支部長室での密談
シルが人間の姿として過ごすことになったことで一つの問題が発生した。
「お客様、本日は当『ベネットの宿屋』にどのようなご用向きで? 宿泊ですか? それともご休憩ですか?」
「宿泊で」
「何部屋になさいますか?」
「……えーっと」
そう、宿屋の部屋割りである。
「何か悩むことがあるの? 一部屋で十分でしょ?」
俺が悩んでいる元凶、シルが呑気にそんなことを言っている。
「あのな、女(?)のお前と同じ部屋に泊まれるわけないだろ」
「なんで?」
「なんでもだ!」
外見がとびきり可愛くて、しかも俺に対して無防備な女の子と同じ部屋に泊まったら理性を保てる自信がない、なんて本音は絶対に言いたくない。
「というかお前は男の姿になれないのか?」
「なれないよ。私の姿って、鍛冶神メルギスの影響を受けてるからね。メルギスは女神だから、私の姿はこれで固定なの」
どうやらシルは男の姿にはなれないらしい。
会話を聞いた宿屋の女将が怪訝そうな顔をしているが、今は気にしている余裕がない。
「私はロイと同じ部屋がいいんだけどなー……ロイは私と一緒だと嫌?」
「別に嫌ってことはないが……」
「それじゃあいいじゃん! それにほら、私と一緒のほうが、いざって時に動きやすいでしょ?」
確かに武器も兼ねるシルが離れた部屋で寝ていては、突発的なトラブルに対処しにくい。
「はー……わかったよ。けど、ベッドは別だぞ」
「むう」
「膨れるな。これで嫌なら宿にいる間は剣の姿になるか、【送還】するしかないぞ」
「ロイは話がわかるなあ! 別々のベッドで寝ようね!」
手首が高速回転したシルの言葉によって、どうにか俺はシルと同じベッドで寝る事態を免れたのだった。
……惜しいなんて思ってないぞ? いや、本当に。
▽
「くそっ、<召喚士>ふぜいがこの私に恥をかかせるなど……! 思い出すだけではらわたが煮えくり返りそうだ!」
冒険者ギルド、アルムの街支部の一室。
支部の長である人間の専用部屋である執務室で、ギルド支部長――ネイル・アクロンは忌まわしい昨日の出来事を思い返していた。
<召喚士>のロイ。
冒険者ギルドのお荷物であるハズレ職のあの青年が、こともあろうに自分に謝罪を要求してきたのだ。他の冒険者や、部下である職員たちが見ている前で。
ネイルは支部長となって以来、あんな屈辱を受けたのは初めてだった。
コンコン
「ネイル支部長。あの、魔物の死骸の買い取りってどこの業者でしたっけ?」
部屋に入ってきた職員がそんなことを聞いてくる。
「そんなものいつも通りにすればいいでしょう! なんでそんなことすらできないんですか!?」
「いやあ、だって今までロイがやってましたから……」
そうだ。
今までロイに雑用はやらせていたが、もうロイは冒険者として活動を始めてしまったのだ。もうあの青年をこき使うことはできない。
「記録くらい残っているでしょう! わからなかったら解体屋を回って見積もりを取って回ってきなさい、この役立たず!」
「し、失礼しましたぁああ!」
職員は情けない声を上げて部屋を出て行った。
だが……
「支部長! どうしましょう、冒険者が素材の買い取り額に納得できないって怒りだしました!」
「支部長、素材を運ぶ人手が足りないんですけど」
「支部長、依頼をしてきた人が経過報告しろって押しかけてきて――」
「きぃいいいいいいっ! あなた方は仕事くらいまともにできないんですか!?」
次々と職員がやってきて困ったことを丸投げしようとしてくる。
ネイルは苛立ちのあまり頭をかきむしる。
いつのまにギルドはこんな無能揃いになった!?
なんでこんな簡単な仕事ができない!
