第三十八話 踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂
「僕の証言が認められないってどういうことですか!?」
王都レイクの冒険者ギルドから返ってきたにべもない返事に、僕は思わず声を荒げた。
「言葉通りとなります。街道のディノレックスは勇者様の手で討伐済み。あなたもご存知でしょう?」
「だから! その討伐に手抜かりがあったからわざわざこうして報告してるんでしょうが! 僕の話を聞いてました!?」
「もちろん聞いた上での判断です。正直なところをお伝えしますが、依頼の着荷時刻ギリギリとなったことの言い訳としては少々……稚拙では?」
「……僕が、手抜かりの言い訳に、デタラメを吐いていると?」
相対しているのはギルドの受付嬢。ただし僕に対する好意は欠片もないようだ。
街道で受けたディノレックスによる襲撃を王都のギルドに報告したところ、頭から疑ってかかられ、この有様だ。
「さて。物証の一つもあれば違ったのでしょうが……」
「一介の運び屋に何を期待してるんですか。奴に斬り掛かって尻尾の一つも切り落としてこいと?」
「そうして頂ければ話は早かったですね」
かつて僕を陥れようとした冷たい美貌の受付嬢とは別人、しかし同じように非好意的な対応にため息を吐く。
こうも頑なだと王都レイクのギルドそのものが僕(というかエフエスさんか?)を敵視しているのか? あるいは《勇者》の威光を傷つけたくない王城の体面を気遣っているのか。
いずれにせよ、ここでこれ以上留まって頑張る意味はなさそうだ。
「そうですか。ならあとはご自由に。僕らが報告を上げた記録だけは残しておいてください」
「ええ、ご心配なく。滞りなく処理しておきますので」
不愛想に返事をする受付嬢に背を向け、さっさとその場を立ち去る。
僕らは冒険者としての義務は果たした。後はもうギルドの管轄だ。そしてギルドが僕の証言を取り上げないというならもう知ったことではなかった。
十中八九警戒を緩めた中小規模の商隊あたりがディノレックスの餌食となる不幸な人災が続くだろうが、これ以上僕にできることはない。
『運び屋』としての初仕事もなんとか遂行したが、時間ギリギリの着荷になって評価もよくはなかったし……踏んだり蹴ったりだ。
「ほんとにもう、あの馬鹿のせいで酷い目に遭った……」
思わず深い深いため息を漏らしてしまったが、事情を知って僕を責めるような人はいないと思う。
◇◆◇◆◇◆◇
「やっぱりまだ大型魔獣は僕らの手に余るな」
「ゴメンナサイ」
「気にしないで。むしろ上手くサポートできなかった僕に非があるし」
曇天の下をトボトボと歩きながら憂鬱な気分で事実を口にすると、ダイナが落ち込んだ口調で謝る。
だがダイナが謝るようなことではないのだ。
結果だけを言えば、僕らは闇夜の殺し合いでディノレックスを倒し切れず、痛み分けに終わった。僕らは子分の
多分今頃飢えに耐えかね、とんでもなく狂暴になっていることだろう。率直に言って二度と会いたくない。
「そもそもダイナがいなきゃ僕は今頃奴らのエサだよ? 本当に、助かったんだ」
「……うん」
そんな奴らから僕らはキッチリ逃げ切って、ギリギリだが仕事も果たせたのだ。ダイナのお陰で。
そう言うとなんとかダイナも納得できたのか、気恥ずかしそうながらも笑みを見せた。
いや、本当にダイナがいなければどうなっていたことやらだ。
知られれば危険視される可能性が高いダイナのギフトはあまり大っぴらに話せないだけに、僕だけはしっかりと褒めてあげねば。
「それじゃあマインに戻ろうか。まあ、定期便と一緒に戻るからもうちょっと時間がかかるけど」
僕らより少し前に出発したはずの定期便を奴らは襲わなかったという。それだけ人間の大群に対して慎重になっている証拠だ。
とはいえ飢え過ぎればやけっぱちになってどんな暴走をしてもおかしくはないが、それでも僕らだけで奴らとご対面はごめんだ。
「待つ? どれくらイ?」
「もう何日かかな。僕らだけで無理に急いで戻る理由もないし。ダイナもあいつらともう一度
「ヤダ」
それはそれは嫌そうな顔で勢いよく首を振ったダイナについ笑ってしまう。
「ホダカ」
「ごめん、ごめん。お詫びにお昼は前にエフエスさんに教えてもらったいいお店で食べよう」
「やっタ!」
途端、喜色を露わにするダイナを連れて、僕らは気分転換も兼ねて王都レイクの大通りを歩く。
マインよりもさらに活気のある人混み、マインよりも湿気を含んだ風、微かに漂う
「聞いたか? なんでも《勇者》様がマインに向かうとか」
「いよいよ《楽園》に向かうのか? でも前回は上手くいかなかったんだよな……」
「大丈夫なのか? また
「流石に王城も馬鹿じゃないだろ。いくらなんでも来たばかりの《勇者》様に無茶を押し付けねえさ」
「それこそ《勇者》様が血気に逸って馬鹿な事しでかさなければな!」
「まだ若いからな! まあ王城のお付きが万が一馬鹿をやらかしても止めるさ」
雑踏の騒がしさに紛れて耳に届く《勇者》の噂に、僕はそこはかとなく嫌な予感を覚えながらも、奴らとは縁が切れたのだからと考えないようにした。
街道のディノレックスの件といい、天道と関わるたびに貧乏くじを引いている気がする。もう疫病神とは関わりたくなかった。
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