第四十話 醜い自分と恐怖の象徴


「……………………」


 沈黙を保ったまま、アテもなくマインの大通りを歩く。

 エフエスさん負傷の急報から約一週間が経ったが、続報はない。事情を知るミシェルさんも忙しいのかギルドでは見当たらない。下手に情報を漏らせないことからギルドに状況の確認もできない。

 明確に悪い知らせがあった訳ではないが、良い知らせもないまま時間が過ぎていく。

 心の中で際限なく膨らんでいく不安がネガティブな想像をもたらし、ひたすらに落ち着かない。


(城門……気付かないうちに結構遠くまで来ちゃったな)


 考え事をしながら大通りを歩く内に都市の内外を分ける第一外壁の城門付近にまで来てしまっていたらしい。それだけ考え事に没頭していたということだ。


(もうちょっと、冷静でいられるとおもったんだけどな……。あとでダイナに謝らないと)


 今朝がた、苛立ちが高じて、僕を心配するダイナに理不尽な怒りをぶつけてしまった。

 そんな自分に嫌気が差し、宿の人にダイナの面倒を見てくれるようお願いしてこうして散歩しているのだけど、全く気晴らしになっていない。


(なんでだ?)


 と、自問自答する。


(僕は何故こんなにもうろたえてるんだ?)


 エフエスさんを心配するにせよ、度が過ぎる。

 心配しても、気にし過ぎてはいけない。それがエフエスさんの教えだ。

 お陰でこのところの依頼クエストでも細かな失敗が積み重なっている。幸い依頼そのものの失敗まではいっていないけれど。

 良くない。本当に良くない。

 だからこそ休日オフを取って心を落ち着けようとしたのに、全く効果がない。


(僕はこの世界に来て成長した。強くなったんだ)


 その証拠に『運び屋』として認められたじゃないか。

 そう自分に向けて言い聞かせても、心が落ち着くことはない。


(そのはずなのに……)


 蓋を開けてみればこの有り様だ。

 エフエスさんが見れば顔をしかめて拳骨を落とすだろう醜態だった。我ながら情けない。


(――あ)


 不意に、気付いた。

 人混みで立ち止まった僕を周囲の人が迷惑そうな目で見てくるけど、僕の心にまるで響かない。


(そうか、エフエスさんか)


 僕の不安の正体に、僕の醜い心に、気付いてしまった。



 無意識に見ないようにしていた僕の心の暗い部分から、それが正解だと囁く声がする。暗くても、醜くても、それは確かに僕自身の声で、目を逸らしたかった事実を突きつけてくる。


(エフエスさんがいなくなって、、あの暗闇みたいな場所に戻ることが……僕は、怖いのか)


 エフエスさんとの出会いが全ての転機だった。

 僕にとっての人生の分岐点ターニングポイントをたった一つ挙げるなら、それはきっと元クラスメイトに目を付けられた時でも、王城に召喚された瞬間でもなく、冒険者ギルドでエフエスさんと出会ったあの時だ。

 あの時から、どん底だった僕の人生が上向き始めた。

 多分僕の中でエフエスさんの存在は僕が思う以上に大きくて、いま目の前の現実を支える基盤みたいなものになっている。エフエスさんがいなくなることで、その基盤が崩れて、順調なはずのこの現実が、一夜の夢のように崩れることを僕は恐れているんだ。


(――忘れろ! 僕は、違う。僕は、変わったんだ! そうだろ!?)


 そう言い聞かせても心の奥でジュクジュクと痛む傷は消えてくれない。

 むしろ意識を向けたことでカサブタが剝がれて剥き出しになった過去のトラウマがフラッシュバックする。

 思い出す。

 この世界に来る”前”のことを。

 元クラスメイト達のニヤニヤとした笑み。

 不意打ちで投げつけられる痛み。

 周囲から向けられる悪意。

 身の置き場のない教室。

 無関心な教師と親。

 苦しい。

 辛い。

 痛い。

 何故……。

 なんで、僕が、こんな目に――!


「ッッッ――!」


 ゴツン、と自分で自分の額を殴りつける。

 手加減なしに叩き込んだ分ガンガンと頭が痛むが、お陰で最悪のフラッシュバックは無理やり中断できた。


「最っ悪だ!」


 吐き捨て、大通りの端へと移動する。

 建物の壁に背中を預けて乱れた息と心を整える。

 自分への自己嫌悪と、不快感と、恐怖が心の中を荒れ狂っている。


(これが、僕だ。恩人じゃなくて、自分の心配ばかりの、汚い人間。あのクラスメイト達と、僕。どれだけ違う……?)


 思考がネガティブな方向に傾き、壁に背を預けたままズルズルと崩れ落ちる。

 地面に尻を付け、背中を丸く、膝を抱えてその中に頭が入れて自分の中に閉じこもる

 みみっちい自分が嫌だ。

 エフエスさんに合わせる顔がない。

 このまま誰にも知られず消えてしまいたい。

 本気でそう思い、どん底にまで落ち込んでいたその時、


「――あれ、誰かと思ったら穂高君じゃないか? どうしたんだいこんなところでうずくまって」


 音程が低く、しっかりと輪郭のある……なのにどこか薄っぺらく聞こえる声が耳に届く。

 恐る恐る顔を上げて僕に向けて投げかけられた声の主を見れば、最早懐かしささえ覚えるアジア系特有の黒髪黒目を持つ美男子。

 僕がいま世界で一番会いたくない男――天道光司がそこにいた。

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