第二十八話 狩り
「義弟君は余計な事を言って部下を怒らせてしまってね……肋骨が数本折れているらしいから、心配しなくても無体な事は出来ないと思うよ?」
「そんな心配なぞ……」
「奥さんの方が積極的ならわからないけどね?」
余裕気に、こちらの感情を煽る態度が気に食わない。絶対にこいつとは分かり合えないだろうなとも感じた。
「人質を用意してまで、俺に何をやらせたい」
「さすがは大高君が絶賛するだけあるね、物分かりがいい」
部屋の端でかすかなうめき声が発せられる。
「バーサーカーを狩りたい」
「バーサーカー?」
突然の単語に面食らう。まったく聞き覚えがない。
「鈴を持った女を救ったヒーローが、そういう別名を持っているらしくてね。正確な名前はこちらも把握していなくて、とりあえず通称で呼ばせてもらっている。女とつながりのあった君なら、正体を知っているのでは?」
「そんな異名を持つような人間は、覚えがないが……」
女を男たちから守ったのは
演技でもなく素で、何の事かわからないという態度が出ていたのだろう、相手は若干期待外れだったらしい。椅子に深く座り込み、ことさらにため息を吐き出した。
「何もないところから武器を取り出し、すべての敵の動きを先読みするかのように動くそうだ。我々の兵隊も熟練だが全く歯が立たなかったとか。
「そのような事が出来る者などあり得ない、マンガや映画の主人公でもあるまいし。本当にそのような存在が? 我々陰陽師でも、
「幾人か風水の血筋の者がその場にいてね。あの武器は間違いなく実在し、
「あれで作り出すのはせいぜい幻影のはず。そのように見せかけられていただけでは。馬鹿らしい」
「嘘か本当か、バーサーカーを捕らえてしまえばいい」
「その対象がどこにいるのか目処は立っているというのか」
画面には何かの3Dグラフィックのゲーム画面が映し出されている。英語だが音声を聞く感じ、よくあるゲーム実況動画のようだ。中央の猫耳少女キャラを中心に撮影している。そのキャラは縦横無尽に動き、武器を切り替えつつ、一切の無駄無く周囲のキャラを倒していく。演舞を見ているかのような見事な立ち回りは、
「そのキャラのプレイヤーを名乗る者が、通っている高校の名前を出したらしくね」
「明日、その学校でバーサーカーを狩る。一人ずつ精査するような生ぬるい事をするつもりはない」
「お前たちはいったい、何をするつもりだ……」
* * *
「重い」
「ほんとデリカシーがないわね」
女が横に退くと、痛みとともに堪えていた息を
顔を寄せ合い、ささやくような小声で会話を続ける。
「あのカメラはマイクもあるのか?」
「知らないわよ、わかるわけないじゃない。赤いランプがついているときだけレンズが動いてるみたいだったから、光ってる時はこっちを見てるのは間違いないわね」
「俺に気持ちを残しているような事を言ったのは?」
「マイクがあるかもしれないじゃない。こうやって小声で会話できる程度に近づくなら、ああ言った方が自然でしょう」
「女優だな」
「お褒めにあずかりまして?」
「
「さあ? でも私たちが睦まじくやっているところなんて、後からでも見せるんじゃない。私が誘拐犯や脅迫者なら絶対にやるわね」
「うまく伝わっていればいいが」
「なんて書いてたの」
「梵字を五十音に当てはめて、コチラハキニスルナ、ナントカスル、と。あいつが理解できたかどうかはわからん」
「あんなに撫でまわしておいて、伝わってなかったら最悪ね」
「数発は殴られる覚悟がいるな」
「ここから逃げ出す算段はあるの? あなた怪我してるでしょ」
「もう少し時間をくれ」
肋骨の痛みは徐々に、だが確実に引いて来ている。あの回復力が骨にも反映されるなら、夜明けには動ける程度にはなっているだろう。
* * *
夜更かしはしたものの、早起きな鳥が二羽もいれば、おのずと目が覚めるというもの。夜明けとともに目覚めた鴉たちは、最初は飼い主を起こさないように遠慮がちではあったのだけど、お互いに羽繕いをしあっていたら興が乗ってしまい、動き回っているうちに
「おはよ」
「クア」
「カァ」
目をこすりながら体を起こせば、ちかちかと明滅する携帯が目に入る。手に取って見ると、
――
――
何時、という指定はなかったが、話をするなら少しでも早い方がいいだろう。
父には宿題を夕べやり忘れたから、学校に早めに行ってやることにすると言い、不自然にならないように家を出た。自室の窓を少し開けて、ヤタと
『必要があったら名前を呼んで』
最初はついていくと言っていたヤタだったが、鴉を連れては登校できないという事で留守番に同意してもらった。
鍵のかかったように閉じられた玄関扉も、
「あの人がこんな風に暴れるような事があるだろうか」
護衛の一人が独り言としてつぶやいた言葉だが、少年も同意だ。沈着冷静なあの人の事だから、もし
あたりを見回していた一人が、破れたふすまの中に押し込まれた一枚の形代に気付く。手に取れば風見鶏のような式神の姿を構築し、ひとしきりクルクルとまわったそれは、ぴたりと北の方向に向かって止まった。
「さすが
「それで居場所がわかりますか?」
「時間はかかるがおそらく」
食い気味の少年を、護衛の男性は手で制した。
「ここからは我々の仕事だ。君たちは学校に向かって通常通りに過ごして欲しい。不自然な行動をすれば目立ってしまうから」
「あ、はい……」
無力な子供でしかない自分が情けない。
「
「そうであって欲しいと思う。我々は
「それは大丈夫。今までも特に何もなかったし。それに、ね」
ぱっと少年の腕を取って
護衛の二人は驚いたような顔をしたが、素敵なナイトいたね、などと苦笑しながら二枚の形代をくれた。
「これは念をこめれば数秒だけ幻影を作れる形代だ。どんな幻影を作るかは術者次第だが。もし何か危険があればこれでその場をなんとかしのいでくれ」
一人一枚ずつ手に取り、二人はそれぞれ大事にポケットにしまった。
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