第十二話 編集部員


 蝶のように舞い、蜂のように刺す。


 幻術の鬼の攻撃に身を固くしパニックになって気絶した少年に、そんな表現が似合う動きができるとは到底予想できなかったのだが、今、剣持けんもちの目の前で乱舞と言っても良いほどの華麗な身のこなしと銃撃を見せる少年の姿。

 さりげなく入る古賀こがのサポート、目線だけでお互いの意思を疎通し合う息の合い方など、実戦になった時これほどまでに生き生きと動けるとは。ここにも才能センスという越えられない何かを感じたが、彼らの動きの片鱗には本人の努力の痕跡も散見されて、悔しくも素晴らしい才能を見られる事に幸福すら感じた。


 事実、拓磨の動きはゲームV.O.ヴォルティックオンラインでの研鑽の日々の結果であったし、古賀こがは日々剣道の鍛錬を欠かさず、時に探求心から古武術も嗜む事もあった。神社の跡取り息子として、神職としての修行もこなした日々によって得られる神粒しんりゅうの見事な扱いは、まさに努力の賜物だ。


 歴戦の傭兵のような貫禄すらあり、敵が改めて後日に彼らの正体を探ろうと考えても、まさか平和ボケしている事で有名な日本の高校生だとは思うまい。顔に傷という特徴を持ち、陰陽の術を使う自分が出ていれば、すぐにこちらの正体が把握されてしまっただろう。

 飛び交う怒号に中国語の存在をみとめた剣持けんもちは、奇しくも自分が前に出なかった事が正解であったことを悟った。


「部下からの報告にあった中国マフィア、原始神龍タイチュウシェンロンか……。神粒しんりゅう研究を行っている大学や機関を不法な行為で脅し、情報を集めている問題集団と聞いているが」


 その名を聞いた腕の中の女が、ビクリと震えた。


「あいつら、日本から龍を取り戻すって言ってたわ」

「龍を取り戻す? 確かやつらは皇帝の治世の復活を謳っていたように思ったが」

「五本指の龍を日本で見つけたと」


 龍は格によって指の本数が異なる。日本の龍は大抵指は三本で現わされているが、皇帝龍という最上のものは五本指だという。

 近年、中国で三畳紀に生息していたという「龍」の化石の存在が発表されている。ディノケファロサウルス・オリエンタリスと名付けられたそれは、骨格を見るとまさに中国の装飾モチーフに使われる龍そのものだ。

 しかしそれは中国で見つかっており、日本で見つかったものではない。一体何を見つけたというのだろうか。

 皇帝はかつて龍の化身と言われたから、皇帝の血筋の人間を見つけたという事だろうか。しかし子孫は確かに日本にいるが、別に隠されているわけでもなく公然の事実となっている。「見つけた」とは。


「君は一体、何者なんだ」

「私は須藤ミナト……ジャーナリストって言ったらいいのかな……雑誌編集部に勤めていて……記事の特集を編集長に認めてもらいたくて、少し無茶を」

「何という雑誌なんだ」

「……知ってるかな……今はもうそんなに部数が出てないし……マニア向けっていうか……」


 パキリと枝を踏む音に我に返って見上げれば、息を切らす少年二人の姿。気づけばあれほど満ちていた霧は薄れ、敵の姿はすべてない。


「全員、気絶させられました」

「倒れているのは十三人、たぶんこれがここにいる全部だと。でも霧が濃いうちに逃げたヤツもいるかも知れないです」

「そうか」

 

 体を起こすと女に肩を貸す。


「とにかくここを離れよう」


 袖で汗をぬぐいながら、少年二人は深く頷いた。


* * *


愛梨あいりちゃーん、ママちょっと編集部に顔を出して来るわ」

「え? お休みじゃなかったの?」


 ヒョイっと少女が父親の書斎から頭だけを出して呼びかければ、母は少し頭痛がするような素振りを見せた。


「編集部の子が一人、一昨日から帰って来てないらしいのよ。精力的な子なんだけどちょっとね。昨年末の企画書を却下してるから、思いつめていたりしてたらと思うと心配になってきて」

「何の企画を却下したの? また怪奇六本足のカエルが出た! みたいなヤツだったら私でもNG出すけど。先月号の”ピラミッド未発見空間は古代宇宙人のコクピットだった”特集もちょっとアレだったと思うよ」

