第84話 ギャンブリング

「勝手に降りようとしたセタ坊にはオシオキが必要だなぁ〜。『公正フェアネス』!!」


 No.77ジェイの手から紫色の光がカードに放たれる。


--何だ? 何が起きている?


 セタは焦る。セタとNo.77ジェイの手にあるカード、テーブルに置かれているカードが紫の光に照らされる。


--は? カードの傷が消えている?


 セタに見えていたカードの細かい傷が消えていく。


 --回復魔法? いや、カードに回復魔法なんて聞いたことがねえ。まさか……時間操作? あり得ねえ。いや……。


 ここでセタはクラスの女子たちが『SSSクラスの担任フィオナとの決闘の際に冥王がフィオナの時間を巻き戻して、技の発動をキャンセルした』と話しているという噂を思い出した。


--マジか……。冥王軍、イカれてねえか? ていうか、俺相手に何てもん使いやがる!


 時間操作は大規模なものは世界全体、小規模なものは個体に対して行われるものと言われている。その概念自体は外つ国からの来訪者が著す娯楽作品によってもたらされた。このため、セタも概念としては知っていたが、時間操作の実例は記録にないため、娯楽作品での作り話とばかり思っていた。


「ケケ! セタ坊! 時間操作がそんなに珍しいか? オレの能力『ギャンブリング』はギャンブルに関することなら結構色々なことができるんだぜぇ〜」


「さっきの行動強制ギアスとかか?」


「ケケ! さっきのアレかぁ〜。アレは賭けに引きずり込む、賭けに勝てば命令に従わせることができるっていう行動強制ギアスだぜ〜。あまり強えことは命令できねえんだけどな。『死ね』とか『アイツを殺せ』なんてな」


「それなら、俺に『負けろ』って命令すれば済むんじゃねえか?」


「ケケ! 面白えこと考えるな! でも、それはギャンブルじゃねえな。勝つか負けるか分かんねえのがギャンブルってもんだろう?」


「ギャンブルじゃなきゃ、能力は使えないってか?」


「ケケ! そういうことさ。何つったって、賭博師ギャンブラーの能力だからな!」


 No.77ジェイはそう言うとゲームが再開される。セタは考える。


 --こいつの能力はギャンブルに関すること。そして、こいつにとっては『勝つか負けるか分かんねえのがギャンブル』。だから、ギャンブルが成立しなけりゃ能力は発動しない……。


 そこまで考えてセタは思った。


--ゲーム自体に能力使ってねえから、考えても意味ねえじゃねえか!


 今セタがやっているのは、カードを使ったギャンブル。カードの傷を能力で直したが、ゲーム自体には能力は使っていない。ならば、実力で勝てばいい……。


 しかし。


--クソ! 一回勝てても、その後に五回は負けちまう……。このままじゃあ金が……。


 セタの脳裏に孤児院のシスターの顔が浮かび、セタの心に絶望の雫が一滴、二滴と滴り落ちる。


『お主らの一年がどうなるか、この学園を離れた後はどうなるか、さながらに其は定めじゃのー』


 これは前年の担任、大賢者ゼニスがセタたち留年組の前で自己紹介したときの言葉だった。ゼニスは自身の名と自身が大賢者であることについては語らず、この言葉を発した後眠りに入ったため、『居眠りじーさん』と呼ばれることになった。


--定め……。これが定めなら俺は……!


「ケケ! セタ坊! 諦めるのかあ? お前の想いはそんなものだったのかあ? まあ、金が必要って言っても、に頼るようじゃあ、所詮はそんなもんのようだなあ!!」


 セタはNo.77ジェイの言葉に違和感を感じる。しかし、それが何なのかは分からなかった。


「ケケ! 何も言い返せねえのかあ? 何もできない中途半端なガキの分際で誰かを守ろうなんて無理なんだよ! しかもに頼る駄目っぷり! これがあの大賢者の生徒だなんて笑えてくらあ! お前の定めはこれがお似合いのようだなあ!」


--これが定め……。定めと言っていたあのじーさんは40年も何をしていた? 定めとやらに立ち向かっていたじゃねえか! それなら俺は……。今、この時だけでも乗ってやらぁ! 乗ってその果てを見てやる!


