第66話 宮廷魔術師長の懊悩②

「『獣人族独立戦争』の際のご振る舞いを勘案いたしますと、大賢者様と冥王が裏で手を結んだと疑うこともできますわ。」


 アル・グローラが鋭い視線をゼニスに向ける。大賢者ゼニスは表向きは『第二次王都攻防戦』の傷が元で死亡したことになっている。

 死を前にしたゼニスが後世に遺すものとして口述筆記されたという名目で『大賢者ゼニス回顧録』は書かれ、『第二次王都攻防戦』までの部分がアステリア王国の王立図書館に所蔵された。


『獣人族独立戦争』以降の記録については、アステリア王家によって秘匿され、ヘクトール学園長アイヴァンが封印している。

 アル・グローラは、宮廷魔術師長の立場にあることから、『大賢者ゼニス回顧録』の全てを閲覧している。


『大賢者ゼニス回顧録』における『獣人族独立戦争』の記述……。そこに書かれていたのは冥王軍『ノーライフ・ソルジャーズ』のアンデッド達についてだ。その中に生前は英雄として名を馳せていた者がおり、その者たちも冥王に忠誠を誓っているという。

 更には大賢者ゼニスと冥王が獣人族独立のために共闘したという事まで書かれていた。

 獣人族独立のためとは言え、大賢者ゼニスが冥王と共闘したという事実は不要な憶測を生む。

 回顧録の記述が正しければ、冥王は死した英雄達を邪法を以って従わせている人類の敵である事には変わらないからだ。

 また、冥王に従っている死した英雄たちの子孫が疑念の目で見られることによる混乱も看過し難かった。


 アル・グローラとしては、冥王が死した英雄たちを使役していることを放置した上で、冥王と共闘した事が理解し難かった。


「『獣人族独立戦争』の時のことについては、何度も言った通り回顧録に書いた通りじゃのー。魔族からの独立を望む獣人族に協力したに過ぎんのー」


「ですが! 黒土シュパッツェボードゥン

族が冥王の保護下となるのを放って置かれたでしょう! 貴方様が隙を突いて冥王を討って下されば、あんな事には……」



「ふん。そもそもドワーフ七支族が一つ黒土シュパッツェボードゥン族が冥王の保護下となったのは、他の六支族と人間たちが結託して、彼らを滅ぼしたのが原因じゃろ。

 彼ら一族が闇の属性を持っているという理由だけでな。

 冥王は今は亡きガルラ前王、ターラ前王妃両陛下の願いを受け『盟約』を結んだ。冥王は『盟約』に従い、当時は幼児おさなごだった今のキール王陛下を保護し、成人するまで養育した。

 その後、キール王陛下は、黒土シュパッツェボードゥン族の生き残りを集め、見事国を再興した。

 黒土シュパッツェボードゥン族が冥王の保護下にいる事をやめさせる事などできる訳が無いのー」


「その『盟約』が問題なんです! そもそも亡きガルラ前王、ターラ前王妃両陛下のご遺志だったのですか? 両陛下は今では『ノーライフ・ソルジャーズ』なのでしょう?

 冥王ならば死した両陛下の意思を操ることも可能でしょう?

 しかも、キール王陛下を始めとする黒土シュパッツェボードゥン族の王族は、冥王の加護により強力無比の力を手に入れた……。

 次の大戦の不安要素となりかねない……」


「ならまた攻めるか? 40年間自ら戦う事がなかった彼らを。今度は王家伝来の品を失うだけでは済まされんと思うがのー」


 黒土シュパッツェボードゥン族が冥王の保護下となったことが明らかになった際に、それを理由にドワーフ六支族と周辺四ヵ国の人間国家の連合軍が攻め込んだが、連合国軍主力は冥王軍による足止めを受けてしまった。

