セフィラとの会話
「そうですか。霧の樹海ではそんなことが……!」
ライモル村に戻った俺は、すぐに冒険者ギルドを訪れて報告を行った。
「はい。間違いありません。すでに犠牲者も出ていたようです」
「これは……『青の双剣』のみなさんのエンブレム!? 彼らは行方不明となっていたはずです!」
「霧の樹海の中心部でそれを見つけました。おそらく霧に含まれる毒によって死に至ったんだと思います」
「そんな! 『青の双剣』は全員がBランク以上のパーティですよ!?」
受付嬢が愕然と目を見開く。
全員がBランク以上のパーティ、か。
そんな強力な組み合わせのパーティ、冒険者ギルド全体でもそうそういないだろう。トップ層と言っていい存在だ。それが犠牲になったとなると、ことは緊急を要する。
「すぐに対策会議を行います。王都のギルド本部にも連絡を取らなくては……!」
受付嬢が顔を真っ青にして告げる。
ギルド内が慌ただしくなっていく。
「ロイさんでしたか? 会議の結果次第ですが、おそらく霧の樹海に大規模な偵察隊を送ることになるかと思います。その際に参加していただけませんか?」
「俺がですか?」
「はい。ロイさんは霧の毒、でしたか? それが効かないんですよね? そういった人材は貴重でして……! おそらく高額の報酬も用意されるはずですので、どうかお願いします!」
「……」
そんな受付嬢の言葉に、俺は少し考える。
霧の樹海で活動するには毒への耐性が必要だ。俺は役に立てるだろう。
だが……俺は首を横に振った。
「……いえ。俺は依頼を受けている最中ですから、王都に戻る必要があります」
「で、では、その依頼が終わった後にでも」
「申し訳ありませんが、急ぎますので」
俺はまだなにか言いたそうな受付嬢との会話を打ち切って窓口を後にした。
「ロイ様……」
「どうかしたか、セフィラ?」
「……いえ、なんでもありません」
そんな俺の様子を見て、セフィラが視線を落とす。
やや気まずい空気の中、俺たちは冒険者ギルドを出るのだった。
そのまま宿に向かい、一階の酒場で夕食を取る。
自然豊かな村ならではの素朴な料理だ。
熊肉の煮込みとか、山菜と鳥の煮物とか。
シルやイオナは大喜びで食べていたものの、疲れていたようで食事を終えると眠そうにし始めた。二階の宿に入るなり、二人はベッドに飛び込んで寝てしまう。
「すぴー……」
「むにゃ……」
寝息を立てる二人を見ながら、俺は今さらな疑問を発する。
「……なんか当然のように俺たち全員で同じ部屋を取ってるよな……」
「ロイ様はお嫌ですか?」
「いや、嫌とかじゃないんだけどな」
どうも以前アルムの街にいたとき、天幕で四人一緒に寝てから、同じ部屋で全員で過ごすのが習慣化している気がする。四人ぶんのベッドが一部屋にあるわけないので、当然ながらベッド一つにつき複数人で寝ることになる。
だいたいシルとイオナのどっちか、または両方が俺のベッドに潜り込んでくる感じだ。
シルとイオナがベッドの真ん中を空けて寝ているので、多分あれは俺用のスペースなんだろうなあ……
「ふふ、ロイ様は愛されていますね」
「嬉しいけど、これでも色々と大変なんだぞ。あいつらは寝ぼけて抱き着いてくるし、足をからめてきたりするし……」
並みの男ならとっくに我慢がきかくなっているところだ。
「ではもう一つのベッドで私と一緒に寝るというのはどうでしょう?」
「俺の理性がもたないからパスで」
「むうう……」
むくれたように呟くセフィラ。
正直セフィラは俺が理性を飛ばして襲い掛かったところで受け入れるような気もするが、今のところ手を出すつもりはない。
セフィラにとって俺は奴隷という状況から救い出した恩人だ。
また、彼女には故郷の里で虐待されていたという背景もある。
正直言って、セフィラの俺への好意は刷り込みに近いんじゃないかと思っている。
ここで俺が手を出すのはトラウマに付け込むようで気が進まない。
「ロイ様は私たちのことを大切にしすぎだと思います」
