君の王子様になりたくない
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プロローグ
王子様って、実在するのである。
そんな馬鹿なと言われても、居なくていいと言われても。
実在してしまうのである。
全国各地の大学に「お嬢様部」なるものが存在していた。
二〇二二年初夏に駆け巡ったこのニュースに触れて、驚愕した者は少なくない。ある者は彼女たちの凛々しく倫理に則した振る舞いに感嘆し、またある者は憧れを抱き、またある者は、……報道によれば男子部員も存在するようだが、彼らもまた「お嬢様」として振る舞うのかそれともお嬢様に傅く執事として籍を置いているのか判然としないけど、まあ若いうちに何でもしとくに越したことはないよねと素朴な感想を漏らした。とにかく、あちこちの大学に「お嬢様部」が存在し、優雅な午後のティータイムを今日もどこかで過ごしているのであろうなぁという想像あるいは妄想は、とてもとても平和的なものではある。
なお、私学文系大学の雄として知られる
しかるに、九隅大学といえばサークル活動が盛んなことで有名である。
活動費があまり出ない代わりに公認要件が比較的緩く、毎年五十近いサークルが神出し、半年も経たぬうちに鬼没するというありさま。
四月になるとシラバスとタメを張るぐらいの厚みのある「九隅大学サークル紹介」が新入生のカバンを凶器に変える。最寄りの
さて。
これは、
一年半前の入学式の帰り道、一浪して滑り込んだばかりの身ながら「頭おかしいだろこの大学」と愚痴を零しつつ「サークル紹介」で重たくなったカバンをきちんと家まで持ち帰った経験を持ち、現在は文学部国文学科二年生となっている男子学生の物語である。
三摩と書いて「みつま」と読む珍しい苗字に律という名を付けリズミカルなフルネームを持つに至った彼は、「サークル紹介」をいまだに一度も開いたことがない。入学式の次のゴミの日に出し忘れて以来、いまでは独り暮らしの部屋の押し入れの中、古雑誌と共に積んだままになっている。なので律は全く知らないのだが、九隅大学にはこの「サークル紹介」を作るためだけに存在するサークル「『サークル紹介』編集部」があり、「サークル紹介」は各サークル二ページから四ページにわたって活動概要を紹介したなかなかの読みものになっている。
律が九隅大生となった二〇二一年度は、よく知られている通り世界的に病禍が猛威を奮っていた時期である。
ゆえにサークル数も減り、特に運動系やレジャー系では「現在は活動休止中」という文字も目立ち、例年になく文化部に多くのページを割いたという点で特色ある一冊となっていた。
これはサークル「『サークル紹介』研究部」もウェブサイトでかなり力を入れた特集を組んだのだが、アップロード直前にこれまでの「サークル紹介」誌のバックナンバーの重さに耐えかねてサークル棟の床が抜けるという事故が発生した関係で活動を自粛することとなり、日の目を見ていない。以上は余談であるが、三摩律はだから、この年の「サークル紹介」の文化部十八番目に掲載されたサークルのことを、名前も含めて何一つ知らないで二年の前期を迎えている男なのだった。
そのサークルの名前は、「王子様部」という。
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