第2話 僅かな手がかり

ジーク・ガイム・ランガはランガ帝国第2皇子として生を受けた。


ジークには、ランガ帝国第2皇子としての顔と、若い商人ランガとしての顔があった。


兄の皇太子は体が弱く、遠征に行く事ができない。ジークは国外に行き、帰る度に兄に国外の様子を知らせていた。


隣国のガージニア王国は、長い歴史を持つ国だが最近は衰退の一途を辿っていた。


最後の国王となったルーザック王は好色で怠惰な王だった。数多くの妃を迎え、子供は10人の王子と、12人の王女が産まれていた。


ガージニア王国の第一王子は好戦的な人物で、帝国との国境に兵を何度も派遣してきていた。


ジークは、ガージニア王国の実情を探るために、商人としてガージニア王国に潜入した。





ガージニア王国は噂通り寂れていた。


高額な税金を聴取され、過酷な労働環境、やせ細り暗い表情の王国民は、病気や貧困で若くして亡くなる人も多いらしい。


そんな中、案内人として出会ったクロエはとても生き生きとしていた。


長い茶髪に、透き通る美しい碧眼で美しく、前向きなクロエにジークは会う度に惹かれて行った。クロエはお金が貯まったら国外へ行くつもりだと言い、ジークに外国の話を聞いて来た。


そんな中、帝国から急報が届いた。父の皇帝と兄の皇太子が危篤らしい。


ジークはクロエへ告げた。

「クロエ、ここを俺はすぐに、この国を離れないといけなくなった。クロエは外国へ行きたいと言っていただろう。一緒に来ないか?」


クロエは言った。

「ごめんなさい。ジーク。今すぐには行けないわ。」


ジークはクロエを抱きしめて言った。

「戦争が始まりそうだ。準備が出来たらすぐに国外へ避難すると約束してくれ。」


クロエは言った。

「ええ、できるだけ早くこの国から離れるわ。」


ジークは言った。

「好きだ。クロエ。今度会えた時は、俺の気持ちを受け入れてくれ。」


クロエも言った。

「私も好きよ。次会えた時は、、、」


ジークはそっとクロエに口づけをした。







ジークは、クロエの事を気にしながら帝国へ帰って行った。


帝国は混乱していた。


皇帝と皇太子が毒を盛られたのだ。毒を盛ったのはガージニア王国第8王子だった。第8王子は自身も毒を含み既にに死亡が確認されていた。


ジークは帝国に着きすぐに、父と兄の部屋へ行った。


兄は既に意識がなく顔色が悪い。


父は、かすれた声でジークへ告げてきた。


「ジーク。このランガ帝国を頼む。我らの仇を討ってくれ。」


ジークは、父の言葉に頷いた。





兄の皇太子は2日後に亡くなり、父の皇帝も3日後に亡くなった。


ジークは皇帝に即位した。


即位から1週間後帝国はガージニア王国へ攻め入った。


大陸で最も強い帝国兵達に攻め入られたガージニア王国はどんどん戦線を後退させた。


ガージニア王国の王子が何人も王国兵を率いて最前線に立つが、皆死んでいった。


帝国兵がガージニア王国の王都を取り囲んで2週間後、遂にガージニア王国は降伏した。


前皇帝と皇太子の暗殺を命じた第一王子の首を、王都に残った貴族達が差し出してきたのだ。国王もすでに殺されているらしい。


王城へ入った帝国兵達は衝撃を受けた。


引き裂かれた複雑な刺繍が施されたカーテン。


強奪され散乱している室内。


壁の装飾具まで繰り抜かれ奪われている。


敗戦に気が付いた使用人達が強奪したらしい。


ジークは側近と残った王族を探した。


親族を殺された恨みは強い。ジークのように敵の国を滅ぼそうとするかもしれない。禍根を残さない為にも、王子を全て殺さなければ、、、



ガージニア王国では王子と王女の待遇の違いが歴然としていた。王子の居室は豪華で広いにも関わらず、王女の部屋は質素で薄暗い。生き残った王女達は高い塔に何重にも鍵をかけて引きこもり身を寄せ合っているらしい。


