第23話 執拗に追い込みをかけるレオ
「なんで、坂川さんだけいつもシール貼りの作業をしてるんですかね?」
朝、送迎バスの中で、レオは常日頃から疑問に思っていることを口にした。
「俺が思うに、彼は井上と古田に、『私はシール貼りしかやりません』と申告してるんじゃないかな」
隣に座っている協田がそう言うと、レオは「えっ! そんなわがままが通るんですか?」と、驚愕の表情を浮かべながら返した。
「普通は通らないんだが、彼には何かしらの事情があるんだろうな」
「何かしらの事情?」
「ああ。どんな事情か知らないが、そう考えるのが一番自然だろ?」
「確かにその通りですけど、なんか納得いかないですよね。作業の中で一番楽とされているシール貼り専従なんて羨ましすぎます。できれば、代わってほしいですよ」
「はははっ! レオの気持ちも分からなくはないけど、俺は嫌だな」
「なぜですか?」
「あの作業は退屈すぎて、時間がなかなか経たないだろ? 一日くらいならいいけど、あれを毎日繰り返してたら、頭が変になりそうだよ」
「でも、協田さんは小説とか脚本を執筆してるから、作業中に考えたりできるじゃないですか」
「そういうことを考える時は、俺は静かな所じゃないと集中できないんだ」
「へえー。協田さんて、意外と繊細なんですね」
「意外は余計だよ。まあ俺に限らず、作家なんてものは、そういう奴が多いんじゃないかな」
「ふーん。そんなものですか。で、話を戻しますけど、坂川さんがシール貼りしかしない理由って、知りたくないですか?」
「別に。それを知ったからといって、何か得するわけでもないし」
「協田さん、作家なんだから、もう少し好奇心を持った方がいいんじゃないですか? 事実は小説より奇なりで、坂川さんには人に言えない何か特別な事情があるのかもしれませんよ」
「じゃあ、どんな事情があるか、本人から聞き出してくれよ。で、それが面白かったら、小説のネタにするから」
「分かりました。じゃあ、工場に着いたらすぐに訊いてみます」
やがて工場に着き作業室に入ると、レオはすぐさま坂川のもとへ駆け寄った。
「坂川さん、ちょっと訊きたい事があるんですけど」
「訊きたい事?」
「はい。前から疑問に思ってたんですけど、坂川さんはなんでシール貼りの作業に固定されてるんですか?」
レオの唐突な質問に、坂川は「そ、そんなこと、僕にも分からないよ」と、慌てふためきながら返した。
「その慌てようを見ると、本当は知ってるんですよね? 隠さないで教えてくださいよ」
「君もしつこいな。知らないものは知らないんだよ!」
あくまでも知らないと言い張る坂川に、レオは「しつこいのは坂川さんも一緒でしょ? 以前、藤原さんにしつこく付きまとったらしいじゃないですか」と、違う角度から攻めた。
「どうしてそれを! ……確かにそういう時期もあったけど、今はもうそんなことはしていない」
「確かに付きまといはやめたみたいですが、今でもバスの中で彼女のことをチラ見してるそうじゃないですか。本人が気持ち悪がってるので、もうやめた方がいいですよ」
「……分かった」
ここぞとばかりに責め立てるレオに、坂川はすっかり意気消沈してしまった。
「で、もう一度訊きますが、なんであなたはシール貼りの作業に固定されてるんですか?」
「他の作業は僕には難しそうだったので、井上さんと古田さんに頼んで、シール貼りに固定してもらったんだ」
「なるほど。やはり協田さんが言ってたことが正解だったみたいですね。でも、いくら難しそうだからといって、あの井上さんがそう簡単に認めるとは思えないんですけどね。坂川さん、あなたまだ隠してることがあるんじゃないですか?」
レオの鋭い攻撃に、坂川は「ああ。井上さんには『腰に持病がある』と嘘をついて、認めさせたんだ」と、観念したように言った。
「そういうことだったんですか。では、事実が分かった以上、もうあなただけ楽をさせる訳にはいかないですね。早速井上さんに言って、あなたにはシール貼り以外の作業に配置してもらいます」
「そんな……今さら、他の作業なんてできないよ」
「何を弱気なこと言ってるんですか。元はと言えば、あなたが嘘をつくのがいけないんでしょ。まさに、身から出た錆ですよ」
藤原久美のことで、以前から坂川のことを快く思っていなかったレオは、攻撃の手を緩めるどころか、逆にどんどん加速していった。
「黙ってないで、何か言ってくださいよ。それとも、シール貼り以外の作業ができないなら、このまま会社を辞めますか?」
「……やるよ。やればいいんだろ!」
開き直ったように声を張る坂川に、レオは「その様子だと、どうやら大丈夫そうですね。では、早速お手並み拝見させてもらいます」と、薄笑いを浮かべながら返した。
その後、レオは井上と古田に事情を言い、坂川はパレット積みに配置されることになった。
「坂川さん、私も隣のラインのパレット積みなので、教えてあげますよ」
レオがにやにやしながらそう言うと、坂川は「別に君に教えてもらわなくても、いつも近くで見てるからできるよ」と、強気に言い放った。
「そうですか。じゃあ、あなたがどんなに追われても、私は手伝いませんからね」
「望むところだ!」
やがて作業が始まると、坂川はスピードについていけず、見る見る追われるていった。
「坂川さん、追われてるみたいですけど、手伝ってあげましょうか?」
レオが半笑いでそう言うと、坂川は「分かってるのなら、そういうことを言う前に手伝ってくれよ!」と、息をぜえぜえさせながら訴えた。
「坂川さん、それが人にものを頼む態度ですか? もう少し謙虚な姿勢を見せてくれないと、こっちも手伝う気は起きませんよ」
「分かったよ。頼むから手伝ってくれ!」
「なんで命令形なんですか?」
「……手伝ってください」
「最初からそう言えばいいんですよ。でも、生憎こっちも忙しいので、手伝うことはできません。なので、オペレーターに言って手伝ってもらってください」
レオはそう言うと、さっさと自分の持ち場へ戻っていった。
一人残された坂川は、そんなレオを鬼のような形相で睨んでいた。
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