シャーロット様との会話2

「ま、魔物を食べたのですか……!? 食中毒の可能性があると聞きますが」

「一応危険な魔物は冒険者ギルドのリストに載っていますので、それは避けていますよ。ただブルークラブはかなり絶品でしたね」

「ど、どのような味でしたか」

「カニの旨味がこれでもかってほど感じられましたよ。味付けなんていらないほどで」


 ……あれ、なんかシャーロット様が楽しそうだな。


 寂しさをまぎらわせるために雑談を要求されたのかと思ったら、案外本当に冒険者としての活動に興味があったのかもしれない。


「魔物の話もいいですが、ロイは遺跡などには興味はないのですか」

「遺跡?」

「そうです。この世界には古代文明の遺跡が多く残されていると聞きます。中には天空を移動する巨大な城があるとも聞きます」

「あー……なんでしたっけ。確か『ラウフィートの浮遊城』でしたっけ?」

「そうです! ……げほっ、げほっ!」

「シャーロット様!?」

「す、すみません。興奮しすぎました」


 深呼吸して感情を落ち着かせるシャーロット様。心臓に悪いので勘弁してほしい。


「シャーロット様は遺跡が好きなんですか?」

「ええ。文献で読むたびに、実際に行ってみたいという気持ちが増していくばかりです。何度クリフに外出許可を求め、却下されてきたことか」

「ははは……」

「まあ、この体では仕方ありませんが」


 静かに告げるシャーロット様。


 その表情は感情を窺わせない達観したものでありながら、いろいろなものを切り捨てて諦めてきたような、そんな寂しげな雰囲気があった。


 不意に、こんこん、と部屋の扉がノックされる。


「シャーロット様。クリフです。お薬をお持ちしました」

「入ってください」


 水と薬包を乗せたお盆を持ちながら、クリフさんが部屋に入ってくる。


 ……勝手に部屋に入って怒鳴られたりするだろうか?


 この人、シャーロット様のこととなると見境がなさそうな気配があるからな……


「これをお飲みください」

「ええ、ありがとう」

「もったいなきお言葉です」


 ん? クリフさん、俺をちらっと見たくらいで特に何も言ってこないな。


「おい、<召喚士>。もう出るぞ。シャーロット様は薬を飲んだあとはお眠りになる」

「あ、はい」

「ロイ、クリフ。ご苦労様でした」


 シャーロット様に見送られ、俺とクリフさんは部屋を出るのだった。


 部屋を出るとシルたちが駆け寄ってくる。


「おかえりー、ロイ。なに話してたの?」

「いや、たいしたことじゃない」


 近くにクリフさんがいる以上、俺が霧の樹海について話したことは言わない方がいいような気がする。

 そんなことを考えていると……


「<召喚士>。貴様には……まあ、感謝してやる」

「はい?」


 クリフさんの言葉の意味がわからず目を瞬かせる。


 クリフさんは言葉を続ける。


「部屋に入る前、中での会話が聞こえた。貴様はシャーロット様の話し相手をしてくれたのだろう?」

「聞こえていたんですか」

「少しだけだがな」


 クリフさんは溜め息を吐くように言った。


「シャーロット様はあの通り、病に侵されている。それでも毎日弱音一つ吐かず、つらいお役目を果たしておられる。だが、俺は護衛としてシャーロット様を守るのが仕事だ。あの方に親しく話すことはできない。それがずっと歯がゆかった」

「……シャーロット様にも家族がいるでしょう?」

「他の王族はみなシャーロット様のことを避けている」

「そうなんですか?」

「ああ。シャーロット様が対処しているのは『世界の危機』であり、『この国を豊かにすること』ではない。そんなシャーロット様を、王家の務めを果たさないごく潰しだと罵る方もいるほどだ。王城にはシャーロット様の味方は少ない」

「……ッ」


 その言葉に、俺は絶句した。


 病気に侵されながら、やりたいことも諦めながら、ああして予知者としての務めを果たしているシャーロット様が罵られる? 信じられない。


 クリフさんは兜越しに俺を見た。


「だからこそ、貴様のような人間が現れたことは俺にとっても悪くないことだ。『剣聖』のことは嫌いだが、貴様はなかなか見どころがある」


 上から目線で褒められた。


 てっきりシャーロット様の部屋に勝手に入ったことを怒っているかと思ったが、この反応は予想外だ。


「話はそれだけだ。ソルフ草の謝礼を渡しておこう。また頼むぞ」


 クリフさんが硬貨のずっしりと詰まった革袋を渡してくる。

 俺はそれを受け取りながら、こう言った。


「クリフさん。シャーロット様がなにか望んだら、俺に連絡してください。仲間に危険が及ぶことは無理ですが、それ以外であればなんでも協力します」

「それは同情か?」


 声を低くするクリフさんに、俺は首を横に振る。


「いえ、営業です。俺は冒険者なので、仕事相手は多いに越したことはありませんから」

「……くく、そうか。それなら心置きなくこき使うことができるな」

「すみません、やっぱり今のはなしで」

「冗談だ。そういうことなら覚えておこう」


 どこか面白がるようなクリフさんの言葉。


 そんなやり取りをしてから、俺たちはクリフさんと別れた。


「ロイってやっぱりすごいね~」

「なにがだ、シル?」

「だって、シャーロットとかクリフとか、気難しそうな人にも気に入られてたじゃん!」

「……そうかぁ?」


 シャーロット様は単に病気がちで心細かっただけだろうし、クリフさんに関しても俺がシャーロット様の裸を一瞬とは言え見たことを聞けば、絶対襲い掛かってくるだろう。


「まあ、ロイが人気なのも当然ね。なんてったってあたしが認めたご主人様なわけだし」

「うんうん。この意地っ張りなイオナが懐いてるくらいなんだから、ロイは自信持っていいんだよ!」

「待ちなさいシル、それどういう意味かしら?」


 イオナが声を震わせるもシルは特に他意はないようだ。


 本当にこの二人は仲が良いな。


 とりあえず、謝礼ももらったしこれでソルフ草の納品依頼は完了だ。


 ……さて、次はどうするかな。


「それではロイ様、次は商業区に向かいますか?」


 王城を出たところでセフィラがそんなことを言った。

 商業区?


「なにか用事でもあるのか?」

「え? ダリル様の武具店に向かうのではないのですか? ほら、霧の樹海で助けた武器職人の男性です」

「ああ!」


 すっかり忘れていた。

 そういえば新種に襲われていた武器職人の男性を助けたあと、お礼がしたいから王都の店まで来いと言われていたんだった。


「それじゃあ行ってみるか。シル、道案内頼めるか?」

「はーい!」


 シルの能力で先導してもらいながら、俺たちはダリルさんの店に向かうのだった。

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