見た覚えがあったが、絶対に嘘だ。ひとたび冷房が効いている部屋から外に出ると、全身が熱気に包まれ、蒸気のスーツを着用しているような気分に陥ってしまう。冬の寒さも厳しいものではあるが、まだ衣服を着込めば凌げるだけマシというものだ。

 だが、俺が夏に対して苦手意識があるのはまた別の原因だろう。忘れもしない、あの時だ。小四の夏休み、虫捕りをするために近所の山に行った時に見たあの出来事が──無意識のうちに、夏という季節を反射的に受け付けなったと推測する。

 まあ、それも当然だ。あんなものを見たら、誰だってトラウマになる。大人になった今でも、あの光景を目にしたら腰が抜ける自信があるほどだ。


 はぁ、やっぱり駄目だな。夏になると、どうしても思い出してしまう。せっかく、これから旧友と数年振りの再会を果たすっていうのに、今から陰鬱な気分になってどうする。切り替えないと。

 電車が停止し、駅名を確認すると、目的地まではあと二駅にまで迫っていた。約束の時間には間に合いそうだ。メッセージアプリを起動し、『もうすぐ到着する』と文字を打ち込む。送信後、数十秒もしないうちに、返事が返って来た。


『ヒサと駅前でもう待ってるぞ』


 どうやら、もうふたりは揃っているらしい。待ち合わせ時間までまだ三十分もあるというのに、ずいぶん暇なやつらだと、内心毒を吐く。とは言っても、あんな何もない田舎だと、暇を持て余すのも仕方ないか。そんなことを思いながら、到着までネットサーフィンで時間を潰すことにした。


 俺の地元は世間で言うところの、田舎の分類に入るだろう。

 一応、それなりにコンビニや商店といった施設は存在し、住宅街もあるのだが、駅の周囲は田んぼで埋め尽くされている。都会人があの光景を見たら、まず間違いなく田舎だと判断するに違いない。

 駅前に到着すると、見慣れた後姿が見えた。間違いない。ツヨシヒサだ。向こうも俺を視認したようで、手を振りながら、こちらに向かって大声を上げた。


「おーい。ノブー」


 相変わらず、ツヨシはやかましい男だ。その横で、ヒサが軽く腕を上げ、再会の挨拶をしている。俺も彼に合わせて、左腕を振った。


「よぉ、高校卒業以来だな。元気にしてたか。ノブ」


「あぁ、まあまあだよ」


 開口一番に、ツヨシは俺の肩に腕を回し、挨拶をする。彼の本名は飯田剛イイダツヨシ。体格が良く、身長が一九〇センチを超えており、いかにも力自慢といった風貌をしている男だ。少々乱暴なところがあり、こうやってコミュニケーションを取る際にもボディタッチをしてくる。高校卒業後は家の商店を継ぎ、働いているらしい。


「少し、瘦せたんじゃないか?」


「ははっ。まあちょっとね。ヒサは変わらないな」


 その横から、ヒサが声を掛けてくる。彼の本名は浪川久ナミカワヒサ。ツヨシと比較すると小柄な男であり、痩せ型で、わざわざ外出前に髪のセットに一時間は掛ける几帳面な男だ。家がそれなりに裕福なこともあり、フリーターとして近くのスーパーでバイトをしながら、何やら最近は動画投稿で一攫千金を狙っていると言っていた。

 彼らとは小学校から高校まで一緒の学校に通っていた学友であり、今日、三年振りの再会を果たした。二人は変わった様子はなく、元気にやっているようだ。それに比べて、俺は慣れない都会で大学生活を送りながら、バイト漬けの日々を送っているということもあり、この三年で五キロも体重が減ってしまった。


「おい、家まで車で送ってやるよ」


「あぁ、助かる」


 ツヨシに連れられて、駅前で待機している飯田商店のワゴンの助手席に乗り込む。車内はクーラーが効いており、ひんやりとした風が実に心地良い。

 都内の大学に進学してから三年、地元に帰郷するのはこれが初めてである。大学も三年に上がり、ようやく落ち着ける時間ができたことから、今回の里帰りが叶ったのだ。親には毎年、盆には帰ってくるのかと急かされていたが、ようやくその約束を果たせたと言える。


「で、ノブ。今日の夜は空いてるか」


「夜? 特に予定はないけど」


 運転席からのツヨシの言葉に、俺は少し困惑しながら答える。


「よし、じゃあ大丈夫だな。今日はノブの帰還記念歓迎会だ。楽しみにしとけよ」


「歓迎会って、何をするんだ?」


「それはもう、行ってみてからのお楽しみよ。まあ退屈はさせないから安心しとけ」


 ツヨシは意味深な笑みを浮かべながら、何かを企んでいるような顔をしていた。彼がこの表情を浮かべている時は──何か悪事を考えている時の顔だ。見覚えがある。


「おいノブ。今日はあんまり飲み物を飲まない方がいいぞ」


「は、はぁ?」


 後部座席から、ヒサが顔を出す。どうやら、彼もこの件に噛んでいるようだ。

 この二人が組む時は大抵ろくでもないことだ。小学校からの付き合いということもあり、これまでの所業は俺も全て知っている。小六の修学旅行で行った女風呂の覗き、中二の時には評判の悪い担任をセクハラ犯に仕立て上げて学校から追放した事件。高三の夏には盗撮紛いなことをして危うく補導されかけたこともある。中には俺も強制的に参加された事件もあり、友人ではあるが、正直人間的にはかなり駄目なやつらだと思っている。

 そのふたりが、歓迎会を考えている、か。俺はただ、また何か犯罪行為に手を染めているのではないかということだけが心配であり、期待よりも不安の方が勝っていた。

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