王子の部屋を訪れたジークに、机の下から飛び出し、剣を突き付けてくる影があった。


「死ね。皇帝。」


15歳程の金髪の第10王子だった。ジークは軽く躱し、王子を一太刀で切り捨てた。


その王子の顔になぜかジークは既視感を感じた。


初めて会ったはずなのに、どこかで見た事がある気がする。


どこで、、、、














最後の第9王子を探している時に、侍女服のクロエと再開した。


クロエはジークと最後に会った後消息が分からなくなっていた。ガージニア王国へ潜伏させていた諜報員も見つけれないと言っていたから、国外へ逃亡したとばかり思っていた。


久しぶりに会うクロエは相変わらず美しかった。


ジークは離れていた時間を埋めるように一晩中クロエと愛し合った。


ジークはクロエに愛していると告げた。


クロエは約束通りジークの気持ちに答えてくれた。


ジークは、戦争が終わってもクロエと共に過ごすつもりだった。


クロエがいなくなるなんて思っていなかったのだ。










ルルージュア第9王子が見つかったと知らせを聞き、ジークは、側近のグロウと共に地下通路へ向かった。


地下通路は薄暗く汚れていた。逃げる王子が落としたのか、宝石や装飾品が所々に落ちている。


ジークは言った。

「第9王子は強欲な人物だったみたいだな。持ちきれない程の貴金属を持ち出すなんて。」

グロウは言う。

「ええ、変わり者だったらしいですよ。ほとんど表に出てこなかったみたいで。」





しばらく進むと深い落とし穴があり、遥か下に倒れている金髪の男性が見える。胸には王子の証であるペンダントが光っていた。


ジークは言った。

「ここは降りて確認できないのか?」

グロウは答える。

「ええ、地盤が脆く危険だそうです。王子以外にも白骨化した遺体が見えます。何十年も前に落ちた人物がいるようです。」


ジークは、死んだ王子を置いて地下通路から脱出した。



すぐに、クロエのいる客室へ向かおうとするとグロウに呼び止められる。

「あの侍女の所へ行く前に、戦後処理を終わらせてください。」


ジークは言った。

「勘弁してくれ。やっと再会できたんだ。少しくらいいいだろう。」


グロウは言う。

「もう貴方は皇帝になられたんですよ。第2皇子だった時のように自由にされては困ります。昨夜の事は大目に見ますから、仕事をしてください。」


ジークは言った。

「分かったよ。誰かそこの辺の女を捕まえてクロエのいる部屋へ食事を持って行かせてくれ。かなり疲れているだろうから。」


そう言い、ジークは残った戦後処理へ向かった。



その日の夜。ジークがクロエの待つ客室へ戻ると、そこには誰もいなかった。

朝ジークが部屋を出た時の状態で時間が止まったかのようにクロエだけが消えていた。

ジークは茶髪で碧眼の女性を探された。だが、おかしな事に、生き残った使用人達は誰一人としてクロエという名の侍女の事を知らなかった。茶髪の侍女を全て確認したがクロエはいない。



どうして消えたんだ。


俺を置いてどこへ、、、


クロエ。



落ち込むジークへ側近のグロウが声をかけてきた。

「可笑しいですね。城門はまだ閉鎖しています。私も確かに会いました。いなくなるはずが無いのですが、、、」


赤髪の騎士団長ガーラックが言う。

「この際、王女を娶るのはどうですか?第6王女は茶髪で美しいそうですよ。帝国を侵略者だと反発する貴族や王国民も多いですから、王女を娶れば市井の反対意見も落ち着くはずです。」


ジークは言う。

「なにを言う?父や兄を殺した者の血を引くものと結婚するなんて、帝国民が黙っていないだろう。」


ガーラックは言った。

「ガージニア王国には王女が滅びの子を産むという言い伝えがあるそうです。どうやら帝国兵にも伝わっているようで、ジーク様について王国を滅ぼした偉大な王と言っています。すでにどの王女がジーク様の子を産むのか賭けているようですよ。」


ジークは言った。

「馬鹿な事を言っていないで、クロエを探してくれ。」


側近のグロウと、騎士団長ガーラックは呆れたように顔を見合わせた。







その後もクロエの消息は分からないままだった。


ジークはどうしてもクロエの事を諦める事が出来なかった。









戦争が終わって2年がたつ頃、ジークは久しぶりにガージニア王国を訪れていた。


ガージニア国は、ランガ帝国の貴族が第4王女を娶り統治している。


統治者の妻となった第4王女は、戦争で荒れ果てた王城を修復したらしい。


戦後の様子が嘘のように、王城の中は整えられていた。


年代物の金細工の調度品。落ち着いたカーテンや絨毯。長い廊下にはガージニア王国歴代の王や王子の肖像画が飾られている。


ジークは最後の王子達の肖像画を見ていて気が付いた。


王子は10人いたはずなのに、肖像画は9枚しか存在しない。


どうやら第9王子ルルージュアの肖像画だけない。


訝しく思っているジークの側へ茶髪の娘を連れた兵士が近づいてきた。



茶髪の娘は慣れない動作でお辞儀をしてジークを見た。


ジークは言った。


「ここまでよく来てくれた。君は私の探し人ではない。」


茶髪の娘はショックを受けたような表情をしていたが、兵士に金貨を渡されて笑顔になった。


その時、ふと娘が、側にある肖像画を見て言った。

「まあ、ルルーにそっくりだわ。」


娘が見ているのは第8王子の肖像画だった。母親を人質にされた第8王子は皇帝と皇太子に毒を盛り死んだ。ジークは第8王子とは会った事がなかった。


第8王子の肖像画は、金髪で緑色の瞳をしている。何かを思い詰めたような暗い表情をしていた。


髪の色も違う。瞳の色も違う。表情でさえ違う。


だけど、第8王子はクロエと顔の造作がそっくりだった。


兵士が言った。

「おい。陛下の御前だ。無駄口を叩くな。」

ジークはその兵士を手で止めた。


「君、名前は?」


茶髪の娘は言った。

「エリーゼと言います。」


ジークは尋ねた。

「ルルーとは誰の事だ。」


エリーゼは訝しそうに答える。

「隣町の金髪の女性の事です。1歳くらいの男の子を育てています。美人で評判なんですよ。よく茶髪なら陛下の妻になれたのにと揶揄われています。」


ジークは、大きな思い違いをしていたのではないかと思った。


地下通路は複雑で、歴史学者たちが調べているが全容がはっきりしない。


もし、地下通路が城門の外まで繋がっていたなら、


地下通路を使いクロエが逃げたなら、誰にも見つからずに王都から脱出できたはずだ。



それに子供、、、


あの時の子供かもしれない。





あまりにも可笑しな推測だ。



あり得ない事に思える。



だが、やっと手に入れた僅かな手がかりだ。



ジークは逃すわけにはいかなかった。













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