第五十一話 ここで生きていく
天道の右手の骨が折れる音だ。
《アイテムボックス》から取り出した剣鉈の峰を所在なさげにさまよう天道の右手の甲へ向けて容赦なく振り抜き、骨を砕いた音。
人間の手は無数の小さな骨で繋がった複雑で脆い構造体だ。無防備なそこに剣鉈という鉄塊を欠片の容赦もなく叩きつければ当然
「ぎゃあぁあああああああっ!!」
「うるさいよ」
一瞬後、天道の喉から汚い悲鳴が絞り出された。
聞き苦しいそれに顔をしかめつつ、同情が全く湧かないことを確認すると僕はこの”作業”を続ける。
(両手足の骨を折って、あとは意識も刈っておくか。……黙らせるのは最初の方がいいかな?)
淡々と頭の中でこの後の手順を確認する。
こいつをフリーにしておくのが危険すぎるのは十分すぎる程分かった。僕は出し抜かれただろうあの騎士の二の轍を踏むつもりはない。
結論、最低でも身動き一つとれないようにこいつの四肢を
エフエスさんの教え通り
「ぶげっ!?」
砕けた右手を抱え、うずくまる天道のこめかみへ向けてまず靴の固いつま先で抉るように蹴り込む。サッカーボールのように反対側へ跳ねた頭蓋を追ってもう一撃。鼻先を潰すように踵の前蹴りを叩き込んだ。
「い”だいい”だいい”だいぃい”い”ぃィィッ!! や”め”て”っ、だずけてぇっ……!!」
潰れた鼻を手で抑えるも隙間から噴き出すように血が溢れ、せっかくのイケメンが台無しだ。尤も僕の中にはいい気味だ以上の感想は湧かないが。
「ダメか。気絶させるって思ったより難しいな」
痛めつけるのは成功だが意識を刈るのは失敗。やっぱり素人考えはよろしくない。
予定変更。気絶云々は諦めて両手足を壊すことに集中しよう。
「ぶぎゃっ!?」
再び天道の顔を蹴飛ばして俯せに転がし、投げ出された左手の甲を追撃で
多くの格闘技で使用禁止になっている踏みつけは、裏を返せばそれだけ有効ということ。あっさりと華奢な骨を砕き折った。
ビクンビクンと天道の身体が魚のように跳ね回るが、逃がさない。そのまま念入りにグリグリと踏み躙る。更なる絶叫が絞り出された。
「う”ぎゃあ”ぁあ”あ”あ”あ”ああッ!! い”だい”、やめて! お願いだからっ……!?」
「それじゃ、次はと」
関節蹴り。
膝関節に曲がってはいけない方向の蹴りを叩き込み、関節部を繋ぐ靭帯や筋肉を捩じ切る。同時に関節部の骨も砕けたようだ。
手足を壊された天道はもう跳ねることもできずに芋虫みたいに這い回るのが限界のようだった。
「待て”、待って”。いいことを教えてやる! 僕が知ってることを全部だ! だからやめて!? これ以上殴らないで!?」
「? いいよ、別に。お前に聞きたいことなんてないし。そのまま黙って痛めつけられててくれ」
実際天道にはそれくらいしか用がない。
そう答え、次はどの部位を壊すか品定めしていたところに。
「
無視できない言葉を天道が口に出す。
思わずピタリ、と動きが止まった。
「し、知りたいか? 知りたいだろ! だから――」
「ごちゃごちゃうるさい。そのまま話してみろ」
興味はある。だが優先順位は低い。このまま大人しく喋るならその間は痛めつけるのを先延ばしにしてもいい。
そう剣鉈を手に脅しをかけると天道は怯え……すぐに
自由の利かない四肢を使ってなんとか身を起こし、僕を見上げながら口を開く。
「僕は《勇者》として呼ばれる前から知っていた。この国を! この世界を! 魔獣を、それを討つ《勇者》を!」
「……なんだって?」
天道が笑う。
苦し紛れの妄言にしか思えない言葉だが、それを語る天道の様子は異様そのもの。狂ったような笑い声が奇妙な説得力を醸し出していた。
「何故なら僕の叔父さんはかつてこの世界に呼ばれた《勇者》だった。叔父さんもこのウェストランドで《勇者》の務めを果たし……僕等がいた世界に帰った。そして僕にこの世界と《勇者》について色々と教えてくれた」
素直に驚く。それが事実なら天文学的な確率だ。
あるいは《勇者》……強力なギフト持ちの資質が血統に左右され、優先的に召喚される仕様なら起こりうるのだろうか。
「当然憧れたさ、強烈に! 昔からずっと思ってた、僕は
天道なりに”前”の世界に鬱屈したものを抱えていたのか、強烈に吐き捨てた。