「んー、なんていうか。そうねトラウマになってて腰が引けちゃったかな。でもやっぱり神粒しんりゅうの特集はね……ちょっとまだ勇気がいるっていうか」

「編集部に神粒しんりゅうを調べてる人がいるの!?」

「ええ。入社した最初の時にバックナンバーを全部見せたんだけど、それで興味を持っちゃったみたいなのよね」

「会いたい!!」


 とたとたと母の傍まで少女は駆け寄って来てにじり寄る。


「会わせて!!」

愛梨あいりちゃん、落ち着きなさい。その子が今、自宅に帰って来てないという話なのよ」

「あ、そうか。ごめんなさい……」

「いいのよ。そうね、雑誌掲載はまだ出来ないけど調べた事を人に話す事で、あの子もちょっと落ち着くかもしれないわ。連絡が取れたら言ってみるから」

「うん」

「夜ご飯までには帰るから。何か作っておいてもらえる?」

「リクエストある?」

「ふふ、そろそろ練習の成果を見せてもらおうかしら」


 いたずらっぽく笑う母の含みに気付いて、少女は赤面する。

 好きな人には素敵な女の子と思われたくて、年末から料理をはじめたのだ。バレンタインには手作りスイーツは当然予定していて、お菓子だけ付け焼刃だと思われたら恥ずかしいから、料理は元々得意! という体を作りたいというか……。チョコが気に入ってもらえたら、お弁当も作ろうか? うちに食べに来る? なんてチャンスもあり得る。その時に出来ないというのは避けたくて。

 すっかり恋する乙女になっている己の行動パターンが、母には筒抜けでとても恥ずかしい。


「……肉じゃが作るね」

「いいわね、おふくろの味の定番って感じ。男の子は好きだと思うわよ~。じゃあ行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 玄関で母を見送ると、両方の頬をパンパンと叩いて気合を入れ直し、材料の確認にキッチンに向かった。


* * *


 白戸しろとは布団に横になっていた。しかし目を閉じるわけでなく、虚無の表情で天井を見上げている状態だ。

 廊下で倒れかけた後、少女にひきずられ布団にねじこまれた。


「だめでちゅよー、大人しくねんねしまちょうね?」


 添い寝のように体を隣に横たえたヤタが、布団の上から白戸の胸の上あたりをトントンと叩く。


「いや、あの、なんだ……? 俺はいったい何をされているんだ」

「人間は寝たら回復するんでしょう?」

「いや、まあ、そうかもだが」

「じゃあおとなしくねんねでちゅよ~」


 おそらくヤタの人間に対する知識の乏しさの結果、人を眠らせるために必要な行為がこれだと思い込んでいるのだろうが、これは子供の寝かしつけである。無精髭の三十代が、中学生にしか見えない女の子に、幼児語で寝かしつけられている絵面。これで眠ってしまうような事があると、大人の尊厳を失うというか、何らかの歪んだ性癖のプレイの一貫のようなアブノーマルさを感じるというか。心中複雑すぎて眠れるはずがない。

 それに……眠ると夢を見る。忘れてしまいたい過去の映像は、忘却を許さないと言わんばかりに夢として何度も蘇る。今は眠りたくないというのが本音でもあった。


 周囲の棚に目線を送れば、先程の自分の暴走で破壊されたいくつかの道具たち。少ない神粒しんりゅうで生まれていた弱い付喪神たちが自分のせいで散ってしまった。役目を終えるまで見守るつもりであったのに。


 時々訪れる、制御できない力。周囲の神粒しんりゅうを無理矢理引き剥がし、自分の中に取り入れる人ならざる能力。

 かつて、ゆっくりと周囲の神粒しんりゅうを取り込み続ける少年を拾った。自分と同じ存在に出会えたのかと思い、二度目に拾った時、服を脱がして体中を検めてみたが、少年には自分のような鱗は見当たらなかった。


 安堵と落胆。


 苦しみを共有できる相手が欲しかったのか、制御のヒントを得られればと思ったのか、自分でもわからない。しかし神粒しんりゅうの謎を解く鍵を、他人には渡したくなかった。

 この力から解放されて、安寧の日々を得たいという望みはずっとある。普通の生活をして生きられる人生を知らずして死ぬのは、自分がとても可哀相に思えて。苦しむために生まれて来た命であるなどと、認めたくない。


 中々眠らない自分に、ヤタが頬を膨らませる。むくりと体を起こし、部屋から出て行った。諦めたのかと思えば、戻って来たその手には打掛。

 何をするつもりかと思えば、布団の上にふぁさりとかけて来た。


「暑いんだが?」

「やって」


 ヤタは白戸しろとを無視して打掛に声をかける。心得たと袖からにゅっと二本の腕が伸びて来て、ヤタと同じようにトントンと優しく肩を叩きはじめる。

 そのリズムと強さが絶妙で「これはヤバイな」と思っていると、隣でヤタが小さな声で歌う。古さを感じる不思議なリズムと歌詞で、この歌は何だったかと考えているうちに、男はゆっくり落ちて行った。


 そして夢を見る。


 目の前で、神粒しんりゅうも生気も絞りとられて、枯れ木のように干からびていく両親。

 なすすべなくぺたりと畳の上に座り込む自分。

 座り込む自分の内太ももの小さなひび割れが、パキリと音を立てて立体化し、鱗となった。鱗は次々と増えて行き……。


 やがて全身を覆う。


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