虎子とわたし その1
三毛猫マヤ
第1話『お見舞い』
虎子が風邪を引いたと母親から聞かされた。
『ふーん』
つまらなさそうに反応して、朝食のトーストをガリッとかじる。
虎子と私は家が隣同士の幼なじみだ。
小学校は同じ登校班で通学して、よくお互いの家で遊んでいた。でも、中学生になると虎子は陸上部、私は吹奏楽部に入部した。
部活が変われば通学時間も下校時間が変わり、交友関係も全然違ってくる。
交友関係が変われば、性格も変わってくる。
高校に入り茶髪に染めた虎子は、ざっくばらんな性格で、派手めの女子たちやピアスをした男子たちとよく放課後になると遊びに出掛けているようだった。
対して私は、高校受験で視力が落ちて黒縁メガネに長い黒髪。クラスの大人しくてマジメな友達と放課後はよく図書室で本を読んでいた。
対照的な私たちの事を知っている母親は、私の反応に驚くでもなく、気にする様子もなかった。
*
帰りの会が終わり、部室へ向かおうと席を立った時、担任に呼び止められた。
「
一瞬思案して、すぐに虎子の事だと気付く。
『はい、そうですが…』
「悪いけれど、進路指導が来週から始まるから彼女の家に進路希望調査のプリントを届けていただけないかしら?」
『はい、わかりました』
「ごめんなさいね、私が今日持って行きたかったんだけど、急な会議が入ってしまって…。クラス委員長のあなたなら、安心して任せられるのよ。それじゃ、お願いします」
それは、暗に普段彼女とつるんでいる奴らは信用出来ないという事を意味しているのだろうか。多分そうなのだろう。
ま、私が先生の立場でもそうすると思う。
プリントを受け取り、自分の席の荷物を取りに戻ろうとするとまた声をかけられた。
振り返ると、片耳にピアスをした金髪の男子生徒(私はモブ男と呼んでいる)が立っていた。
「おいお前、今日虎子の家に行くのか?」
初めて声をかける相手に
『そうだけど、何か用?』
「
ガサッとコンビニ袋を取り出してくる。
袋の隙間からチョコやスナック菓子が覗いている。
「本当は自分で行きてーんだけどさ、バイトで急に休んだ奴がいるんで、すぐに行かねーとならねーのよ、だから、ほら!」
ぐいっと押し付けるように差し出してくる。
自分勝手な事情を押し付けて、受け取れと言わんばかりの態度に内心ムッとしながらも無用な揉め事を起こすのも嫌なので、大人しく受け取った。
「サンキューな」
男がホッとしたのか僅かに口元を
その背中を見送りながら、もっとマシな嘘つけバーカと思った。
男の向かった先には派手めの女子生徒が、スマホを
部長に事情を説明し、校舎を後にする。
帰る途中に男のビニール袋をカバンに仕舞うと、スーパーへ寄って虎子へのお見舞いを買う。
昼間に虎子へメッセージを送り欲しい物を確認し、男の見舞いとダブらないように買い物した。
て、アイスって……風邪引いてるのに何考えてんのよアホ虎は……。
*
チャイムを鳴らして待つこと数分……ボサボサの猫毛にすっぴんの虎子がドアを開けた。
「おー、
『大丈夫……って、いうか、仮病?』
「いやいや!さっきまで寝ていて、やっと下がったんだよ」
『とりあえず、中に入っていい?渡すものもあるし』
「もちろん、ウェルカムだぜっ!」
家の中を親指で示して、ニッと笑う。
やっぱり仮病なんじゃないか?
