第五十三話 悪意なんてない


 ダイナのギフト《竜変化》は変身系ギフトの一種だ。

 聖域 《竜樹の森》で生まれる獣の特徴を持つ亜人類 《九似の一族》はその多くが獣に変身するギフトを持つという。一口に変化と言ってもその度合いは様々。外観は変化しないが感覚器が獣並みに鋭くなるささやかなものから全身が完全な獣に変身可能なものまで幅広い。

 恐爪竜ディノニクスに完全変身が可能な時点で上位等級に相当するが、ダイナのギフトは明らかに異常だった。ギフトの限界を超え、サイズを無視して”竜”に分類される大型魔獣へ変身できたのだ。


 そう、規格外エクストラギフトだ。


 ダイナもまた、僕と同じ規格外エクストラギフト持ちだった。流石のエフエスさんもこれを知った時は頭を抱えた。

 キッカケはダイナがエフエスさんの持つ矢に興味を示したことだった。

 影狼竜の尾棘という珍しい魔獣素材を鏃に使った矢を手に取ったダイナはしげしげと眺め……おもむろに鏃部分をバリバリと嚙み砕き、飲み込んだのだ。

 当然仰天した僕らはペッしなさい、ほらペッ! と慌てたものだが、変化はすぐに現れた。

 メキメキと異常な肉体の蠕動とともに、ダイナの右手がディノニクスではありえない黒い体毛が生えた影狼竜の腕に変わったのだ。

 エフエスさんと相談しながら色々と試した結果、最終的にダイナが体組織を口にした竜種なら何にでも変身可能との推測を立てた。

 もうこの時点で都市から見れば警戒対象だ。子供の癇癪で突如都市内に大型の竜種が暴れまわるとかどんな悪夢だろうか。

 だからこそエフエスさんの伝手を辿って《制約》をかけた組み紐の首輪を用意した。ダイナの暴走を抑えられるよう、都市に露見した時も弁解ができるように。


(この疑似空間転移もできれば隠しておきたかったけど……仕方ない)


 ダイナ限定とはいえ生物を収納可能な僕の《アイテムボックス》とダイナの規格外な《竜変化》の組み合わせ。

 真面目な検証とその場のノリと悪魔の閃きで実現したこの疑似空間転移コンボ。エフエスさんとも相談してできれば一生日の目を見せずに墓場まで持っていきたかったのだが、この状況ではやむを得ない。狂奔状態のディノレックスとまだまだ巨大化に不慣れなダイナ一人を戦わせるのはリスクが大きすぎた。

 だが切り札を切った甲斐もあってか、ダイナとディノレックスの戦いは始終僕らに優勢なまま進んでいた。




 ◇◆◇◆◇◆◇




 二頭の巨竜が咆哮を上げ、ぶつかり合い、爪牙で互いを傷つけあう。


『グルウゥウウオォオオオオオォンッッッ!!』

GuRuOoOoOoOoOoOoOoOoOoOoOoOooo――ッ!!』


 凄まじい大音量だ。

 咄嗟に耳を抑えなければ僕の鼓膜が破けていたかもしれない。それくらいの”圧”をビリビリと感じる。

 一瞬の”間”を置き、正面から相撲のぶちかましのような勢いで巨体がぶつかり合い、


『――


 ナイトカルドダイナがディノレックスを圧倒する。ボウリングのピンのようにディノレックスの巨体が吹き飛ばされ、地煙を立てて転がり、広場のスペースギリギリで止まった。

 考えてみれば当たり前だ。

 飢えに弱り、エフエスさんから幾本も矢傷を受け、ダイナの爪牙で深く肉を抉り取られた。これで弱らないはずがない。


GuRuRuRuRuuu……』


 小さく、弱り切った声。

 腹に仔を抱えていることを考えれば最早哀れみすら湧いてくるような弱々しい声だ。

 そして……ズズン、と地響きのような音を立ててついにその巨体が大地に崩れ落ちた。


「…………ダイナ、トドメを」

『うン』


 二呼吸ほど間を置いて、僕はダイナにその命を刈れと指示した。

 ゆっくりとディノレックスへ近づいていくダイナ。そしてその首筋に食らいつき、頸動脈を抉ろうとしたその瞬間、


GuRuOoOoOoOoOoOoOoOoOoOoOoOoOoOoOoOoOoOoOoOoOoOoOoOoOooo――ッ!!』


 カッと目が開く。

 真っ赤に血走った眼光が力を取り戻す。

 ディノレックスは死にかけとは思えない俊敏さで身を起こし、その巨大な大顎を開けてダイナの首筋目掛けて襲い掛かった。

 

 弱った姿を見せて相手の油断を誘う手練手管。起死回生の乾坤一擲だ。


「――《アイテムボックス》、発動」


 その一手を僕らは再びの疑似空間転移テレポートで回避する。ダイナを僕の手前付近に移動させ、開いた大顎は虚しく空を切った。


「ダイナ、最後だ!」


 奴は弱っている。無防備な隙を晒す死んだふりこそその証。

 そして弱っているからこそ油断はできない。手負いの獣ほど恐ろしいものはいないのだから。それもまたエフエスさんの教えだ。

 敬意を表し、最後まで油断せずにトドメを刺す。


『うン。シッカリ殺ス、ね?』


 体勢を崩したディノレックスへ再び飛びかかったダイナがその首根っこを捕まえ、食らいつく。

 死にかけだからこそのディノレックス必死の抵抗を、ダイナが力づくで押し潰していく。

 ギシギシと巨竜同士の骨肉がせめぎ合う力の拮抗は、徐々に徐々にダイナの方へと傾いていく。


(きっと、ディノレックス達に悪意なんてない)


 その姿を見て、思う。

 ディノレックス達はただ飢えていただけ。ただ伴侶の仇を求めただけ。ただお腹の仔のために餌を探していただけなのだ。

 そこでたまたま餌と仇をマインに見つけた。ただそれだけだ。

 きっと僕らと何一つ変わらない、必死にこの世界を生きる命だ。


「それでも僕らは君を狩る。狩らなくちゃならない。僕らがこの世界を生きるために」


 この世界は過酷だ。

 人と魔獣の生存競争の真っ只中。ただ命を繋ぐのすら大変な上に、更に競争だの政治だのが絡めば大変なんて言葉じゃ追いつかない。

 それでも僕はこの世界で『運び屋』として生きていくと決めた。僕を家族と言ってくれた人たちのために生きると決めたのだ。

 そのためなら僕はなんだってするだろう。


 、と。


 ディノレックスの首が曲がってはいけない方向へ曲がり、その骨のへし折れる音がマインの街に高々と響いた。

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