第十五話 ヤタ復活


 拓磨たくまの右側には加賀見かがみ、左隣には古賀こが。二人に挟まれるように帰路につく。最初はなんとなく気まずかったが、歩く事が心を落ち着かせるらしく、いがみあう二人の様子も落ち着いて来たようだが、雑談のつもりで今日のゲーム追放の話を振れば、加賀見かがみがプリプリと怒り始める。彼女がこんなに感情が豊かだとは知らなかった。古賀こがも「なんだそいつ」と怒りはじめる。

 仲良くなるきっかけは共通の敵が存在する事というのはよく言われるが、鈴城の件について途端に二人は意気投合しはじめた。


「そいつ、元々大磯おおいそに嫉妬してたんじゃ?」

「その可能性はあるわね。身長も同じぐらいで、ゲームの話題以前の拓磨たくま君と同じぐらい目立たなかったし」

「ゲームをきっかけにクラスの人気者になったのが羨ましくて、か」

「今までV.O.ヴォルティックオンラインなんてゲーム、彼がやってるなんて話、聞いた事なかったわ。あの話題のバーサーカーが本当に彼かっていうのも怪しい気がする」


 二人の会話が弾むのは良かったが、それが人の悪口というのはいたたまれなくて、二人の話を聞きながら必死に次の話題を模索する。バーサーカーがよもや自分の可能性があるとはとても言いだせない。


「そ、そうだ、加賀見かがみさん」

「あ・い・り」

「えっと、愛梨あいり、ちゃん……」


 パァっと少女の顔が明るくなる。美少女の顔が輝くと、本当に周囲にキラキラが見えるんだ、と不思議な感覚になるが、古賀こがが舌打ちをして、また険悪になりかける雰囲気を察知したが、もうどうにもならない。


「で、なあに? 拓磨たくま君」

「えっと、神粒しんりゅうの事なんだけど、何か新しい情報はある?」


 二人がケンカせず、誰かを貶めない話題といったら、もうこれしか思いつかなかった。加賀見かがみは少し表情を検め、前を見据えた。


「パパの蔵書をいろいろ調べてわかったのは、古来から人が利用して来たものは全て、神粒しんりゅうが絡んでいるという事かしら。信仰の他、占いや呪い。特に風水はその利用で一歩秀でてるみたい」

「風水? 西に黄色とかいうやつか」

「昨今のインテリア風水のようなカジュアルなものじゃなくて、もっと根幹にあるものね。龍脈って聞いた事ある?」

「なんだっけ、地面にあるんだっけ」

「そう、地中にある気のルート。その気が噴き出す場所を龍穴りゅうけつって言うんだけど、その風水で言う”気”が神粒しんりゅうの事みたいなのね。気が噴き出す龍穴に住めば、一族は繁栄すると言われているのだけど、それはどうも神粒しんりゅう量を多く活用できるからみたい」

「風水かあ、確かに歴史も古いしなあ」

「そして風水では、音で気の流れを変えられるらしくて、風鈴なんかはよく活用されるらしいんだけど、一定の波長の音を出す事が出来れば、よりその気を集める事が出来るんだとか。今は神粒しんりゅうをいかに意図した場所に集めるかでどの分野も躍起になっているから、この風水の鈴の音を分析するというのが目下一番の話題らしいの」

「鈴……」


 あの峠での不思議な音と、霧のように大量に集まった神粒しんりゅうの事を思い出す。古賀こがも思い至ったようだ。


* * *


「なるほど、これにそんな効果が」


 白い病室でパイプ椅子に座りながら掌に収まる小さな金剛鈴を、音が鳴らないように剣持けんもちもてあそぶ。


「見た目は真言密教の物みたいだったから、それがまさか彼らが話題にしていた風水の鈴だとは思わなくて」


 ベッドの上で月刊レムリア編集部員、須藤ミナトはしょんぼりと肩を落とす。神粒しんりゅうの記事をセンセーショナルな内容にするために、違法な方法も含め各分野から情報を集めているという怪しい団体に突撃インタビューをしてみようと近づいたものの、ゴシップ記者ではないからタイミングが計れず、結局相手に気付かれそうになると咄嗟に隠れてしまい、そのまま話を聞いてしまった。

 風水師が操る神粒しんりゅうの事、そして生物誕生にすら絡んでいるという仮説。更には宇宙規模の話を聞いてキャパを越えた。

 思わずよろめいて、触れたのがこの鈴。音が鳴れば見つかってしまう恐怖から、思わず掴んでしまった。しかしその行動も虚しく見つかってしまい必死で逃げたのだが、後から鈴を握りしめたままだったことに気付いた。追われる原因はコレかもしれないと薄々感じてはいたが、捨てるわけにもいかず峠に逃げ込んで、見つかりそうになってはじめて鈴を鳴らしてみた。奴らに見つからないように願いを込めて。

 そして発生したのがあの霧だったのだ。怪しげな団体から隠れる目的だったため、関係のない剣持けんもちらには見つかってしまったという訳だ。


「君が何処の誰かは、奴らには知られていない?」

「バイクも彼らの所にあったのを逃げる時に借りた形になったし、顔も見られてはいないと思います。女という事ぐらいはバレたかも」


 入院のために化粧を落とした彼女は、骨格は整っていて化粧映えする感じだが、メイクなしでは比較的平凡な顔立ちだ。例え顔を見られていたとしても、少し雰囲気を変えれば気づかれないだろう。中肉中背でこれといった身体的特徴もないから、派手な行動をしなければ大丈夫そうだ。


