第85話 ものまねの極意

「ソロソロイイダロウ。『ものまねの極意』!」


 No.99ドーンの体から紫の光が放たれ、その光はドーンの体に集まり消えていく。そこに現れたのは……。


「え……? 先生?」


 タークが驚きの声を上げる。そこには紫の法衣をまとう冥王がいた。


「フフフ ターク コノ程度ノコトデ 驚イテ ドウスル?」


「変身したのか?」


「変身デハナイ。ものまねダ」


 バチン


 冥王に姿を変えたNo.99ドーンが指を鳴らす。


 バン!


 タークの背中のすぐ近くが爆発し、タークはよろける。


 バチン


 再度、冥王に姿を変えたNo.99ドーンが指を鳴らす。


 バン!


 今度はタークの腹の前の空間が爆発し、タークはよろける。



「あれは……、先生が見せてくれた魔法の罠?」


「腐腐腐、そうみたいね〜。こんな使い方があったなんてね……」


「小規模だから詠唱なしで発動できる。もしかしたら、指を鳴らす必要もない……?」


「えぐくない? 弱いものイジメみたいなんだけど……」


 攻撃を受けるタークを見て、アーシェ、ローズ、イリス、サラ、カレンが心配そうに話す。


 バチン


 バン


 バチン


 バン


 その間もタークを爆発が襲う。


--魔法の罠……。設置と同時に指を鳴らすことで起動……ということ……? 威力は授業で見たときより弱いような……。ものまねだからか……?


 よろめきながらタークは考える。そして。


 バチン


 バン


 今度はNo.99ドーンの顔のすぐ近くの空間が爆発する。


 バチン


 バン


 更にNo.99ドーンの腰のすぐ近くの空間が爆発する。


「フフフ ソウダ ターク ソノ 調子ダ」


 No.99ドーンは爆発に晒されながらもどこか楽しそうだ。


 バチン バチン


 バン バン


 バチン バチン


 バン バン


 バチン バチン


 バン バン


 タークとNo.99ドーンの周囲の空間が爆発する。


 バチン バチン


 バン バン


 バチン バチン


 バン バン


 バチン バチン


 バン バン


 このまま我慢比べになると思われたが。


 バチン バチン


 バン


 バチン バチン


 バン


 バチン バチン


 バン


 タークの周りの空間だけが爆発するようになった。


--どういうことだ……?


 タークがNo.99ドーンの周りに設置した魔法の罠が起動しない。


「フフフ 考エルノダナ ターク 何ガ 起キテイルノカヲ」


 ◇◆◇

「えっと……、これは何が起きているのでしょうか……?」


 カレンが4人に聞く。


「腐腐腐。あの『ノーライフ・ソルジャーズ』の一人がスキルを使って冥王さま、先生に変身したようね〜。『ものまね』って言ってたから、変身よりも先生の能力を使うところに主軸があるようね〜腐腐っ」


「で、先生が授業で見せてくれた魔法の罠……。それをターク先輩のそばに設置して、指を鳴らすことで起動したの。何度も受けているうちに、先輩も同じことをし始めたの」


 カレンの疑問にローズ、アーシェが答える。


「それって凄くないですか? 見たものをすぐマネできるなんて……」


「そうね……。ものまねが上手い先輩のところに“ものまね師"が来た……。作為を感じるわ……」


 カレンの言葉に相槌を打つアーシェの言葉の後半は思いついたものがそのまま口から出たものになった。


「でも、今は先輩が設置したはずの罠が起動しなくて一方的にやられているという状態ね……。多分、先輩の罠は設置と同時に解除されていると思う……」


 更にイリスが今の状態について解説する。




「でもさー、あの爆発に耐えたりとかすごくね?」


「そうね。先生がくれた棒のお陰のようね。爆発から身を守る障壁を張っているわ」


「イリー、何で分かるの?」


「バカね。胸ポケットが光ってる……。胸ポケットに入れられるもので、障壁を貼れるようなアイテムなんて先生がくれた棒しか考えられないじゃない」


 サラの疑問にイリスが答える。


「すご。伸び縮みするだけじゃないんだ」


「ええ。こんなアイテム、貴族でも持つ者はそういないわ……。まだ何かあるかも……」



 ◇◆◇

--僕が設置した罠が解除されている……?


 爆発に晒されながら、タークは現状を把握する。そして、自分が設置した罠が消える様子を確認する。


 バチン バチン


 バン


--それなら!


 タークは自分の周りに設置される魔法の罠の解除に取り掛かる。


 バチン バチン




 バチン バチン




 いつしか爆発は起こらず、二人は指を鳴らすだけになってしまった。


「フフフ ターク ナカナカ ヤルナ デハ……『冥炎』」


 冥界の炎がタークを襲う。


「ぐっ……」


 タークの周りに張られた障壁が炎を遮るが、完全に防ぎきれない。タークの全身から汗が流れる。


「……来タレ 『冥風』」


 冥界の風がタークを真上に吹き飛ばす。


 ドシャ。


--呼吸が……。障壁に守られていてもダメージが……。


「『ものまねの極意』トハ 目ノ前ノ敵ノ技ヲ 真似ル ダケデハナイ…… トドメダ『冥岩』」


 倒れ伏すタークの頭上にオーラを纏った岩が現れる。


--『目ノ前ノ敵ノ技ヲ 真似ル ダケデハナイ』のなら……。


「我が身を守れ『聖盾』!」


 タークの頭上に聖なる盾が現れ、冥界から召喚された岩石と衝突し、双方とも消え去る。


「え……? 今のは……聖なる力を行使する大賢者魔法?」


「腐腐腐。去年もZクラスに所属していた先輩方は大賢者さまの戦う様子を見ていたというわ……。でも、それだけで大賢者魔法を使ってみせるなんて……。ワタシには無理ね……。腐腐っ」