理由は決まっている。
ロイのせいだ。
ロイは教養こそなかったが、体力と根性だけは人一倍あった。
そのためギルドの仕事も押し付けていたのだが、彼が抜けたことで仕事のあちこちがほころび始めているのだ。
仕方なくネイルは無能な部下のしりぬぐいをする羽目になった。
「あのぉ、もう定時になったので帰っていいですか?」
「ふざけるのも大概にしなさい! まだ仕事が終わってないでしょうが!」
隙あらば帰ろうとする職員たちを怒鳴りつけながら、なんとか仕事を終わらせる。
ネイルは部屋に戻ってきてはあはあと息を吐いた。
「絶対に許しませんよ、ロイ……! どんな手段を使ってでも必ずこの借りは返します! 私をコケにしたことを後悔させてやるッッ!」
目を血走らせて叫ぶが、そんなことでは怒りの感情が抜けきらない。
こんなときは心の癒しが必要だ。
「……気分転換にコレクションでも愛でるとしましょうか」
執務室の中には、ネイルの私物である骨董品・美術品など高価な品が並べられている。
これは支部長の立場を使って違法な手段で金を儲けて買ったものだ。
子飼いの冒険者に素材を採集させ、違法な薬物を作って売りさばいたり。
ギルドの莫大な収益の一部を横領したり。
そうして得た金は、執務室にあるようなお宝へと姿を変えているのだった。
コンコン
「今度はなんですか!? この無能な職員ども――」
「悪いな、職員じゃねえんだ。旦那、邪魔するぜ」
入ってきたのは二メートルほどもある巨躯を、漆黒の鎧に包んだ人物だった。
大きな傷のある顔立ちにはすごみがあり、立っているだけで威圧感を放っている。
「ジュード! 戻ってきたのですか」
支部長は大男を見て笑みを浮かべる。
ジュードはアルムの街の冒険者の中でもっとも悪名高いパーティ『鉄の山犬』のリーダーだ。
ネイルとは協力関係にあり、自分たちの横暴を認めさせる代わりに非合法な依頼を受けて動くこともある。
「例のものは手に入りましたか?」
「ばっちりだぜ。違法な商品だけを取り扱う闇市――そこに潜り込んで『買い物』してこいって言われたときには驚いたけどな。あんた上にバレたら終わりだぜ」
「問題ありませんよ。バレるはずがありません」
この時期、アルムの街から離れた街で大規模な闇市が開かれる。
ネイルはそこでどうしても欲しい『商品』があり、ジュードに依頼してそれを競り落とさせていたのだった。
「そ、それで商品はどこです?」
そわそわしながらネイルが尋ねると、ジュードは肩をすくめた。
「まだ届いてねえよ。アレは管理が大変だから、商人が慎重に運んでくるそうだ。これが引換券だとよ」
ジュードが取り出したのは一枚の紙きれだった。
しかし正式な書類であることを示す、偽造不可能な魔道具のスタンプが押されている。
「そうですか。では、待つしかありませんね」
「金は馬鹿みたいにかかったけど、本当によかったのかよ?」
「問題ありません。アレのためならいくら積んでもいいです」
ニヤニヤと笑う支部長を見てジュードは肩をすくめた。
「で、この引換券はどうする?」
「あなたが持っていてください。私が闇商人なんかに商品を引き渡されているのを見られるわけにはいきませんからね」
「なるほどな。それじゃ俺が商品を受け取って、旦那の家に届けりゃいいか?」
「ええ。報酬もその時に」
ジュードは支部長に尋ねた。
「まあ、アレの話はそれでいいとして。……旦那、何をそんなに荒れてたんだ? 俺が街を空けてる間に何かあったのか?」
「そのことですか。実は――」
支部長は鬱憤を吐き出すように、ロイとの一件をジュードに話した。
「……なるほどな。<召喚士>のロイか。それなら俺がやつを半殺しにしてきてやるよ」
「なんですって?」
目を見開く支部長にジュードは続ける。
「実は今日、俺の手下がそのロイにやられたらしくてな。俺たちに逆らったんなら容赦しねえ。旦那が望むなら、明日にでもロイのやつを血祭りにしてやるぜ?」
不愉快そうに牙を剥き出し、ジュードは殺気を放ちながらそう告げた。
ネイルはにやりと笑う。
「いいでしょう。死にかけのロイを連れてきてくれれば、報酬は弾みますよ」
「取引成立だな」
「ロイは哀れですね。よりによってあなたに――元Aランクの冒険者にして、この街最強の人間に狙われるだなんて」
黒鉄のジュード。それが大男の通り名だ。
ギルドの規約に反する同業者への暴力沙汰により、Aランクという肩書こそ剥奪されたが、その実力は健在である。
オークエリートなんて比べ物にならない。
そんな相手が率いるパーティのメンバーに手を出したなんて、ロイはなんと愚かなんだろうか。
ネイルはジュードが半死半生のロイを引きずってくる光景を想像し、恍惚とした表情を浮かべるのだった。
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