13 泥棒猫

スーパーに来た僕達。

夕飯の買い物が目的だ。

冷蔵庫も、昨日の歓迎会で寂しくなったしね。


ざわざわ…… ガヤガヤ……


この時間帯はやはり人が多い。

だからこそ、逆に堂々としていれば、元トップアイドル二人が店内に居ても目立たないだろう。

多分。


僕はカゴを手に取って、


「何食べるー? 僕的にはカレーとか肉じゃがかなー」

「随分と家庭の味って感じだけど、そういう気分なの?」

「いんや、良い機会だしシノさんをスパルタ教育しようかなと」

「え? わ、私を、ですか?」

「ああ。煮込み料理を覚えたら、大抵なんでも出来るようになるぜ? まぁ僕はプロじゃないから基本しか教えられんけど」

「ズルイっ! お姉ばっか贔屓してっ」

「ゆーて、僕がリノちゃんに教えられる事なんて無いし?」

「別に、それと同じ時間『私の部屋で二人きり』でイエスマンになって貰えればいいよっ」

「じゃあそれで」

「安請け合いを……」


野菜コーナーに到着。


「うーん……作るんならやっぱカレーかな。肉じゃがはおかずだけど、カレーはメインになるし。あとはサラダくらい?」

「じゃがいもは要らないかなっ。どうせなら夏野菜カレーにしようっ。オクラとかナスとかカボチャを素揚げしてのせるやつ! ルーにはトマトジュース入れてねっ」

「んー……いきなり中級だなぁ。揚げ物という行程も入るし」

「スパルタ教育なんでしょ? 揚げ物跳ねたり指切ったりと痛みを覚えないと成長しないよっ」

「綺麗な肌に傷がつくぜ?」

「過保護過ぎるよっ。もうアイドルじゃないんだからお姉は生キズ塗れになっても良いのっ」

「そ、そんなにカレー作りというのは激しいのですか……?」


リノちゃんに押し切られ、夏野菜カレーの具をカゴに入れていく。

野菜はさっき挙げた野菜の他に、玉ねぎとトウモロコシと生ニンニク、サラダにはレタスとトマト、肉は豚挽肉、ルーは辛口のだ。


「……ん? あー、いいかいシノさん。料理に隠し味入れるってのは、料理に慣れた人が初めてやって良い行為なんだ。だから、君が見てるそのチョコレートをカレーに入れるのはまだ早いよ」

「えっ!? い、いや、そういう意味で見ていたわけでは……」

「お姉はチョコ好きだからねぇ。新作には目がないんだよ」

「ぅぅ……」

「じゃ、それもオヤツに買おうか(カゴにポイッ)しっかし、普通に女の子してるねぇシノさんは。リノちゃんの姉とは思えないぜ」

「どういう反応をすれば良いんですか……?」

「私ならお酒入りチョコの中身を度数高いのに変えてお兄ちゃんを酔わすからねっ」

「見ろよシノさん、この壊れた妹を。未成年だとかそんなの考えてもねぇ」

「もう手遅れですね……」


それから僕らは、海鮮コーナーに辿り着いて。


「あっ、お兄ちゃんっ、イカとかエビとかホタテも合うんじゃないっ?」

「いいねぇ。生臭くなるから早く食べないとになるけど」

「具材を入れ過ぎでは……?」

「確かに量は多くなるねー。ま、シノさんはその辺気にしないで作っていいよ。ちゃんと食べ切るからさー」

「はぁ……」


リノちゃんはエビを厳選しつつ、


「にしてもさー、お兄ちゃん。どーして急に、お姉に色々させようって考えたん?」

「シノさんたら、色々気にしててね」

「ちょ、ちょっと……!」


服をつままれる。

話されたくないんだろう、体育用具室で聞いた彼女の弱音を。

僕は、曖昧だった(用具室で寝る前の)記憶をほぼ思い出していた。


「こーゆーのはモヤモヤしてないでスッキリさせる話だと思うぜ」

「だっ、だからと言ってこの子の前で……!」

「ふぅん。アレねー。どーせアイドル(シノリノ)時代含め『私は役立たず』云々とか思ってたんでしょー?」

「ッ……!」

「流石はリノちゃん」


勘の良い子なのは知っていたが、まぁ、そこは実の姉だ、最初から解っていたんだろう。


「もう(アイドルは)終わった話なのに、馬鹿だねぇ。贅沢な悩みなんだよねぇ」

「それなー、僕も思ってた」

「な、なぜ貴方も同意して……」

「お姉は自分の商品価値を最後まで知らなかったんだねぇ。私は分かってたから、あの時はお姉をシノリノの顔として立ててたのに」

「それなー。顔が良くて指示されたダンスと歌をこなせれば十分だよなー?」

「そーそー」

「や、やめて下さい……」

「実際、ファンからすりゃーお姉の方が印象強いと思うよ。私は演奏だけで、ダンスも踊らず歌は口パク、楽だったぜっ」

「(体育用具室ではあえて言わなかったけど)やっぱり適所適材なんだなぁ」

「都合よく使われたようにしか見えませんが……」


「まぁ」 と、リノちゃんは選んだムキエビをカゴに入れ、


「予想通り、いや、予想以上に売れたのは事実だよ。想定を越えたのは、お姉の頑張りの力だ。予定では何処かでポカして貰って、おっちょこちょい属性という『隙』を付けたかったんだけどねぇ」