怒りとともに痛みを忘れたのか、その顔から苦痛は薄れている。
「そしてその夢は現実になった。この世界に召喚された時から僕は僕自身が《勇者》だと知っていた! 事実、
ゲヒャゲヒャとラリったような笑みは《勇者》どころかまともな人間にすら見えないが、天道の中では違うらしい。
だが少しだけ納得した。
天道の異常なまでの《勇者》への執着、中身のない優越感はそれなりの背景があった訳だ。天道主観で見ればこの世界に召喚されたことはまさに運命で、自分を主人公だと錯覚したのかもしれない。
「これでキミも分かっただろう! 僕は特別だ! 僕だけが《勇者》の血を引いている! 君達とは違う、本当の《勇者》なんだ!!」
痛みを忘れたように楽しげに、子どもが宝物を見せびらかすように天道の独演会は続く。
「だから僕は知ってるのさ、この世界を離れ元の世界へ戻る方法を! 知りたいか? 知りたいだろ!? 知りたければ僕の言うことを今すぐ聞けよこの『荷物持ち』が――!」
そして得意満面、有頂天になった天道がここぞとばかりに取引……いや、命令を下すが、
「うん、大体分かった。もう話すことはないな?」
用が済んだ僕は一瞬たりとも躊躇せず、天道の胸を蹴りを入れた。
「ゲピャッ!?!???!」
抑えの利かない天道はもんどりうって背中から地面に転がる。汚い悲鳴とともに潰れたカエルのように無様にひっくり返った。
「な”、な”んで……?」
「言ったろ、僕は運び屋として
聞いて損した。
それが正直な僕の気持ちだ。結局大した情報ではなかったし。
僕にとって”前”の世界に居場所はなかった。だけどここでは違う。僕は、僕らは誰かに求められ、それに応えることができる。
それがどれだけ幸運で、幸福なことか……中身のない優越感を拗らせたこいつにだけは分からないだろう。
本当の《勇者》の親類だって言うのなら、なんだって
「あとさ、もし再会することがあったらお前の叔父さんに言っておいてよ――甥っ子の育て方を間違えてますよって!」
心の底からの本気の言葉とともに今までの鬱憤を晴らすサッカーボールキックを容赦なくキメる。せめて多少なりとも下手に出るようなら手加減してもよかったのだが、こいつに反省という概念はないらしい。
容赦ない蹴りの衝撃で天道の頭がボールのように吹っ飛び、苦悶の声を漏らした。
「ひ……ぃ、いだいぃ……いだいぃぃぃ……」
だがそれでも天道は気絶しない。
それどころか
「本当にしぶといな……」
流石にここまで痛めつけたのだからまともに行動できないはずだが。
このゴキブリじみた生命力を目にすると、確実に行動不能にしておかないと何となく不安だ。
とはいえこれ以上痛めつけると本当に死ぬかもしれない。
さて、どうしたものかと首を捻る僕の元へ、
「また、容赦なくやったわねぇ……」
「テンドウ、いい気味? ザマァ?」
「エフエスさん! ダイナも!」
ダイナに肩を借りたエフエスさんが現れた。
全身から血を流し、恐らくは何本か骨が折れていながらもエフエスさんはキチンと立っていた。
ダイナだ、彼女がディノレックスに吹き飛ばされたエフエスさんを助けてくれたのだ。
「これ以上
「そうしたいんですが
「なんだ、そんなこと?」
と、言うが早いかエフエスさんは素早くつま先で天道の顎先を蹴り上げ――
「相手を眠らせたい時は顎先を上手く弾いて脳を掻き回せばいいのよ。今度やり方を教えてあげるわ」
「おおー……」
思わず素で感心した。
流石はエフエスさん、さすエフである。まるで重症に見えない身のこなしだ。
「
だがやはり痛みはあるのか顔をしかめていた。見れば身体のいたるところからジワリジワリと血が滲んでいる。
Bランク冒険者のタフネスでもディノレックスの突進は痛手なのだ。
「エフエスさん、もう休んで――」
「言われなくても休めるようになったらそうするわ」
肩をすくめて言い放つエフエスさんに返す言葉もなく。
「いいから、話を聞きなさい……あんたとダイナの力が必要よ」
その真剣な眼差しに、僕らは黙って聞き入った。
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