第45話 幽霊女の恋の行方

──このまま、あの二人の好きなようにさせてたまるもんですか。


 坂本と伊代が付き合うようになってから、幽霊女こと山本葉子のストレスは日に日に高まっていった。


──坂本さんはまだ私の魅力に気付いていないだけで、もし気付いたら、あんな小娘に負けはしないわ。


 どこからそんな自信が持てるのかはなはだ疑問だが、葉子はそう思っていた。


 そんなある日、職場でボウリング大会を行うという話が持ち上がり、それを聞いた葉子は思わずガッツポーズをとった。


──ボウリングなら学生の時からでやってるから、自信があるわ。よーし。ここで絶対優勝して、坂本さんに良いところ見せなきゃ。


 葉子が心の中でそう思っていると、近くにいたレオがそれを見透かしたように、「葉子さん、何かいいことでもあったんですか?」と訊いてきた。


「まあね。でも、レオには関係ないことだから、ほっといてくれる」


「そんな冷たいこと言わないで教えてくださいよ。日高さんや協田さんがいなくなった今、まともに私の相手をしてくれるのは葉子さんくらいのものなんだから」


「そこまで言うのなら教えてあげてもいいけど、みんなには内緒にしてよ」


「もちろんです。口とアソコが堅いのが私の取り柄ですから。はははっ!」


 葉子はレオの放った下ネタジョークを軽く聞き流しながら、「今度のボウリング大会で優勝したら、坂本さんに告白しようと思ってるの」と打ち明けた。


「マジですか! でも、坂本さんは今、岡さんと付き合ってるんでしょ?」


「そうだけど、坂本さんは決して岡さんを好きで付き合ってるわけではないの。だから、私にもまだチャンスがあるのよ」


「なんでそう言い切れるんですか?」


 葉子は、以前二人の話を盗み聞きしたことは言わず、「岡さんは坂本さんのタイプではないからよ」と、自信満々に言った。


「じゃあ、坂本さんは、どんな人がタイプなんですか?」


「一緒にいて心が落ち着く人よ。本人がそう言ってたんだから、間違いないわ」


「なるほどね。まあ、葉子さんがそれに当てはまるかどうか分かりませんが、精々頑張ってください」







 数日後に行われたボウリング大会で、坂本に告白するべく奮闘する葉子だったが、一ゲーム目の後半になっても、未だ実力の片りんを見せられないでいた。

 その原因は、坂本が同じグループになったからだった。


「葉子さん、このままだと優勝できませんよ。もっと頑張ってください」


 同じく一緒のグループになったレオが懸命に応援するが、葉子に届くことはなく、彼女の成績は一向に上がらなかった。

 そんな葉子を見かねて、レオは一ゲーム目と二ゲーム目の合間に彼女を連れ出し、「何やってるんですか。このままだと、坂本さんに告白できませんよ」と叱咤した。


「そんなこと言っても、坂本さんに観られてると思うと、緊張して思うように投げられないのよ」


「普段、お化け屋敷で人を怖がらせている人間の言葉とは、とても思えませんね。幽霊役をやる方が、余程緊張すると思うんですけど」


「確かに、最初の頃は緊張したけど、今はもうすっかり慣れて、もはや生活の一部とすら思ってるほどよ」


「はははっ! やはり葉子さんは、生まれながらの幽霊ですね」


「誰が生まれながらの幽霊よ! そんなこと言ってると、今度あんたの枕元に立ってやるからね!」


「ひえー! それだけは勘弁してください!」


「あははっ! バカね、レオ。そんなの、冗談に決まってるでしょ」


「葉子さんが言うと、冗談に聞こえないんですよ」


「また、そんな憎まれ口たたいて。でも、今ので少しリラックスできたわ。これなら、二ゲーム目は頑張れそうね」


「その意気ですよ。まだ首位の人とはあまり差が開いていないので、挽回のチャンスはありますよ」


「うん。必ず逆転して優勝するから、応援しててね」


 

 レオのおかげで、すっかり緊張がほどけた葉子は、二ゲーム目は本来の実力をいかんなく発揮し、怒涛の勢いで追い上げた。


「葉子さん、最後ストライクを取ったら逆転優勝ですよ!」


 レオの言葉に、葉子はやや緊張した面持ちになりながらも、勢いよくボールを放った。

 そのボールは、軽く弧を描きながらヘッドピンをかすめ、見事に全ピンを倒した。


「やった! 葉子さん、優勝ですよ!」


「うん! これで坂本さんに告白できるわ!」


 葉子は興奮のあまり、坂本が近くにいることを忘れ、大声で口走ってしまった。


「うん? 俺に告白って、どういう事?」


 不思議そうな顔で訊く坂本に、葉子が俯いたまま何も言えないでいると、「葉子さんは、坂本さんと付き合ってほしいんですよ」と、レオが横から口を挟んだ。


「葉子さんは勇気がなくて、これまで坂本さんに告白できなかったけど、この大会で優勝したら告白するって決めてたんです」


「なるほどな。葉子さんの気持ちは、俺も薄々気付いてたよ。でも、俺は今、岡さんと付き合ってるわけだし、悪いけど葉子さんの気持ちを受け入れることはできないな」


「付き合ってるといっても、岡さんは坂本さんのタイプではないんでしょ? だったら、葉子さんのこともう少し考えてあげてもいいんじゃないですか?」


「いや、その必要はない。なぜなら、岡さんは俺のタイプじゃないけど、葉子さんはもっとタイプじゃないからだ」


「本人を目の前にして、よくそんな残酷なことが言えますね。あなた、それでも血の通った人間ですか?」


 軽蔑するような目で坂本を睨みつけるレオに、葉子は「いいのよ、レオ。こうなることは、大体予想できてたことだから」と、なだめるように言った。


「よくないですよ。人を振る時にも、礼儀はあるはずでしょ?  さっきのは、とてもそんな感じには見えなかったから」


「ううん。残酷なようでも、ハッキリ言ってくれた方がいいこともあるの。おかげで私、今とてもスッキリしてるの」


 本心を隠して作り笑いを浮かべる葉子に、レオはもうそれ以上何も言うことができなかった。

 

 


 

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