勇者と悪魔とエトセトラ
たけむらちひろ
第1話 マガト家
テフィン共和国の国境から北へと続く山脈の中、茶褐色の岩で出来た崖と足元に広がる暗い谷とに挟まれた広い舗装路の上。
「よし。いいぞ、通れ」
朝日に目を細めた男が小脇に抱えた自動小銃の先で道を示すと、窓越しに小さく頷いたバスの運転手が掲げていた通行証をそっと伏せた。
やがて微かなモーターの駆動音と共に『欲望と快楽の街・マガティーノ』へと繋がる唯一の道路を塞いでいたゲートが開くと、バスを囲んでいた武装集団がゆっくりと道の端へと寄っていく。
「……今の客達、こんな朝っぱらからカジノっすかね?」
隣にやってくるついでにあくび混じりの笑みを浮かべた新入りを、マシンガンを抱えたリーダーが一笑する。
「バカ言え。ありゃあほとんどカジノやらホテルで働く労働者だ。マガティーノで遊ぶ様な金持ちは、普通飛行船で来るんだよ」
詰所の扉に手を掛けたリーダーは、森の遥か向こうに見える海沿いの華やいだ街を振り向いて。
「……この道も、その飛行船も、あの街も、とにかくこの自治領の全部がマガト家の所有物なんだ。死にたくなけりゃ気を付けろ。お前の前にいた奴は、たまたま通ったファミリーの長兄・クリス様にあくびを見られて――」
不意に、足元の小石を崖下へと蹴り飛ばした彼は。
「――その場でああなった。全部の指の骨を折られた後で、両手と両足を縛られてだ」
「……マジっすか」
遥か眼下の深い森へと転がり落ちる石ころ。その様子に背筋を震わせた新入りをちらりと見たリーダーは。
「しかも今日は、森の屋敷で大事な会合がある日だ。虫一匹でも余計な奴を通すような門番なんざぁ、間違いなく全員が殺される。だから次にあくびなんかしてみろ。俺が楽に殺してやるよ――てめえの頭をぶち抜いてな」
「……気を付けます」
冷たい上司の視線に肩をすくめた若者の背後、番人仲間が守る一本道を黒塗りの大衆車が走ってくるのが見えた。
「止まれ! 通行証を見せろ!」
すぐさまゲートの前に飛び出た下っ端マフィア達が向けるいくつもの銃口の中、めったにこの道でお目にかかることのない大衆車の窓が静かに開いて。
「……ス、ステファノ様!? 失礼致しましたっ!」
車中を覗き込み、後部座席に座る神経質そうな男の顔に気付いた門番が慌てて仲間を押しのけ道をあけた。
「……ふんっ」
マガト家当主の三男であるステファノに対して必死に敬意を示す門番たちを不機嫌の塊のような目で睥睨した彼は、運転手の背中に向かって車を出すようにと指示をすると、開かれたゲートを通り抜けるついでに――パンッと。
助手席の男が渡した拳銃で、関所から挨拶に出てきた年長の男の頭を撃ち抜いた。
悲鳴と恐怖で騒然とする関所を4人乗りの大衆車が去っていったしばらく後、沢山の乗客と荷物を乗せた青いバスがまた、マガトファミリーの広大な敷地の中をポシュポシュと走り寄ってきていた。
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