 前年の担任だった大賢者ゼニス。『混沌カオス戦争』において戦死したとされていたが実は生きており、世界の平和のために尽力していたという。教師でありながら居眠りばかりなのは、魔王軍の監視のため幽体離脱を行なっていたためだったと後になって聞かされた。


 セタの目に力が戻る。それを見てNo.77ジェイはニヤリと笑いたくなる。


 そこでセタは違和感の正体に気づく。


--そういうことか……。なら……この勝負、俺の勝ちだ!



 ◇◆◇

 そして、ゲームは続いていき……、セタの所持金が尽きる。


「ケケ! セタ坊! どうやらオレの勝ちのようだなぁ!」


「いや、勝利条件について決めてなかっただろ?」


「ケケ! そういや、そうだったなあ。金が尽きたってのに、何を賭けようってんだ?」


 No.77ジェイは面白そうにセタに尋ねる。


「俺の命だ!」


「ケケ! お前の命にどれだけの価値があるっつうんだ?」


 No.77ジェイはカードを配りながら面白くてたまらないという様子でセタに再度尋ねる。


「これでも俺はアンタの主人、冥王……先生の生徒でもある。主人の生徒の命に全く価値がないなんて言わせないぞ!」


 No.77ジェイは冥王の名を出されたことで僅かに動揺したように見える。


「ケケ! 確かにそうだなぁ。お前自身に価値は無くとも、冥王様の生徒としての価値は一応あるなぁ」


「だったら、次の勝負で俺が負けたら、お前の能力で俺の魂を抜くなり何なり好きにしやがれ!」


--さっきとは目の色が違うねえ。これだからガキの相手は……。


 No.77ジェイはほくそ笑みながら金貨が入った皮袋をセタの前に放り投げる。


「止めだ止めだ! セタ坊、お前の勝ちだ!」


 この言葉を聞いたセタからどっと冷や汗が流れ出す。


「ケケ! セタ坊! よく分かったな!」


「ああ、賭博師ギャンブラーのスキルを獲得するほどギャンブルを極めたアンタが『ギャンブルなんか』なんて言ってたのが引っかかったんだよ。だから、今回の俺との勝負はあくまで。お遊びなのに命を賭けちまったら、お遊びじゃなくなっちまう。お遊びのギャンブルのはずがお遊びじゃなくなるなら、あんたの能力は使えなくなるって踏んだんだよ」


「ケケ! お前が負けてもオレの能力で魂を抜かれないだろうってか? オレが能力抜きで殺しにかかったらどうするつもりだったんだあ?」


「それはないね」


「ケケ! 分かっていたか。冥王様の生徒を死なせるなんてマネ、冥王様はお許しにならねえからなあ」


「冥王……先生が俺を死なせるのにこんな手の込んだマネをする訳がないからな」


 セタは一呼吸おいて付け加える。


「それに……、もし勝負に負けて俺が死んだとしてもそれは『さながらに其は定め』だからな」


 それを聞いたNo.77ジェイは右手に嵌めていた指輪の一つを外しセタに投げつける。


「何だ? これは」


「ケケ! 腐っても大賢者の生徒のお前に敬意を表してくれてやらあ! それより、早く孤児院に行ってやりな! その金がお前のスケのために要るんだろ?」


「な! シスターはそんなんじゃねえ!」


 セタは顔を真っ赤にして叫ぶ。


「ケケ! 分かったから行った行った。しっかりヤレよ!」


「うるせえ! 今度は負けねえからな!」


 そう言い残すとセタは席から立ち、カジノから出て行く。


 ◇◆◇

 セタを見送ったNo.77ジェイはセタに配られたカードを見てニヤリと笑い、いつの間にか消えていった。


 その後でカジノのディーラーがセタたちが使っていた席を片付け始める。


--え? こ、これは……! ロイヤルストレートフラッシュ……。


 セタが座っていた席に配られていたカードを見たディーラーは驚愕に打ち震えるのだった……。

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