第65話 宮廷魔術師長の懊悩①

「フィオナ。そんな顔をしないで。かわいい顔が台無しよ。」


 後悔に顔を歪ませるフィオナにアル・グローラは微笑みかける。


「冥王と戦ったにも関わらず、誰も死なないどころか、傷一つ負ったものもいない。

 その上で冥王の手の内の一部が判明した。これだけでも大したものよ。

 冥王が武技を扱えること、自爆技を無効化できること、そして消滅したはずの『餓骨杖』が存在すること。

 もし、貴女が冥王と戦わないまま、次の大戦を迎えた場合、これだけのことが分かったときには冥王によってどれだけの犠牲が出たか分からないわ」


『餓骨杖』は冥王軍の最上位の武具で『生者特攻極大』の効果が付与されている。その効果は残存生命力の1〜100%の追加ダメージ。

 攻撃を受ける側の力量が高ければ追加ダメージの割合が低くなり、またはその効果に抵抗できる武具を有する場合も低くなる。

 しかし、一般的な兵士の場合は100%の追加ダメージを受けてしまう驚異的な武具なのだ。

 一説には、古の剣聖が非業の死を迎えた際の呪いによって生み出されたとされ、その剣聖は冥王の配下となって復活を果たした。

 その名を冥魔将ラクシュバリーと云う。


 --冥王自身の脅威もさる事ながら、『餓骨杖』が存在することの脅威は計り知れない……。冥王自身は強者としか戦わないが、配下のアンデッドたちは違う。『餓骨杖』を振るうガイコツ……。そして、No.1、2、3を筆頭に100体もの上級アンデッドと戦うことになったら……。


『そもそも、争う必要があるかということから偏見抜きで考えるべきだのー。

目が曇っておっては、要らぬ災厄を呼び込むからのー。』


 アル・グローラの脳裏に大賢者ゼニスの言葉が蘇る。


 ◇◆◇

『自分を冥王と信じ込んでいる変人』がヘクトールのZクラスの担任になったという報告を受けたアル・グローラは、王城にあてがわれた自室で顳顬こめかみを抑えながら夜着に着替えるところだった。


 --大賢者様と学園長と交戦して無傷で済む者が『自分を冥王と信じ込んでいる変人』なんて馬鹿げた話がある訳がない。それがよりにもよってZクラスだなんて…。


 アル・グローラは宮廷魔術師長のローブを脱ぐとメイドに手渡し下がらせる。

 髪留めを外すと、黒髪が腰へと流れていく。

 通常の貴族であれば、メイドに夜着を着せてもらうのだが、アル・グローラ自身は平民出身だ。そこまでしてもらう気分にはならない。


 胴衣を脱ごうとした瞬間、覚えのある気配がした。


「大賢者様、お戯れはおやめ下さいと何度申し上げたか覚えておられますか?」


「2000回から後は数えていないのー」


 大賢者ゼニスの幽体がアル・グローラの後ろに現れた。舐め回すような視線を感じる。


 --全く、この人は……。


 アル・グローラは、振り向き様にゼニスの幽体に向けてお面を放つ。


 ビシッ!


 お面はゼニスの幽体の顔に張り付く。


「な、なんじゃ、これは。」


「オカメ面です。これを以って貴方様の視覚を封じさせて頂きます。」


 ゼニスの幽体の手が顔に張り付くオカメ面を外そうとするが外れない。


 オカメ面と般若面は、数十年前に外つ国から転移した者からもたらされた。

 この二つの面に心惹かれたアル・グローラは、自分で彫っている内にオカメ面と般若面に力が宿っていることに気がついた。

 封印術・結界術に使える事が分かり、更なる応用も可能である事も判明した。

 現在、アステリア王国では秘匿指定がなされ、宮廷魔術師たちが研究しているところだ。


「残念だのー。フュースとお主が学園にいた時からの楽しみだったがのー」


 フュースとは『剣姫』フリュースティの愛称で、アル・グローラは親しい者たちからはローラと呼ばれていた。


 この二人は学園のSSSクラスで切磋琢磨するライバルで寮ではルームメイトだった。

 ゼニスは魔族を監視するために幽体離脱を繰り返していたのだが、そのついでに何度も二人の着替えを覗きに行っていたのだ。


 その気配を感じたフリュースティがアル・グローラを伴い、ゼニスがいるZクラスに殴り込みに行ったのは今ではいい思い出だ。


「視覚を封じられても話をすることはできるでしょう。そもそも、寝所に幽体で忍び込むとは…」


「今のお主の胴衣姿も良かったのー。ヴェインのヤツを羨む輩も多かったのー」


 ヴェインとは、アル・グローラの夫で王都で商会を営んでいる。アル・グローラたちとは同じ時期に学園で学んでいた。フリュースティと共ににZクラスに殴り込みに行った際に知り合い、面倒を見ているうちに結婚に至った。


「それで……、私の寝所に幽体で訪れてまで話さなければならないことがあるのでしょう?

 私は訳がわからない話を聞かされたので、せめて夜だけはゆっくり休みたいのですがね。」


 鏡台の前の椅子に座り、アル・グローラはゼニスに問いかける。


「その『訳がわからない話』ので来たのじゃよ」


「では、冥王が学園の教師になるという珍事についてのご見解を伺いたいですわ。

 特に貴方様と冥王のやり取りについて。『獣人族独立戦争』の際のご振る舞いを勘案いたしますと、大賢者様と冥王が裏で手を結んだと疑うこともできますわ。」


 部屋の中央に設えたテーブルにつき、アル・グローラはゼニスの幽体に鋭い視線を向けるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る