第二十八話 狩り


 剣持けんもちが画面から目を上げたのは、突然画面が暗くなり自身の顔が映りこんだからだ。同時に、ハッと我に返る。そんな自分の態度に、相手の男はとても満足気な様子だから、とても癪に障る。


「義弟君は余計な事を言って部下を怒らせてしまってね……肋骨が数本折れているらしいから、心配しなくても無体な事は出来ないと思うよ?」

「そんな心配なぞ……」

「奥さんの方が積極的ならわからないけどね?」


 余裕気に、こちらの感情を煽る態度が気に食わない。絶対にこいつとは分かり合えないだろうなとも感じた。


「人質を用意してまで、俺に何をやらせたい」

「さすがは大高君が絶賛するだけあるね、物分かりがいい」


 部屋の端でかすかなうめき声が発せられる。剣持けんもちは少しだけそちらに視線を送るが、転がっている物体に動きは見られなかった。すっかり存在を忘れていたが、生きていた事を面倒に感じた。そんな剣持けんもちの態度を無視して、マフィアの首領は続ける。


「バーサーカーを狩りたい」

「バーサーカー?」


 突然の単語に面食らう。まったく聞き覚えがない。


「鈴を持った女を救ったヒーローが、そういう別名を持っているらしくてね。正確な名前はこちらも把握していなくて、とりあえず通称で呼ばせてもらっている。女とつながりのあった君なら、正体を知っているのでは?」

「そんな異名を持つような人間は、覚えがないが……」


 女を男たちから守ったのは拓磨たくまだ。確かにあの無双っぷりなら、そのような異名を持っていてもおかしくはないが、自分から目立つ行動をするタイプには思えない。

 演技でもなく素で、何の事かわからないという態度が出ていたのだろう、相手は若干期待外れだったらしい。椅子に深く座り込み、ことさらにため息を吐き出した。


「何もないところから武器を取り出し、すべての敵の動きを先読みするかのように動くそうだ。我々の兵隊も熟練だが全く歯が立たなかったとか。神粒しんりゅうを使っての戦闘方法は、各国で多少なりとも存在していたが、博識な我々の情報の中にもない。こちらの部下は数分で全滅した。しかし負傷はなく、気絶させられただけという。威力すら調節できていたようだという」

「そのような事が出来る者などあり得ない、マンガや映画の主人公でもあるまいし。本当にそのような存在が? 我々陰陽師でも、神粒しんりゅうを使う時には媒体となる形代が必要だ。何もないところからなど」

「幾人か風水の血筋の者がその場にいてね。あの武器は間違いなく実在し、神粒しんりゅうで出来上がっていたという」

「あれで作り出すのはせいぜい幻影のはず。そのように見せかけられていただけでは。馬鹿らしい」

「嘘か本当か、バーサーカーを捕らえてしまえばいい」

「その対象がどこにいるのか目処は立っているというのか」


 ヂォン  雲嵐ウンランが再び軽く指を鳴らすと、卓上のノートパソコンを一度部下は持ち上げ、何らかの操作をしたのち、再び剣持けんもちの前に置いた。

 画面には何かの3Dグラフィックのゲーム画面が映し出されている。英語だが音声を聞く感じ、よくあるゲーム実況動画のようだ。中央の猫耳少女キャラを中心に撮影している。そのキャラは縦横無尽に動き、武器を切り替えつつ、一切の無駄無く周囲のキャラを倒していく。演舞を見ているかのような見事な立ち回りは、剣持けんもちも知っている少年の動きである。