「私『たち』? ベッド云々の話だよな?」
「それも含みますが、全体的にです」
セフィラはむくれた表情から少し真剣な雰囲気に変わる。
「……どういう意味だ?」
「ロイ様はとても優しい人です。困っている人がいれば、無条件で助けてしまうような。そんなロイ様がアラン様の頼みを断ったことがずっと引っかかっていました」
「……」
「ロイ様は本心では、アラン様に協力したかったのではありませんか?」
無言でいる俺にセフィラは言葉を続ける。
「霧の樹海の調査依頼のこともそうです。ロイ様は受付の女性に偵察への参加を求められたとき、なにかを考え込むような仕草をしていました。あれも本当は迷っていたんじゃないですか? 自分が参加すれば、多くの人の役に立てるんじゃないかと」
「……俺、口に出してないよな?」
なんでこんなに全部バレてるんだ? 恥ずかしくなってきた。
「ロイ様の考えていることくらいわかります。だって――ロイ様はすごくわかりやすい人ですから」
「そこは『絆で結ばれた仲間だから』とかじゃないんだな」
そんなに考えていることが顔に出やすいんだろうか、俺は。
セフィラはくすりと笑った。
「冗談です。……本当は、私がロイ様のことが大好きで、いつも見ているからですよ」
「……よくそんなことをサラッと言えるな」
「本心ですから」
穏やかな笑みを浮かべるセフィラと目が合い、俺は思わず視線を逸らした。
殺し文句もいいところだ。どうしてこうもセフィラは俺の心臓を虐めにかかるのか。
なんだかもう全部バレているようなので大人しく口を割ることにする。
「セフィラの言う通り、俺は迷ってたよ。けどもう決めた。俺は危険なことには関わらない」
「私たちを危険にさらしたくないから、ですか?」
「……ああ、そうだ」
確信を込めたセフィラの言葉に、俺は静かに頷いた。
「前に少し話したと思うけど、俺は親を盗賊に殺され、育ての親も死別してる。セフィラやシル、イオナがいて、今の生活が俺はとても楽しい。だから、失いたくない。大切な人がいなくなるのはもうたくさんだ」
声が震える。
たとえば俺が自分の気持ちに従って行動したとする。ギルドマスターの協力要請を受け入れ、霧の樹海の調査にだって力を貸す。
その結果、シルやイオナ、セフィラが傷ついたら?
それだけでは済まず、命を落とすようなことになったら?
脳裏に浮かび上がるのは盗賊に惨殺された両親の姿だ。あんなふうに仲間たちが血の海に沈む光景なんて、想像するだけで吐き気がする。
「臆病でも人でなしでもいい。俺はみんなが無事でいてくれたらそれでいい」
呻くように言うと、ぎゅっ、と頭を優しく抱きかかえられた。
セフィラが俺を抱きしめているのだ。
柔らかい感触や、どくん、どくん、という静かな鼓動が俺の神経を落ち着かせていく。
「……ありがとうございます、ロイ様。私たちのことを大切にしてくれて」
「悪い、情けないところを見せて……」
「情けなくなんてありません。ロイ様の優しさはとても素敵なところです。やっぱり私はロイ様がご主人様でよかったと思います」
囁くように告げるセフィラに、俺は情けないことに涙腺が緩みかけた。
「ロイ様の考えはわかりました。ですが、私は――いえ、シル様もイオナ様も、ロイ様の力になりたいと思っています。そのことも忘れないでください」
「ああ。ありがとう」
セフィラの気持ちに感謝しながら、俺は優しくセフィラの手をほどいた。
「それでは寝るとしましょう。せっかくですし、一緒のベッドでどうですか?」
「……あのな、セフィラ。気持ちは嬉しいんだが」
「ふふ、冗談です。私はロイ様とたくさんお話できましたから、一緒に寝るのはシル様たちに譲ることにします」
にこりと笑ってそう言うと、セフィラは空の寝台に向かった。
……なんというか、セフィラには一生かなわないような気がしてきた。
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