第53話 決戦用究極単体魔法


「とりあえず、このままひと塊で逃げてください」


「わかった」


 ミカンの言葉にセトカは即座にうなづき、全員がそれに応じた。密集して走り続ける。

 この階では、円柱が林立しているような、だだっ広い空間があった。見通しが良すぎる。


「どこか、前後を挟まれないような場所へ!」


 ミカンの言葉に、バレンシアが指をさして言った。


「あの壁際は?」


「そこへ!」


 7人全員が壁際の、窪みになっている狭い空間に駆け込んだ。


「でもここじゃあ、追い詰められるぞ」


「どうするつもりだ?」


 セトカの問いかけに、ミカンが言った。


「3羅将の姿が見えません。たぶん、玉座の間から動いてないんです。追ってきたのは、ほかの神将たちだけです。安全な場所で、獲物が倒されるのを待ってるんですよ」


「じゃあ、神将たちを撒いてから戻れば……!」


「いえ。階段にも神将を配置しているでしょう」


「だったらどうすんだよこのガキ!」


 バレンシアが怒った。

 神将たちが目前に迫っている。


「私、こんなこともあろうかと、さっきの戦いの最中に隙をついて、ガイド魔法陣をお猿さんの体に張り付けて来ました」


「狒々の体に?」


「1度だけ、あそこに瞬間移動ができます。私が戻って倒します」


「倒すって、どうやって? てめえの魔法だって効かなかっただろうが!」


「いえ。本気を出せば、やれると思います」


 ミカンの顔に、刺青のような黒いヴォン字が浮かびあがった。その文字は額から頬、そして顎下へと伸びて、円環を作っている。


「1人だけ連れて飛べます。……お姉さま」


「わかったわ」


 ライムの顔にも、同じく黒いヴォン字が浮かんだ。

 二人の魔力が跳ね上がり、周囲の空間が捩れて見えた。バレンシアが自分の目をこする。


「魔力を限界まで練る必要があります。すみませんが、それまでの間、みなさんでここを死守してください」


「そんなガイド魔法陣、剥がされてたらどうすんだ!」


「剥がされてるだけならまだいいですわ。もし、飛んだ先が城の外で、地上まで真っ逆さまなんてことになったら……」


 ビアソンの懸念に、ライムが答えた。


「でもこれに賭けるしかない」


 セトカが、つぶやいた。


「魔神アタランティアの首筋の剣……そのままだった」


「そういうことぉ」


 ライムがウインクした。セトカが全員に指示を出す。


「聞いた通りだ。彼女たちを守って、ここで戦う。全員剣構え!」


 神将たちが壁際の窪みに殺到してきた。


「うおおお!」


 バレンシアが、イヨが、ビアソンが、マーコットがそれを必死に食い止める。セトカは、今の自分の力では鎧と補助魔法のバフがあっても、神将と戦えるレベルにはないと判断して、サポートに徹していた。ライムに出してもらった魔法の弓で、騎士たちを狙う神将に遠距離攻撃を仕掛けた。


「フドーシンゴンの火界咒(かかいしゅ)、できますよね、お姉さま」


「舐めないでよねぇ。レベルはあなたのほうが高いけど、回復捨てて攻撃全振りの魔法使いなのよ、こっちは!」


 魔神アタランティア戦では、時間がかかりすぎるために短縮していた、東方魔術の自己覚醒呪文フドーシンゴンを、ライムは完全詠唱しはじめた。

 それにより、ライムの魔力はさらに跳ね上がっていった。


 ライムと、ミカンの顔からヴォン字が剝がれていき、顔の周囲の空間で円を描きながら回転をはじめた。同じように、2人の目の中の虹彩が、残像現象を起こしながら、高速で回転している。


「ノウマク サラバタタギャテイビャク サラバボッケイビャク サラバタタラタ センダマカロシャダ ケンギャキギャキ サラバビギナン ウンタラタ カンマン」


 その言葉を、2人は何度も繰り返していた。


「まだかよ! 神将だけじゃねえ。ほ、他の魔王親衛隊まで復活させてきてるぞ!」


 バレンシアが叫びながら、目の前の怪物を斬り伏せた。魔王軍の中でもジェネラル級の魔物だ。レンジの補助魔法で超絶強化されていなかったら、本来とても太刀打ちできるレベルの敵ではない。そんな恐ろしい魔物たちが23神将に混ざって増え続けている。

 魔王の死霊魔術で復活した3羅将が、死霊魔術を使ってほかの神将たちを復活させ、さらにその神将たちが死霊魔術を使っているのだ。

 ぞっとする光景だった。このままでは、魔王城の全兵力と戦うことになる……。全員の脳裏に最悪の事態が浮かんだ。

 現実に、次々と魔法陣が無数に地面に現れては、禍々しい魔物たちが湧き出てきている。そしてそれらが、たった7人の騎士たちに向かって押し寄せていた。


「もうもたない! ライムまだなのか!」とイヨが叫んだ。


「はよしろ根暗メガネ! 雷神太鼓(ライジンダイコ)だか風神袋(フウジンブクロ)だかで、とっとと倒して来いよ!」


 バレンシアの罵声に、ライムがフドーシンゴンの詠唱を止めた。その全身を、輝く結晶のようなものが覆っている。


「だぁれが根暗メガネよ! 眼鏡なんか、かけてないでしょうが、ゴリラ女。準備できたわよ」


 ミカンの詠唱はまだ終わっていなかった。

 ライムはバレンシアにさらに言い放った。


「言っとくけどねぇ。あんたらに見せたことのある雷神太鼓も風神袋も、強敵相手に弱点耐性をつけたから使っただけで、本来はどっちも威力の落ちる範囲魔法なのよ」


「なんだとぉ?」


「目の前で見せてあげられないのが残念だわ。東方魔術の決戦用究極単体魔法を」


「お待たせしました。お姉さま」


 ミカンが詠唱を終えた。ライムと同じように、全身を結晶のような輝きが包んでいる。

 押し寄せる敵の攻撃を必死に食い止める騎士たちの背中に向かって、ライムが言った。


「たとえ、3羅将を一撃で仕留められなくても、絶対に魔法の発動体だけは破壊してみせる。それで死霊魔術は解けるはずよ。23神将だけじゃなく、神将の死霊魔術で蘇った魔物たちも連鎖的にすべて死体に戻るはず。こいつらが倒れたら、すぐにあなたたちも玉座の間に来て」


「ああ、わかった。ライム、ミカン。頼んだぞ」


「頼んだであります!」


 仲間たちの言葉に、ライムとミカンはうなづいて、手を繋いだ。


「跳躍(リープ)」


 ミカンがそう唱えると、2人の体は搔き消えた。彼女たちの消えた空間に向かって、空気が流れ込んでいった。

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