 その隙を突いて反攻に出たキール王により各国の王都が撃破され、宝物庫の財宝が賠償金として奪われ、王族・貴族たちが人質として連れ攫われた。

 そして、冥王立ち合いの下で黒土シュパッツェボードゥン族に対する不可侵及び財宝の返還を求めないことを条件に人質を返還する条約が締結されたのだった。

 他国はそれを静観するしかなかった。


 神王ゼウスから、

『理は冥王とキール王に有り。故に干渉は許さぬ。』

 との神託が下されたからだ。


 故にこの戦いは『神託戦争』と言われている--


「冥王と死者が結ぶ『盟約』。それは、子を遺して死した親が、子の保護を条件に永遠の忠誠を誓わせるもの。『盟約』の履行のためなら、冥王は手段を選ばん。それには、神王を動かすことも含まれているのー」


「まさか、あの神託は……。神王ゼウスを動かすだなんて……」


 --『冥王』とは『魔族最高の魔術師』の称号であり、冥界に坐す『真なる冥王』とは違うはず……。


「冥王の名は伊達ではないということだのー」


 --この方はまだ秘している事がおありのようね。そして、秘するには理由があるのでしょう。ならば……。


「では、私はどうすればいいのかしら?」


「出来れば何もしないで欲しいのー。

 冥王は『盟約』を履行しに来たに過ぎんからのー」


 --まさか、『盟約の子』とは、アーシェリリー・トゥール侯爵令嬢! それが正しいなら、その実父レオン・オーヴェル男爵……かつての仲間……『辺境の英雄』が冥王の軍門に……。


 アル・グローラとしても、学園の全ての生徒を知っているわけではない。しかし、アーシェの実父と悲劇的な最期については、未だに受け入れられていなかった。

 学園卒業後、ヘクトールの卒業生同士でパーティーを組んでいたところに二人組のパーティーを組んでいたアーシェの両親も加わった。アーシェの両親は共に旅をした仲間だった。

 魔族との次なる大戦の頼れる戦力であり、必要あらば魔族との交渉役としても活躍するであろうオーヴェル男爵の死亡は人類にとっての大きな損失であり、アル・グローラにとっては仲間の死でもあった。


「立場上、何もせぬわけにはいきませんわ。直接戦うには相手が悪過ぎるので、搦め手を使わせていただきましょう。」


 --そう。宮廷魔術師長として、母親として、何もしないわけにはいかない。

『盟約の子』と冥王のすぐ傍に我が娘がいるなんて……!


 アル・グローラの脳裏に自身の才能を軽く超える愛娘の姿がよぎった。


「ローラよ。冥王については心配することはないのー。魔王の意思を受けて動いている訳ではないからのー。それを忘れんようにのー」


 --冥王軍には、我が曽祖父"偉大なる"アル・バーニヤが……。私は命をかけなければならない……。


 アル・グローラの曽祖父アル・バーニヤは時と空間を操る大魔術師だった。その大魔術師が死後、冥王の軍門に降ったという『大賢者ゼニス回顧録』の記述は眉唾ものに思われた。

 しかし、前大戦における『第一次王都攻防戦』の獣王軍の進軍スピード、『獣人族独立戦争』における魔王軍本隊の行軍の遅れ、『神託戦争』における連合国軍の混乱ぶりをみると、最高レベルの『時空魔法』が行使されたと言わざるを得なかった。

 そして、アル・グローラはその水準にないという事実が、次の大戦での己の死を覚悟せざるを得ないものとして彼女の肩にのしかかった。


「アル・バーニヤ殿か……。オヌシが死を賭して挑もうと思うたとしても、かの御仁はどうお考えかのー」


「私では相手にもならぬと……?」


「そもそも、争う必要があるかということから偏見抜きで考えるべきだのー。

 目が曇っておっては、要らぬ災厄を呼び込むからのー」


 そう言い残すと、カランとゼニスの幽体に張り付いていたオカメ面が落ちる。

 ゼニスの幽体が部屋から去ったのだ。


 残されたオカメ面は何かを言いたそうにアル・グローラを見つめるのだった……。

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