「そのキャラのプレイヤーを名乗る者が、通っている高校の名前を出したらしくね」


 剣持けんもちはわずかに眉根を寄せる。


「明日、その学校でバーサーカーを狩る。一人ずつ精査するような生ぬるい事をするつもりはない」

「お前たちはいったい、何をするつもりだ……」


 ヂォン  雲嵐ウンランは不適な笑みを浮かべるばかりだった。


* * *


「重い」

「ほんとデリカシーがないわね」


 女が横に退くと、痛みとともに堪えていた息を白戸しろとは吐き出す。

 顔を寄せ合い、ささやくような小声で会話を続ける。


「あのカメラはマイクもあるのか?」

「知らないわよ、わかるわけないじゃない。赤いランプがついているときだけレンズが動いてるみたいだったから、光ってる時はこっちを見てるのは間違いないわね」

「俺に気持ちを残しているような事を言ったのは?」

「マイクがあるかもしれないじゃない。こうやって小声で会話できる程度に近づくなら、ああ言った方が自然でしょう」

「女優だな」

「お褒めにあずかりまして?」

剣持けんもちは見ただろうか」

「さあ? でも私たちが睦まじくやっているところなんて、後からでも見せるんじゃない。私が誘拐犯や脅迫者なら絶対にやるわね」

「うまく伝わっていればいいが」

「なんて書いてたの」

「梵字を五十音に当てはめて、コチラハキニスルナ、ナントカスル、と。あいつが理解できたかどうかはわからん」

「あんなに撫でまわしておいて、伝わってなかったら最悪ね」

「数発は殴られる覚悟がいるな」

「ここから逃げ出す算段はあるの? あなた怪我してるでしょ」

「もう少し時間をくれ」


 肋骨の痛みは徐々に、だが確実に引いて来ている。あの回復力が骨にも反映されるなら、夜明けには動ける程度にはなっているだろう。

 剣持けんもちはいざとなれば自分を切り捨てるだろうが、妻はそうできないはず。彼に自由に動いてもらうためには、こちらはこちらでなんとかするしかない。


* * *


 夜更かしはしたものの、早起きな鳥が二羽もいれば、おのずと目が覚めるというもの。夜明けとともに目覚めた鴉たちは、最初は飼い主を起こさないように遠慮がちではあったのだけど、お互いに羽繕いをしあっていたら興が乗ってしまい、動き回っているうちに叢雲むらくものしっぽが拓磨たくまの顔を撫でるに至った。

 

「おはよ」

「クア」

「カァ」


 目をこすりながら体を起こせば、ちかちかと明滅する携帯が目に入る。手に取って見ると、加賀見かがみからのメッセージだった。


――剣持けんもちさんにも何かあったみたい。朝、学校に行く前に白戸しろとさんちで会わない?


 拓磨たくまが寝入った頃に来ていたようだ。急いで同意の返信をする。彼女も起きていたのか、このメッセージで起こしてしまったのか、即返事が来た。

 

――白戸しろとさんちで待ってるね。


 何時、という指定はなかったが、話をするなら少しでも早い方がいいだろう。

 父には宿題を夕べやり忘れたから、学校に早めに行ってやることにすると言い、不自然にならないように家を出た。自室の窓を少し開けて、ヤタと叢雲むらくもが外に自由に出入りできるようにもしておく。


『必要があったら名前を呼んで』


 最初はついていくと言っていたヤタだったが、鴉を連れては登校できないという事で留守番に同意してもらった。


 白戸しろとの家に足早に向かうと、黒塗りの車がすでに駐車場に入っていた。玄関前には見知った少女と、護衛らしく二人のスーツ姿の男性。拓磨たくまが会釈をすれば、相手も返してくれた。

 鍵のかかったように閉じられた玄関扉も、拓磨たくまが開く事を念じれば素直に開く。中に入れば散々たる有様だった。どのような乱闘があったのか、ふすまも障子も外れ、倒れ、穴が開いている。護衛の二人も眉をしかめていた。


「あの人がこんな風に暴れるような事があるだろうか」


 護衛の一人が独り言としてつぶやいた言葉だが、少年も同意だ。沈着冷静なあの人の事だから、もし叢雲むらくもから注意をそらすにしても、ここまでになるのは。

 あたりを見回していた一人が、破れたふすまの中に押し込まれた一枚の形代に気付く。手に取れば風見鶏のような式神の姿を構築し、ひとしきりクルクルとまわったそれは、ぴたりと北の方向に向かって止まった。


「さすが白戸しろとさん。自分の居所を指し示すものを置いて行ってくれたようだ」

「それで居場所がわかりますか?」

「時間はかかるがおそらく」


 食い気味の少年を、護衛の男性は手で制した。


「ここからは我々の仕事だ。君たちは学校に向かって通常通りに過ごして欲しい。不自然な行動をすれば目立ってしまうから」

「あ、はい……」


 無力な子供でしかない自分が情けない。加賀見かがみはもう最初から大人たちに任せるつもりでいたようで、普通に今思っている疑問をぶつける。


剣持けんもちさんも同じ場所にいると思う?」

「そうであって欲しいと思う。我々は剣持けんもちさんと白戸しろとさんの行方を追う事になるから、君の護衛を続けられないが……」

「それは大丈夫。今までも特に何もなかったし。それに、ね」


 ぱっと少年の腕を取って加賀見かがみは満面の笑顔を向ける。

 護衛の二人は驚いたような顔をしたが、素敵なナイトいたね、などと苦笑しながら二枚の形代をくれた。


「これは念をこめれば数秒だけ幻影を作れる形代だ。どんな幻影を作るかは術者次第だが。もし何か危険があればこれでその場をなんとかしのいでくれ」


 一人一枚ずつ手に取り、二人はそれぞれ大事にポケットにしまった。


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