「クソ真面目だから言われた事は完璧にこなしちゃうんだろうね。体幹が良いからライブ中転ぶなんてしないだろうし」

「恥を晒す事の何が良いのか理解出来ません……」

「ま! お姉、これ以上の何かを望んだら、世の中の『持ざる女』に後ろから刺されても文句は言えんよ?」

「『胸が重ーい』とか言うなよ?」

「貴方はさっきからリノの援護ばかりしないで下さい……」


フッ、とわずかに微笑むシノさん。

まぁ、これで彼女の悩みが……いや、気が少しでも晴れれば儲けもんだ。

簡単にスッキリする問題でもないだろうしね。


カシャ カシャ


ふと。

綺麗にまとまっていた僕らの空気に水を差すような、そんなスマホの撮影音。


「スマホと言えばお兄ちゃん、今更だけどLINEやってる?(笑)」

「おいおいナンパかい? 僕に連絡先を寄越すって事は、君らの親と面接させてくれるってぇ意味よな?」

「その話(前話参照)まだ続いてたの!? 面倒くさいなっ。でも面倒くさいお兄ちゃんも好きっ」

「僕の面倒くささは癖になると(どこかで)噂だからな」

「でも実際はもう、お兄ちゃんのスマホに私の(連絡先)登録済みだよぉ?」

「こわい」


この遣り取り必要だった?


カシャカシャ


……はぁ、また撮影音。

チラリと視線を動かすと、こっそり、僕らにスマホを向けている二人の若い男達。

関係の無い撮影音だと思いたかったけども。


「朧げに視線は感じてたけど、さっきのアイドル話で確信持たれちゃったかなぁ?」

「無視すればいいんですよ、こんなのは」

「いーや、ヤラれっぱなしは我慢ならん。ビシッと対応してくるぜ。よーやくお披露目な僕のかっこいいシーン、ご期待下さい」

「わーいっ」

「お、穏便に、ですからね?」


僕は勇ましく、男達の方に一歩踏み出し、


スッ……


が、僕より先に、『一つの影が』男達の前に行って。


ペシッ ゴトッ バキッ


片方の男が持っていたスマホを手で払い落とし、足で踏み潰した。


「ん? ああ、済まない、手が当たってしまった。手癖が悪くってな」

「テ、テメェ! (サッ)」


ヒュッ! パキパキッ!


もう一人の男がスマホを向けた瞬間、その影は、もの凄い速さで蹴りを繰り出す。

鞭のようにしなやかな振り。

その爪先は、スマホの直前で、寸止めするように止められていた。

が……スマホの液晶と、男が掛けていた眼鏡が、バキバキに割れていて……


「ああ、足癖も悪いんだ。所で……ウチの生徒にカメラを向けていたようだが、何か用でもあったか?」


騒ぎによる周囲の視線。

盗撮犯を咎める空気。


それに耐えられなくなったのか、男達は逃げるようにその場を去っていった。


おーっ

やるねぇネーちゃんっ

パチパチパチ!


周囲からの賞賛…………あんにゃろう!


「悪いね二人とも、ターゲットが変わった。真の倒すべき敵が判明したよ」

「誰が敵だ誰が」

「なにっ」


ノコノコ、敵はファサっと金色の髪を靡かせ、僕らの前へやって来る。


「いい度胸だよっ、明日の朝刊のったぞテメーっ」

「いつの不良漫画だ」

「よくも僕の活躍をっ。手癖が悪いってのは僕の活躍を掻っ攫うって意味かぁ? この泥棒ネコ!」

「お前加減とか知らねぇだろ。今のが一番穏便な流れだよ」

「いーや、甘いね。制服でバレてるから明日学校に連絡行くぜ? 僕だったら『証拠も残さない方法』取れたのに」

「いーんだよ。なんならさっさと生徒会辞められるからな」

「はぁ……折角、まともになったと思ったら、まーたただのオタク妹に戻るのかぁ」


僕も甘いね。

妹じゃなかったら、今の(活躍横取り)も許せてねぇ……!


「わー、流石は男女ともに人気のヨミ会長様っ。格好良くて惚れちゃうねっ」

「あ? キモいからやめろ。オメーらの為にじゃねぇよ」

「知ってるよっ。会長は1にも2にもお兄ちゃんだからねぇ。あーしと同じ目をしてるから知ってるよぉ?」

「テメェの汚れた目と一緒にすんな」

「そーいえばヨミちゃん、なんでこのスーパーに? こっちまで来るの珍しくない?」

「……気分転換に、だよ」

「そっかぁ。アッ、どーせならヨミちゃんもウチで夕飯食べる? カレーだよカレー」

「えっ」「えーっ」

「ふぅん」


ヨミちゃんはチラリと姉妹の反応を見て。


「じゃあ、顔出そうかな。あと、お前が『ウチ』とか言うな」

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