あっち向いて落としもの
倉井さとり
あべこべ坂
1
どうも。私だよ。
季節は夏。
いまは夕方。
太陽はあとちょっとで沈んじゃう。昼間はあんなにギラギラ光っていたけど、それがいまでは、すっかりおとなしくなっていた。
まるで、『あー疲れた。今日もがんばったわー。はやく帰ってごはんにしよー』って言ってるみたい。
だけど、まだめっちゃ暑い。こんなに世界がオレンジで、目に映る景色だけなら、すんごい
私はけっこうカミナリが好き。
雨の日でも見れる花火って感じがして、いいなって思うから。
カミナリは花火みたいにキレイじゃないけど、光のあとに音が遅れて鳴るのがおもしろい。
『ズレすぎでしょ……』とか『いま鳴るんかーい!』って、心のなかでツッコんだりするのが楽しいよね。
それに、空が『うぐぐぐぐ……』とか『ぎゃあー!』とか言ってるみたいで、めっちゃおもしろい。
それが今年はぜんぜんなし。だから、ちょっとつまんない。
なんだか世界のほうも止まりぎみだ。世界も暑くてだらけちゃってるのかもね。それとも少し疲れぎみなのかな。
まあでもしかたないよね。だって、ずっと大忙しなんだもん。
桜を咲かせてくれたり、カミナリをやってくれたり、赤トンボを呼んでくれたり、雪を降らせてくれたり。おいしい食べ物をつくってくれたり、キレイな景色を見せてくれたり、いろいろな動物に会わせてくれたり。
だから、季節を
私は、暑いのも寒いのも好きだけど、それがずっと続くのは、ちょっと困っちゃうよね。
半年くらいでギブアップして、私は空に向かって叫ぶかもしれない。『もうやめてー!』とか『仕事してー!』とかね。
でも、春や秋なら大丈夫かも。春や秋はいろいろちょうどいいよね。
気温は、暑くなくてポカポカしてるし、寒くなくてひんやりで。
植物だって、『……死にそう……』って感じでも『パワー全開だー!』って感じでもないし。
食べるものも、『……ぅぅ……いますぐ冷たいのが食べたい……じゃないと暑くてとけてまう……』とか、『……あったかいの食べたい……冷たいジュースとか飲んだら死んじゃうかも……』とかないし。
そうなっちゃうと私は、まるで自分がゾンビになったような気分になる。もう食べることしか考えられなくなる。『……アイス……アイス……』『……肉まん……肉まん……』みたいな。
人だってみんなのんびりしてて、ちょうどいい感じで歩いてる。夏は暑くてふにゃふにゃになっちゃうし、冬は寒くてあっという間に歩いていっちゃう。
ずっと春や秋でもいけるかもって思ったけど、じっさいに想像してみると、『うーん、どうだろー』って感じがした。体にはちょうどいいけど、心にはそうでもないのかも。
ちょっとくらいは
ずっと春、秋だと、ちょっと物足りない気がする。あんまりそれが続くと、心が止まりぎみになっちゃいそうだよね。ずっとぼけーっとぼんやりして、ウトウトしたまま起きあがれなくなっちゃいそう。
最近の私はそんな感じだった。季節はちゃんとめぐってて、いまは夏なのに。
なんかやる気が出なくて、毎日がイマイチな感じ。もしかすると夏バテなのかも。
そのせいか、歩きなれたはずの道がちょっとしんどい。めっちゃ長く感じて、家を遠くに感じちゃう。家がイジワルして、トコトコ歩いて逃げていっちゃうみたい。
まあじっさいには、家にはあとちょっとで着くんだけどね。
私はいま、家に帰っているさいちゅうで、長い坂道を
ここはめっちゃ急な坂で、ふだんから
まあべつに、ここを通らなくても家には帰れるけど、ほかの道だとちょっと遠まわりだし、けっきょくどこも
あれだね、不幸中の
道の両側は家がびっしり建ちならんでいる。ここら辺には、友だちや
友だちとかママとかと歩いているときは、ぜんぜんそんなふうには思わないのに、
まあ私は、さみしいくらいで死んだりしないけども。
それでもさ、夕ごはんの匂いがしたり、
もうなんか、何年かぶりに家に帰るみたいな気持ちになる。
じっさいには今日の昼間に家を出たばかりなんだけどね。
ていうかそもそも、私が家に帰らなかったサイコー
それは、小学校のときの、
友だち大勢といっしょにお泊まりってのにテンションがマックスだったから、そのときは家に帰りたいなんてぜんぜん思わなかったけど、もしこれがそういうのじゃなかったらヤバいよね。
たとえばだけど、どこか遠くの街に、ワープとかで突然、たった
そんで、街の人たちやおまわりさんを
そんなことになったら、私は、ぜったい泣くと思う。……なんか、想像してると気分が沈んできちゃう……。
というわけで私は、想像をパッと消して、顔をあげた。
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