「色々と情報を仕入れて来たようだが、残念ながらそれは雑誌に掲載できないと思う。載せれば即、逃げた女が編集部員の君だと気付かれるだろう」

「……はい、残念ですが」

「この鈴と情報は、中務省なかつかさしょうで預かるという事でいいかな? 暫くは身辺に気を付けてもらうが」

「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」


 須藤ミナトは深々と傷の男に頭を下げた。


* * *


 加賀見かがみを自宅前まで送り、古賀こがが遠回りして拓磨たくまをマンション前まで送ってくれるという謎の順番で、少年は帰宅した。


 帰宅して即、リビングのテーブル上の段ボールを覗き込む。うずくまって震える黒い鳥がとても可哀相だ。


「おかえり、拓磨たくま

「ただいま父さん。最近ずっと家にいるけど大丈夫なの?」

「ああ、論文が佳境で家で書いてるから。そいつの様子も見ておかないといけないしな」

「この子、治る?」


 父が意味ありげに苦笑をした。


「もしかして原因がわかったの?」

「食べ過ぎ、らしい。鳥インフルも陰性だったから知り合いの獣医に来てもらったんだが、まあなんていうか、それこそ腹がはちきれる程食って、消化が追い付かなくてこの状態らしい」

「た、食べ過ぎ……?」

「何を食ったんだか。まあ野生でいると食べられる時に食べておかないといけないという所はあるが、動けなくなるまで食べるのはな……。野犬なんかに襲われずに済んで運が良かったよ」


 段ボールに目を向ければ、鴉は少し頭を上げて拓磨たくまの方を向き「ぴえん」という顔文字が似合いそうな情けない顔をした。

 父が切れたプリンタのインクを買って来ると外出をしたので、ヤタに話しかけてみる。


「ヤタ、何を食べたの」

『ひげを……』

「ひげ!?」


 ヤタが言うひげは、白戸しろとの事だ。彼を食べたという事か? いやしかし、ヤタがここに来てからメールが届いていたので無事なはず。


『……あのね』

「何かして欲しい事があるの?」

『……したい』

「?」

『……んこ』

「え」

『うんこしたい』


 拓磨たくまは両手で咄嗟に顔を覆い、その勢いで後ろにのけぞって後頭部を柱にぶつけてしまった。落ち着け、彼女は鴉だ。食べたら出す必要があるだろう、以前は恥ずかしがってしないと言っていたが、実際はしてるはず。必死に頭の中で理由を自分に説明する。なまじ女の子の姿を知っているからか、今少年の脳内はとんでもない状況になっている。いや女の子もするのは知ってるが、なんかこう、結び付けて意識してしまうと。


「え、と、外に行く? トイレ使える?」

『動きたくない……』


 どうしたらいいのかわからない。

 パニックになった頭で必死に考えた結果、トイレットペーパーを大量に巻き出して、段ボールの中に突っ込んだ。これなら出したものが見えないから、彼女にとっても自分にとっても安心だ。

 箱のふたをして、隣の部屋に逃げ込む。見た目は鴉とはいえ、音が聞こえたら申し訳ないし。公衆トイレにせせらぎ音等の消音装置が存在する点からも、聞いてはいけない物だと思った。

 いつかヤタと暮らす事を夢見て、鴉を飼っている人のブログを見たが、鴉の排泄はまき散らす系らしく、天井にまで飛び散って大変だという話を見ていたので、大惨事も覚悟した。


『タクマ~、出た!』


 やたらスッキリとして明るい声。あと、言い方が子供。幼児なら、一人で上手にできて偉いと褒めるべきだが、鴉の彼女の場合はどうしたら。

 おそるおそる扉をあければ、箱がびっくり箱のように開いて、鳥が飛び出した。羽根を広げて足を交差し、ジャーンという効果音がつきそうな謎の誇らし気なポーズ。ウィンクまでして来た。こちらの情緒などお構いなしのマイペースさだ。


 父が帰るまでに片付けておくべきかと箱をそっと覗きこめば。

 そこには鶏卵を二回りほど大きくしたような立派な卵が。


「卵……?」


 ヤタの「ひげを食べた」という主張を思い出す。人間を食べたわけじゃないイコール食べたというのは比喩。”食べる”というのを比喩とする行為はつまり……?

 思春期の少年の頭からは”お腹がはちきれる程の食べ過ぎ”という情報が抜け落ちた。


「まさか二人に子供が」


 あの白戸しろとが、少女のヤタに手を出した。いやヤタの主張だと、彼女の方が襲った……?

 剣持けんもちがやたら心配をしていたが、あそこまであの人がそう考えるという事は、白戸しろとはそういう方向が元々まんざらじゃなく、そうなる可能性があるからだったのか。年齢性別関係なく、来るものを拒まない、据え膳を美味しくいただいてしまう系の。いやまさかそんな。


 とにかく原因があっての結果が、卵である、はず?


 スッキリして元気いっぱい踊るヤタを背後に、拓磨たくまの腹の具合が悪くなってきた。主に胃の方。


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