獣
召喚スポットの中に入る。
目を開けると……なんだ、あれ?
十メートル四方くらいの空間の中心に、黒い獣が佇んでいる。しかし全身を黒い霧に覆われており外見がはっきりしない。
「あれ、なにー?」
「さあ……神界にいたころは見たこともない相手ね」
一緒に召喚スポットの中に入ってきたシルとイオナにとっても初見の相手のようだ。
召喚獣に見えるが、『空渡ノ長靴』のときもはっきり召喚武装だとわかったわけじゃないからな。今回はどっちだろうか。
『その場から動かずに耐え続けろ』
試練の提示が行われる。
この場から動くな? どういうことだ?
『ガルアアアアアアアアアア!』
直後――俺たちの全身は、黒い獣によってズタズタに切り裂かれた。
「……ッ!?」
「いったぁー!?」
「なによ、これっ」
俺、シル、イオナともに声を上げる。よろめきそうになったが、なんとか踏みとどまる。
一瞬なにをされたかわからなかった。
しかし首をひねると、黒い獣の位置が俺たちの真後ろに移動している。おそらくあれが俺たちのもとに突っ込んできて、すれ違う瞬間に攻撃を浴びせてきたのだ。
「獣ごときが……っ!」
イオナがブレスを吐こうと息を吸おうとする。
『警告。獣への反撃を禁ずる』
「イオナ、待て!」
「っっ」
慌ててブレスを止める。この警告を無視すればおそらく俺たちは即座に召喚スポット外へとはじき出されることだろう。それは試練の失敗を意味する。
「反撃が駄目って……それ、このままあの獣になぶられ続けろってこと?」
シルが表情を引きつらせる。
今回はシルが剣の姿になる暇もなかった。剣の姿になったシルは以前聞いたところによると、痛覚がなくなるそうだ。
今からでも剣の姿になれればいいが、それが『その場から動かない』という条件に照らしていいのか悪いのかわからない。
つまり、俺たちには何一つ打てる手がない。
『ガルアアア!』
獣が咆哮を上げ、さらに俺たちの体を傷つける。
鋭い爪や牙が俺たちの皮膚を抉り、あたり一面に血を飛び散らさせる。
試練は『耐え続けろ』と言った。
それはいつまでだ?
「いったぁ……!?」
「――っ、はあ、はあ」
動くことができない。シルとイオナの体にどんどん傷が増えていく。だが、二人は必死にその場に立ち続ける。
俺のためにだ。
俺のために、二人はボロボロになりながら耐えている。
「ロイ、大丈夫?」
「耐えなさい! あんたならまだ粘れるわ!」
「……」
二人は自分たちが痛めつけられながらも俺の身を案じてくれている。
俺は――自分の心が折れる音を聞いた。
……無理だ。
このまま続けるのは耐えられない。
「……悪い、二人とも」
俺はわざと足を踏み出した。
『条件が満たされなかったため、試練を終了する』
空間が光に包まれ、俺たちは召喚スポットの外に追い出された。
「ロイ様、大丈夫ですか!?」
「……ああ」
心配そうな顔をするセフィラに俺は力なく頷いた。
召喚スポットの中でのダメージが外に持ち越されることはないが、精神的な疲労は抜けていない。
「シル、イオナ、ごめんな。せっかく頑張ってくれたのに」
俺が動いたせいでそれまでの忍耐も水の泡だ。おそらく再び召喚スポットに入れば、また試練を一からやり直す必要があるだろう。
「全然いいよ~!」
「そうね。次こそきっちり耐えきってやりましょう」
気にしてないというようにそう返してくる二人。
俺は少し悩んでから、こう告げた。
「……いや、今回は俺だけで行く。二人はいったん異空間に戻っててくれ」
「え?」
「なんですって?」
きょとんとする二人。
「今回は戦闘がないみたいだし、何人でやっても一緒だろ? 二人の力なしでも、今回はクリアできるはずだ」
二人はあらかじめ召喚済みだったから召喚スポットの中に一緒に入ってしまったが、【送還】のスキルで異空間にいてもらえば試練に巻き込まれることはない。
「で、でも、それじゃあロイが一人で苦しい思いをすることになるよ!?」
「それは仕方ないだろ。俺のための契約なんだから、俺がやるべきだ」
「えええ、嫌だよそんなの!」
嫌って言われてもな。
痛い思いをするのは一人でいいのに、わざわざ三人で突っ込んでも嫌な思いをする人が増えるだけだ。なんの意味もない。
それに……この二人がつらい目に遭うのを見るのは、俺がきつい。
「悪いけど今回は従ってくれ。【送か――むぐ」
ガッ。
シルとイオナを異空間に【送還】しようとしたところで、下から伸びてきた手が俺の口を塞いだ。
「……さっきから聞いてれば勝手なことばっかり……!」
「ひ、ひおな?」
俺の口を塞ぐイオナは目を鋭く吊り上げている。……やばい、怒ってる。
「あたしやシルを守ろうとしてくれるのは、まあ、悪い気しないわよ。でも、なんでそれが自分だけだと思うわけ? あたしやシルの気持ちを考えたの?」
「それは……」
「あたしはロイだけが苦しむなんて嫌よ。自分たちだけ安全圏にいるときに、ロイが一人で傷ついてるところなんて想像するだけで怖くなる」
「……」
「それなら、一緒に傷ついたほうがまだましだわ」
イオナはうっすらと涙のにじむ目で俺を睨んだ。
「ロイがあたしたちを気遣ってくれるように、あたしたちもロイのことが好きなの! 一人で苦しい思いなんてさせたくないに決まってるじゃない!」
息が詰まる。
俺は自分のことだけ考えていなかったか?
俺が試練を受けている間、残されているイオナたちの気持ちを考えたか?
俺が逆の立場なら、耐えられる気がしない。
「……シルも、同じ気持ちか?」
「当たり前だよ! つらいことがあるなら一緒に立ち向かいたい。意味なんてなくても!」
力強くシルはそう言ってのけた。
ああ、そうだ。俺が間違っていた。
「ごめん、二人とも。それじゃあもう一度付き合ってくれ」
「うん!」
「そうこなくちゃね」
ぽん、とシルとイオナの頭に手を置く。
まったく、本当にありがたい存在だ。
「セフィラ、悪いがもう少しだけ待っていてくれ」
「はい。ご武運を」
セフィラに送り出され、俺たちは再び召喚スポットに入った。
『その場から動かずに耐え続けろ』
試練が提示され、黒い獣の爪がぎらりと光る。
来るなら来い。
今回ばかりは、負ける気がしない!
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