『癒光ノ珠獣』(※ステータス表記あり)

『ガルアアアアアアアアアアアアアアア!』

「ぐっ……!」

「いったぁー!?」

「っ、本当に容赦がないわね」


 黒い獣が縦横無尽に暴れ回り、俺たちの体を切り刻んでいく。


 本当にきつい試練だ。

 獣の強さ自体はそこまでではないだろう。少なくともイオナが一対一で戦えば絶対にイオナが勝つ。

 だがこっちからなにもできない分、シルやイオナの試練より過酷に感じる。精神的な疲労感が尋常じゃない。


 もう諦めてしまおうか。

 次また挑戦すればいいじゃないか。

 そんな気弱な気持ちが脳裏にちらつく。


 きっと一人では屈してしまっていただろう。

 だが――


「シル、イオナ! まだいけるか!?」

「当然っ!」

「こんなのかすり傷よ! あと一年だってこのまま立ってられるわ!」


 仲間と励まし合って立ち続ける。

 自分だけじゃない、ということがどれだけありがたいかか身に染みる。

 シルとイオナがまだ頑張っている。

 なら、俺がリタイアするわけにはいかない。


『ガルアアアア!』


 獣の攻撃が徐々に苛烈さを増していく。

 召喚スポットの中はあくまでイメージの世界だが、痛みは本物だ。

 当然のように血も噴き出す。

 あたり一帯は俺たちの流した血でどす黒く染まっていた。


 ……まだだ。

 まだ、倒れてたまるか。


『グルウウ……』

「見て、獣が」

「はっ、次で決めてやろうってわけ?」


 獣が動きを止め、その場で力を溜めていく。徐々にそのシルエットは巨大化し、その威圧感はそれだけで後ずさりしたくなるほどだ。


 今や獣のサイズは全長十メートルほどまで膨らんでいた。

 その牙は一本一本が剣ほどに大きい。


『ガルアアアアアアアアア!』


 巨大化した獣の牙が俺の腕をとらえた。


「――――ッ!?」

「ロイ!」

「大丈夫!? ロイっ!?」


 ……腕を食いちぎられた。

 激痛が走るが、それでも俺は気合でその場に踏みとどまる。

 どうだ、耐えたぞ……!


『……』


 倒れない俺を見ると、黒い獣はしゅるしゅると縮んで小さくなった。


 ……ん? なんか小さくなりすぎじゃないか? 

 これ、うさぎみたいなサイズになってるんだが。


『きゅうー』


 パアアアッ。


 うさぎサイズになったその獣が鳴くと、さっきまではなかった額の宝石が輝く。すると俺たちの足元に円が描かれ、その範囲内に光の粒子が放出される。


 光の粒子は俺たちの体を包み込むと傷を癒していく。


「気持ちいい~」

「なんなのよ、これ……傷がどんどん治ってく」


 シルとイオナの言うように、あっという間に俺たちが獣に負わされた傷はなくなってしまった。千切られた俺の腕も当然のように生えた。



『汝を我の主と認める』



 そんな声が響き、俺たちは召喚スポットの外にはじき出される。

 ……どうやら試練をクリアできたようだ。


「どうでしたか?」


 召喚スポットの外で待っていたセフィラが尋ねてくる。


「ああ、なんとかなったよ」

「そうですか」


 ほっとしたようにセフィラが胸を撫でおろす。そんな俺たちの前では、役目を終えた召喚スポットが消えていく。


 さて、ステータスを確認しよう。



ロイ

<召喚士>

▷魔術:【召喚】【送還】

▷スキル:【フィードバック】

▷召喚獣

煉獄ノ雌竜イオナ(力上昇Ⅲ/魔力上昇Ⅲ/スキル【火炎付与】/スキル【火炎耐性】)

水ノ重亀(耐久上昇Ⅱ)

水ノ子蟹×2(耐久上昇Ⅰ)

水ノ子井守(敏捷上昇Ⅰ)

水ノ子蝦蟇(敏捷上昇Ⅰ)

天空ノ翔鳥(敏捷上昇Ⅱ/スキル【飛行】)

風ノ子蜂(力上昇Ⅰ)×3

風ノ子梟(魔力上昇Ⅰ)

大地ノ穴土竜(力上昇Ⅰ/耐久上昇Ⅰ/スキル【掘削】)

地ノ子蟻(力上昇Ⅰ)×2

地ノ子甲虫(耐久上昇Ⅰ)

樹ノ蔓茸(スキル【蔓操術】)

樹ノ悪食蛇(スキル【状態異常耐性】)

樹ノ幻惑蝶(スキル【幻惑粉】)

