支部長の謝罪
「こ、これは確かにオークの耳……! そんな馬鹿な! <召喚士>ごときがオークに勝てるはずがありません!」
信じられないものを見るように、査定用カウンターに並べられたオークの耳を凝視する支部長。
「一体どうやったのですか!?」
「普通に倒したんですよ」
「嘘を吐くのはやめなさい! だいたい、オークの群れはオークエリートに率いられていたはず! なぜあなたが五体満足で生きているのですか!」
オークエリート?
言葉の響きから察するに、オークの上位種のようだ。
となると、あいつのことだろう。
俺はさらに査定用カウンターに、例の青色のオークから剥ぎ取った毛皮や牙を載せた。
「こいつのことですか?」
「――! こ、これはオークエリートの毛皮と牙!? そんな馬鹿な、オークだけならまだしも、Cランクのオークエリートまで倒せる<召喚士>など聞いたことがない!」
錯乱したように叫ぶ支部長。
それを聞いて腰の『導ノ剣』がぼそりと言う。
『……ロイよ。まさかと思うが、こやつあの青色のオークのことを知っていたんじゃ……』
「知ってて俺を行かせたみたいだな」
どうせ俺では絶対勝てない敵と戦わせて、ボロボロにされて逃げ帰ってくるのを嘲笑うつもりだったんだろう。
どこまで腐っているんだろうか。
やがて支部長はハッと気づいたように顔を上げた。
「わかりましたよ、ロイ君。きみがどうやってオークの耳やオークエリートの素材を手に入れたか。……あなたは他の冒険者を雇って代わりにオークを倒させたのでしょう!」
「はあ?」
「そうに決まっている! 残念でしたね、人に代理でやらせた依頼はギルドの規則により無効です! さあ、謝罪しなさい! 私をコケにしたことを誠心誠意詫びるのです!」
唾を飛ばして喚く支部長。
どうやらどうあっても俺が自力でオークを倒したとは認めたくないようだ。
冷静に考えれば俺に手を貸す冒険者なんていないとわかるだろうに、そんなことにも気付かないほど錯乱しているらしい。
「違います。俺が自力で倒したんですよ」
「まだ認めないつもりですか? いいでしょう、では私の言葉が正しいと証明してあげます。あなたの実力がゴミ以下だと!」
そう言って支部長がいきなり殴りかかってきた。
俺を衆目の前で無様に転がし、俺にオークを倒せるだけの実力がないことを証明するつもりらしい。
だが、今の俺には支部長の拳がはっきり見えた。
「なっ……! う、受け止めた!? <召喚士>ごときが……!?」
支部長の腕を掴んでパンチを止めた俺に、支部長が愕然と目を見開いた。
支部長も職業判定を受けているので、職業補正によって一般人よりも強い身体能力を持っている。
少し前までの俺ならなすすべもなく殴られていただろう。
だが、何体もの召喚獣を得て強くなった今の俺には支部長の拳なんて脅威でも何でもない。
「……それで、何を証明するんですか?」
「い、痛い、痛い! は、離しなさい!」
俺が掴んだ支部長の腕に力を込めると、支部長は涙目で喚いた。
自分が殴るのには慣れているくせに、痛みにはまったく耐性がないらしい。
腕を離すと、支部長は勢い余って大きくよろめいた。
「これでわかったでしょう。今の俺にはオークやオークエリートを倒せるくらいの実力があります。今回の依頼も誰かに協力してもらったわけじゃない」
「馬鹿な、<召喚士>なんかに、この私が……! 有り得ない有り得ない有り得ない……」
支部長はブツブツと呪詛のように恨み言を呟いている。
ちゃんと聞いてるのか?
まあいい、さっさと話を進めよう。
「支部長。賭けの件、覚えてますよね?」
俺が言うと支部長はびくりと体を震わせた。
「謝罪してください。俺のことはいい。……けど、『導ノ剣』を貶したことは絶対に謝ってもらう」
このギルドを出る前、この支部長は『導ノ剣』を馬鹿にした。
俺は今さら少しくらい罵倒されても痛くもかゆくもない。
だが、『導ノ剣』まで馬鹿にされたのは気に入らない。
この剣は俺にとって初めての契約相手で……相棒のような存在だからな。
「ぐ……この、<召喚士>風情が……!」
「それで、返事は? まさか冒険者ギルドの支部長ともあろう人間が、約束を破ったりしませんよね?」
わざと俺は周囲に視線を巡らせながら言う。
今朝のやり取りはギルド内にいた他の冒険者たちも知っている。
ここで逃げれば恥をかくのは支部長のほうだ。
それに気付いてか、支部長は死ぬほど悔しそうな顔をしてから、わずかに頭を下げた。
「き、君の召喚武装に対する暴言を……撤回します……」
「聞こえませんでしたか? 俺は『導ノ剣』に謝罪してくれ、と言ったんです」
「ぐっ……も、申し訳ありませんでした!」
「だそうだが、『導ノ剣』、どうする? 許すか?」
『そうだなぁ。仕方ない、今回に限り許してやろう』
「………………ッ」
支部長は顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせている。
どうやら<召喚士>に手玉に取られたことが悔しくて仕方ないらしい。
ざまあ!
ああ、ずっと溜まっていた鬱憤が少し晴れた。
「では、賭けは俺たちの勝ちということで。あ、依頼達成の報酬支払いと、素材の買い取りもお願いします。ギルドの仕事ですからきちんとやってくれますよね?」
俺のこの言葉で支部長は限界を迎えたらしい。
「このっ……覚えていなさい! これで勝ったと思わないことですね!」
見事な負け犬の遠吠えを上げて、支部の奥へとそそくさと去って行った。
『やったな、ロイ。我らの勝ちだ』
「ああ。すっきりした」
『導ノ剣』とそんなやり取りをする。
これで支部長が少しは大人しくなってくれるといいが……最後の言葉を思い出す限り、それはなさそうだ。今後もどうせ因縁をつけてくることだろう。
しかし今はこの晴れやかな気分に浸るとしよう。
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