先生のプリントとモブ男から受け取った袋を渡すと、いつものクッションに座る。
「あー、アイツこんなの渡してきたん?別に友達でもないんだから、気ぃ使わなくていーのに」
『なんかバイトに欠員が出たとか言って押し付けられたわ』
「はは、もう少しマシな嘘つけって。先週バイト辞めたのリカコから聞いてるし」
『ねぇ虎子、あんなのとつるむの止めたら?』
「え?あー、まーアイツはリカコの男だから仕方なくなー」
『そのリカコって娘は、まともなの?』
苦笑していた虎子が急にピタッと止まり、こちらをじっと見つめてくる。
「んー?なーにー?なーんか今日はやけに絡んでくるじゃないの?」
ぐっ……と、息が詰まりそうになり、なんとか平静を
『そ、そうかしら?別に、私は虎子のおばさんから頼まれたからで……』
「ほんとーに?それだけなの?」
虎子が四つん這いでにじり寄ってくる。
ニィっと笑う唇の端から、キラリと八重歯が覗く。
僅かに後退して、トン……――すぐに壁にぶつかってしまう。
瞳をギラギラと輝かせた虎子の顔が眼前に迫る。
柑橘系の制汗スプレーが
胸をかき抱くようにして、怯えにも期待にもどちらとも付かないふわふわとした想いに軽い
「ド~ン!!」
虎子がアホっぽい声を出して壁ドンしてくる。
『それ、声出す必要ある?』
内心ホッとしつつ、同時に残念な気持ちも残しながら、呆れてため息を吐く。
「もちろん!」
自信満々に宣言するアホ虎。
かと思ったら急に頬を染めると俯きながら、ぽしょぽしょと呟く。
「だ、だってさ……こ、こうでもしないと、その、は、恥ずかしくて……じ、自分から……ち、チューなんて出来ないだろっ」
上目遣いにちろっと見つめられる。
ぐぅっ……、か、可愛い。今すぐハグをしたくなってしまう。
先程までの虎が急に子猫になったみたいな豹変ぶりだった。
『も、もう……ほ、本当に、アホ虎なんだから…』
頬が熱くなってくるのを感じて、顔を反らす。
「ねぇ、……さ、沙絵……」
私はメガネをそっと外して、テーブルの上に置いた。
目を閉じて、ひとつ深呼吸する。
虎子、もういいよ。十分、心の準備は出来たから。いつも、ありがとう。大好きだよ。
こくんと、頷いた――刹那――ぐいっ!!
顔を正面に向けさせられる。
『……ん…っ……』
強引に唇を奪われた。
一度…二度……繰り返すうちに、頭が火照って来て、お互いに求めるように唇を重ね合った……。
何度目かのキスの後、ゆっくりと虎子が顔を離した。
私の唇から虎子の唇へかけて、透明な糸が繋がっていた……。
*
布団に二人して寝そべっていた。
「なあ、沙絵…」
『なあに?』
「いつまでこんな関係続けるんだ?」
『……私の事、嫌いになっちゃった?』
「バッカ!んなわけあるか!そーじゃなくて、フツーに周りにバラして、ガッコでいつでもイチャラブしたいじゃ……ぃってー!!」
デコピンした!
『アホ虎!そんなことしたら私たち学校中の噂になって、みんなから奇異の目で見られるに決まってるでしょ!そうしたら無用なトラブルに発展したり、私たちの内申点にも響きかねないわよ!』
「でもそんなのカンケーねぇっ!あだっ!!」
今度は鼻っ柱に思いっきり
『もう~っ!本っ当に、アホ虎なんだからっ!ふんっ!!』
腕組をしてそっぽを向くと、虎子がおろおろした声をあげる。
「わ、悪かったよぉ~、ご、ごめんって!」
『本当に反省してる?』
「はい!」
両手を真上に挙げて降参のポーズを示す虎子。
そこは両手を合わせてごめんのポーズでしょうに、本当アホ虎なんだから。
『とにかく!高校卒業して一緒のアパートに住むまでは、我慢しなさいよね』
「……へ?」
『……あ……』
とっさに口を滑らせてしまった。
「沙絵…それ、本当に?」
『な、何よ……まだ、高校1年生の7月なのに、そんな先の事まで考えていて、バカみたい…とでも言うの?』
「そ、そんなことない!すげーうれしいっ!!はぁ~、早く卒業してー!」
『アホ虎!まだ高校は始まったばっかりよ!それに、ニートなんかになったら一緒に住まないんだからねっ!』
「だ、大丈夫だっ!私には沙絵がいるし!」
『高校受験に続いてまた私が面倒みるの?!』
「末永くお願いしますっ!!」
『それは今、一番聞きたくないセリフなんだよ、アホ虎っ!』
私はやれやれと天を仰いだ。
*
『ところで、何で風邪引いたのよ?』
「んー?昨日台風だったじゃん!あのぶわーって風を体感したくてさ。傘を持たずに一時間くらい街中をブラついてた」
まったく……本当に、このアホ虎っ!
――――――――――完―――――――――
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