樹ノ子鼠(敏捷上昇Ⅰ)×3

樹ノ子百足(力上昇Ⅰ)

New!癒光ノ珠獣(魔力上昇Ⅱ/敏捷上昇Ⅰ/スキル【回復光】【解毒光】)

光ノ子蛍(魔力上昇Ⅰ)

▷召喚武装

導ノ剣:あらゆるものへの道筋を示す。

空渡ノ長靴:視界の先に渡る。



 『癒光ノ珠獣』。それがさっきの召喚獣の名前のようだ。


 とりあえず呼び出してみよう。


「【召喚:『癒光ノ珠獣』】」

『きゅうー』


 召喚に応じて現れたのは、さっきの試練で最後に見た、全長四十センチほどの獣だった。

 大きな耳と額に輝く宝石が特徴的だ。


「こっちの姿で出てくるんだね」

「この小さい姿が本性ってことなんでしょ。例の黒い姿は試練の一環だったってわけね」

「か、可愛いです」


 試練に苦しめられたシルとイオナが複雑そうな顔をし、セフィラは好意的な感想を呟く。


 『癒光ノ珠獣』は俺の足元に寄ってくると、すりすりと頭を擦り付けてくる。

 思わず撫でてやると、『きゅう』と満足そうに鳴いてその場に丸まった。


 ……確かにこれは可愛い。

 毛皮も柔らかくて撫で心地がいい。


「ろ、ロイ様。その子を少し撫でてもよろしいでしょうか」

「ああ」

『きゅうー』


 セフィラが『癒光ノ珠獣』を抱き上げる。『癒光ノ珠獣』は大人しく抱かれるがままになっていた。


 なんなんだこれ。


「この召喚獣、本当にあの召喚スポットのやつと同じなのか? 変わり過ぎだろ」


 もっと荒々しいやつかと想像してたぞ。


「多分だけど、回復系の能力を持ってるからああいう試練になったんだろうね」

「シル、どういう意味だ?」

「試練の内容はスポットの主が決められるって話は覚えてる? イオナみたいに腕自慢の神獣なら『戦って勝つ』みたいな内容になることが多いけど、『癒光ノ珠獣』の場合は相手の精神力を見たかったんじゃないかな」


 よくわからない。

 それがどうして回復系のスキルと関係があるんだろうか。


「ほら、回復系のスキルって、主を癒すことはできても敵を倒すことはできないでしょ? だから主が諦めちゃったらその時点で敵に勝つことができなくなる。傷を癒すものとして、主の苦痛に屈しない心を求めたんじゃないかなー、って」


 ふむ。

 そう言われると少しはわかる気がする。


 普通の冒険者でも、支援職は味方を活かすことに全力を尽くす。

 それなのに味方があっさり心を折ってしまったらがっかりもするだろう。


「ロイ、とりあえず能力を試してみない?」


 うずうずしたようにイオナが提案してくる。

 確かに検証は必要だ。


「それもそうだな。それじゃあ……」


 野営用に持ち歩いているナイフで自分の指を切る。血がにじむ中、俺は新しく使えるようになったスキルを使ってみる。


「【回復光】」


 『癒光ノ珠獣』と契約したことで得たスキルが発動し、俺の手から温かい光が発生する。それを傷口に当てると一瞬で血が止まった。

 痛みもない。

 かなりの治癒スピードだ。

 これなら戦闘中に怪我をしても、すぐに戦いに復帰できるだろう。


「おお~」

「いい能力……って言いたいけど、どのくらいの傷まで治せるのか判断できないのは困るわね」

「確かに」


 イオナの言うことはもっともだ。


 【回復光】がどのくらいの怪我まで治せるのかは確認しておきたい。

 けど、実験しようにも都合よく怪我人なんていないだろうしなあ……


 さすがに自分で骨折のような大怪我をするのはご免だし、【解毒】のほうはさらに実験しにくい。

 そのあたりは機会を見つけて検証することにしよう。


「試練の最後に『癒光ノ珠獣』が使ってたスキルは、ロイは使えないのかな?」


 ああ、あの足元に光の円を生み出して、俺たち三人をまとめて回復させたあれか。


「使えないみたいだな。たぶん『癒光ノ珠獣』の専用能力なんだろう」

「あたしのブレスみたいな?」

「ああ」


 イオナのブレスは俺には使うことができない。人間の身では、召喚獣の持つ特に強力なスキルを借りることはできないということなんだろう。


「それじゃあ移動するか。シル、他の召喚スポットまでの案内頼むぞ」

「任せて!」


 『癒光ノ珠獣』のスキルの試し打ちを終えた俺たちは、再び移動するのだった。

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