「嘘でしょ? 大賢者ゼニスさまですら、大賢者魔法を習得したのは、20代の頃と言われているのに……」


 魔法に関して知識を有するアーシェ、ローズ、イリスは驚きの声を上げる。


「フフフ ターク 見事ダ デハ 仕上ゲト 行コウ」


 No.99ドーンは嬉しそうに詠唱を始める。


「狂 戯 乱 盗 淫 弄 悦 惑……」


「え? これってクラス目標?」


 サラが拍子抜けな声を上げる。


「違います! 冥王……先生の切り札、『冥王秘術』の詠唱です!」


 冥王は『冥王秘術 八大邪』の詠唱部分をクラス目標にした。だが、今回は魔法として詠唱している。No.99ドーンの周りに八つの球形の力場が形成され、それぞれに『狂 戯 乱 盗 淫 弄 悦 惑』の文字が一つずつ浮かんでいる。


--さっきの岩とはものが違う! 盾では防ぎきれない!! それなら……。


 タークは『八大邪』と対をなす大賢者魔法『八大聖』を使うことを思いつく。大賢者ゼニスも冥王の『八大邪』を見て『八大聖』を編み出したというのなら可能性はある。


「仁 義 礼 智 信 孝 悌 忠……」


 タークは『八大聖』の詠唱を始める。八つの力場が現れ、それぞれに『仁 義 礼 智 信 孝 悌 忠』の文字が現れるが……。


--消耗が激しい!! このままだと……。


 レベルが遥か上の者の技や魔法を使うことは、かなりの負担を強いることになる。タークが『八大聖』を発動することは、タークの命と引き換えになるだろう。タークの顔から生気が消えていく。


--それでも僕は!


 タークはそれでも勝ちたいと思った。どこまで自分にできるか。セタやディルについていくだけで自分というものを持たないようにも感じていた。勝ってお金を孤児院に届けたいとも思った。何者でもない自分を死んでもいいから変えたいとも思った。


 そして、タークは『八大聖』の発動を決意した。


『タークお兄ちゃん、だ〜い好き!』


 一人の少女の笑顔がタークの脳裏に浮かぶ。セタとディルに連れられて孤児院に行くとタークを笑顔で出迎える少女。孤児なので、正確な歳は分からないが、10歳ほどのシーナという少女のことを思い出し、タークは思い直す。


--生きる!


 No.99ドーンは決意したタークの顔を満足そうに見て魔法を発動させる。


「『八大邪』!」


「『オーディンの槍』!」


 タークは『八大聖』を構成するための魔力で、同じく大賢者魔法の『オーディンの槍』として構成し直したのだった。


『八大聖』も『オーディンの槍』も大賢者魔法の最上位にあるが、面攻撃となる『八大聖』と点攻撃である『オーディンの槍』では、魔力の消費量が違う。このため、タークは『オーディンの槍』を使用しても死ぬことはないと判断したのだった。


 そして--


 ◇◆◇

 タークは地面に倒れ伏していた。タークの『オーディンの槍』は『八大邪』の威力の一部を削り取ったが、あくまで一部でしかなかったため、タークは立ち上がれないほどのダメージを負ってしまった。


 対するNo.99ドーンも無傷とはいかなかった。冥王への変身は解け、元の姿に戻っている。心なしか存在感が薄くなったようにも見える。『八大邪』の威力の一部を削り取った『オーディンの槍』は、そのまま『八大邪』を貫通したのだった。


「フフフ ターク ヨクヤッタ」


「僕は……勝てなかった。勝ちたいと思ったのに、勝てなかった……」


 タークにはNo.99ドーンの言葉は敗者への憐れみのように感じた。死を賭すべきだったのか、生きる決意をしたのが正しかったのか分からなくなってきた。


「ソウデハナイ 『八大聖』ヲ使イ 死ヌコトヲ 覚悟シナガラモ 使ワナカッタ ソノコトヲ 褒メテイル」


「……! どういう……」


「死ヲ覚悟スルコトハ アル意味 尊イノカモ 知レナイ シカシ 遺サレタ者ハ ドウスレバ イイノダ? 更ニソレガ自分ノタメダトシタラ ソノ者ハ 今後 ドウ生キテイケバ イイノダロウナ?」


 タークはNo.99ドーンの意外な言葉に驚きながら聞き入る。


「オ前ハ 今ノレベルデハ 使ウト死ヌ『八大聖』カラ『オーディンの槍』ヘト切リ替エタ 『オーディンの槍』デモ 消耗ハ 激シイガ 死ヌホドデハナイト踏ンデナ ソシテ 『八大邪』ノ威力ノ方ハ 『オーディンの槍』デ削リ 残リハ ソノ棒ノ障壁デ 受ケル ソレデ 死ナズニ済ム コノヨウニ 死ヌ覚悟ヲシナガラモ 生キルタメノ 計算ヲシタ上デ 生キ残ッタ ソンナオ前ヲ 褒メテイル」


「……!」


 全てを読まれたタークは驚きのあまり反応できない。全てにおいて負けた気分だが、認められたことの方が大きかった。


「ターク ソノ箱ニ入レタ金貨 好キニ使ウトイイ ソレト……」


 No.99ドーンはタークの様子を見て右手を上に上げる。いつの間にかその手には鍬が握られている。


「『生命の息吹』!」


 鍬を振り下ろすと同時に癒しの魔力がタークを包む。身動きが取れなかったタークが動けるようになる。


「ソレデハナ ターク マタ会オウ 『盟約の子』ニ置カレテハ 手出シ無用ノ願イヲ 聞キ入レテ下サリ 御礼申シ上ゲル」


 そう言い残すとNo.99ドーンの姿は消えていったのだった……。

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