第58話 愚か者死すべし


 レンジの手首の腱の形が変わった。それは手の先がパーであることを示していた。


⦅なにを考えておる、この男?⦆


 セベリニアは不審に思った。

 頭の中でここまでの推移を整理する。


 自分はここまで、グー、グー、チョキ

 対するレンジは、グー、チョキ、チョキ

 という手で来ているはずだった。

 セベリニアは1点、レンジは0点だ。

 

 それに対し、レンジの思考ではどうなっているのか、推測した。

 セベリニア グー、パー、チョキ(残りの手はグー、チョキ、パー)

 レンジ自身 グー、チョキ、チョキ(残りの手はグー、パー、パー)

 得点はセベリニア0点、レンジ1点だ。


⦅ここから考えられるレンジの戦略は……⦆


 4戦目でセベリニアがチョキ、レンジがこのままパーを出した場合。セベリニアに1点が入り、残りの手は互いにグーとパー。6戦目の勝利得点3点を踏まえ、5戦目6戦目はグー、パーという順でのあいことなるはずだ。得点は、セベリニア1点、レンジ1点だ。

 これがセベリニアが想定する、レンジの頭の中のシミュレーション結果のはずだった。


⦅1点有利な状況で、自分から引き分けにはすることはなかろう⦆


 すなわち、レンジは直前に手を変えるつもりなのだ。レンジのパーを倒しに来る、セベリニアのチョキを、グーで逆に討ち取る。

 そうすれば、その時点でセベリニア0点、レンジ2点となり、さらに残りの手が、セベリニアがグー、パー。レンジがパー、パーとなる。どうやってもセベリニアは最終的に0点となるため、これでレンジの勝利が確定する。


⦅これじゃな⦆


 レンジはこれを狙っている。

 セベリニアはすべてを読み切った。


『どうしてチョースカ1世の頭はパーだと言われているか、知っておるか?』


 セベリニアは箱の中に腕を入れながら訊ねた。


「さあな。ゴロがいいからだろ」


『古代イガリア王国は当時、群雄割拠の戦乱のなかにあった。そんななかチョースカ1世は、ジャンケンで隣国と領土を奪い合ったと言われておる』


「それは……頭パーだな。ジャンケン好きにもほどがあるだろ。国民はたまったもんじゃないな」


『じゃが、長く続く戦乱の世にあって、イガリア国民だけはだれも血を流さんで済んだのじゃ。愚か者なのか、聡明な王なのか、歴史は彼を正しく評価できておるのやら』


「……そうだったのか。知らなかった」


『この後半戦にまで及んで、自らパーを出すというそなたは、パーなのか、聡明なのか。さあ、どちらじゃな?』


 セベリニアは、箱に入れたままのレンジの腕を見ていた。ローブの袖をまくり、腕の内側を見せたままだ。腱の形は変わらずパーを示している。


『さあ、行くぞ』


 二人の呼吸が合った。


「『あたまは、パー!』」


⦅変わらない? パーのままじゃ!⦆


 セベリニアはとっさにチョキを出した。最後までレンジの腱はパーの形のまま動かなかった。

 ハッとしてランプを見る。

 赤が灯った。


「つきあいが悪いぜ、セベリニアちゃんよ」


 レンジは軽口を叩きながら腕を抜く。その顔面は蒼白だ。極度の緊張が見られた。


⦅いったいなにを考えておるのじゃ、この男⦆


 これでここまでの推移は、

 セベリニアが、グー、グー、チョキ、チョキ(残りはパー、パー)

 レンジの手が、グー、チョキ、チョキ、パー(残りはグー、パー)

 となっているはずだ。

 セベリニアは2点、レンジは0点だ。

 

 それに対し、レンジの思考ではどうなっているのか、推測した。

 セベリニア グー、パー、チョキ、チョキ、(残りはグー、パー)

 レンジ自身 グー、チョキ、チョキ、パー(残りはグー、パー)

 セベリニアは1点、レンジは1点だ。


⦅レンジは引き分けを選択したというのか? なぜじゃ⦆


 レンジの思考を読むと、残りの2戦はグー、パーの順であいことなり、最終的に同点引き分けが確定する。


⦅じゃが、これで勝つのはワシじゃ⦆


 実際には、セベリニア2点、レンジは0点なのだから、残り2戦を経ると、レンジは0点、セベリニアは3点、または5点となり、セベリニアの完全勝利となる。


⦅こやつ、ただのパーであったか⦆


 セベリニアは、急激に心が冷えていくのを感じていた。あれほど楽しみにしていた好敵手との戦いが、あっけなく幕を引こうとしていた。


⦅わざわざ、この全知記録回廊の中を、導きもしたというのに……⦆


 セベリニアは不機嫌を隠そうともせずに、箱に手を入れた。


『あと2戦じゃ。とっととケリをつけよう』


「次は、正義は勝つ!だ。俺も自分の意思で手を決める」


 レンジはまくっていたローブの袖を元に戻した。そして、箱の中へ深く腕を入れた。

 再び、箱の両側で視線が合う。

 セベリニアが読み切っている残りの手は、自身がパー、パー。レンジがグー、パーだ。どうやってもレンジの勝ちはない。


『ではゆくぞ。いいな』


「ああ」


 レンジの声はあいかわらず緊張している。両者の呼吸が合った。


「『せいぎは、勝つ!』」


 一瞬の静寂。ランプが青く光る。


⦅あいこ? こやつ、グーを最後に持ってきおった。間抜けが⦆


 2人とも、頭上の得点表を見上げる。


 1回戦、青

 2回戦、赤

 3回戦、青

 4回戦、赤

 5回戦、青


 セベリニアは呆れていた。これで6回戦はレンジのグーに対して、パーを出し、3点を追加。レンジ0点、セベリニア5点となり、圧倒的な勝利をおさめることが決まった。


「さあ、最後の勝負だぜ、セベリニア。最後の掛け声は、ジャン、ケン、ポンだ」


『好きにせい。もうそなたの負けじゃ。6戦目の手はもう決まっておる。言っておくが、箱の中の妖精さんに腕をチョン切られるのと引き換えに、出せぬ手を出しても、その勝負は自動的に負けじゃからな』


 まさか、その説明を忘れていたわけではあるまい。セベリニアはレンジの表情を観察したが、ただただ緊張が伝わってくるだけだった。


「俺は、勝つ」


 レンジは自らに言い聞かせるようにそう言うと、腕を箱の中に入れた。

 そして、セベリニアを見つめる。額に汗が浮いていた。その汗が頬を伝い、あごの先に水滴を作っていた。視線はブレずに、セベリニアを見つめている。


⦅愚か者が⦆


 セベリニアも箱の中に手を入れた。静かに怒っていた。


⦅死ぬがよい。レンジよ⦆


「『ジャン、ケン、ポン!』」


 命をかけた量子ジャンケンの、最後の6戦目は、一瞬で決着した。

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