第26話 私の全力、見せてあげる
今にも襲って来る魔法攻撃に備え、鎧をまとった腕で顔を覆う騎士たち。ローブ姿のレンジの前にはライムがかけた魔法障壁が多重に展開されていたが、さらにマーコットが自らの背中を魔神に晒して、レンジを抱きしめていた。
いい匂いがした。
抱きすくめられたままレンジは、マーコットのうなじ越しに、身構える騎士たちの中から、一人の人間が弾けるように飛び出すのを見た。
その人影は、先ほどのセトカのように、剣を前に突き出して、魔神の前に展開されている白い魔法陣に突撃していった。
「ギムレット!」
叫んだレンジは、しかし、予想と異なる光景を目にして、驚愕した。
突進したギムレットの剣先が、白い魔法陣の防壁に、めり込んでいたのだ。
「よお。アタランティアさんよお」
ギムレットは、全身の力を込めて、その剣先を防壁にねじ込んでいく。
「ずいぶん器用な盾じゃねえか。敵は通さず、自分だけ通す盾とはなあ。恐れ入ったぜ。でもよお……、通ってくるのが、半分自分だったらどおよ?」
レンジは、ギムレットの握っている剣を見て、彼がいつも手にしている愛剣ではないことに気づいた。
「あれは、魔神の首に刺さってた剣?」
そうか。さっき、ライムの魔法でギムレットの元に戻ったのだ。魔神の体液がこびりついた剣が。
「……3つ首の龍。本来は、3体で1体。同じ血だ。自分の血がついた剣。だから……」
そうつぶやくレンジの見つめている先で、ギムレットの剣が、魔法陣を斬り裂いた。
「おっらぁああ!!!」
崩壊光を放ちながら霧散する魔法陣。その瞬間、セトカがだれよりも早く飛び込んでいた。
「勝機!」
消えゆく魔法陣を越え、セトカの剣が魔神の喉に向かって突き出されていた。
しかし、ガキン、という鈍い音がして、その剣先がはじき返される。
「うそでしょ!」
ライムが喚く。
セトカが剣を引いて、後退する。そして唇を噛みしめて言った。
「体の、防壁もあるのか……」
魔神の体の表面を、チリチリと輝きながら覆う気流が見えた。
魔神もセトカと同じように後退して距離を取った。そして、その一番上の腕が円を描いた。
するとまた同じ白い魔法陣が出現した。今度は前後左右4方向同時に。完全な防御陣形だった。
「熱っちッ」
ギムレットが短く叫んで剣を取り落とした。ガラン、と音が鳴る。
地面に転がったその剣全体が赤熱(しゃくねつ)していた。ブシュウ、と水蒸気が上がる。剣についていた魔神の血が蒸発したのだ。
「くそっ。同じ手が使えねえ」
そして入り口近くまで下がった魔神が、ゆったりと魔法の発動体の腕を振りかざす。
「もう……防げない」
ライムが力なくつぶやいた。みんなのなかに、諦念が浮かんでいた。
範囲魔法が来る。恐ろしい威力の。
レンジは、ちらりと壁に並ぶ4つの黒い染みを見た。闇魔法で縫い付けられたという、ライムの仲間だった4人の魔法使いたちだ。
「うぶっ」
命なき影法師になったその姿に、レンジは吐き気を催した。
「諦めるなァ!」
セトカが叫んで魔神に突進した。その剣は、あっけなく魔法陣に止められた。そして魔神の爪が、ふたたび魔法陣のなかから突き出される。
その光景を見ながら、レンジのなかに、稲妻のように閃いたものがあった。
魔神の顔。仮面のようなその顔に浮かぶ、他の2体とは違う模様。
その模様を、どこかで見たような気がしていた。気になっていた。
額から、顎にかけて、ヒビ、いや、亀裂のように走るそれは、たしかにレンジには見覚えがあった。
まさか……。
「今度こそ、魔法が来る!」
ライムの叫び。全員が体を硬直させる。
レンジは自分をかばって抱きしめているマーコットに、「頼む。やらせてくれ」と言った。そして彼女を押しのけて、魔法使いの杖(ワンド)を前に突き出す。
「ボルトォォッ!」
その声が祈りの間にこだまする。
杖から放たれた紫色の閃光が、白い魔法陣を通り抜け、魔神の頭部に直撃した。
ビシャアッ!
衝撃音とともに、魔神が体を震わせる。
それはダメージを負ったというよりも、まるで人間が驚いたときのような反応だった。
「魔法陣が消えた!」
セトカが叫ぶ。バレンシアやほかの騎士たちがすぐに走り出し、吠えながら魔神に向かって剣を突き出した。魔神は魔法の発動を諦め、20本の腕を使って、防御をはじめた。
「今のは?」
「今のはなんでありますか!?」
ライムとマーコットがレンジの肩を掴んで早口で訊ねる。
「お、お手軽、迅速、第一階梯超範囲魔法だよ。早さなら上位魔法にも負けない」
「そんなことわかってる! どうしてボルトがやつに効いたの?」
「魔神の、顔のヒビみたいな模様に見覚えがあったんだ。あれは、雷魔法、ボルトを受けた時にできる傷跡だ。ギムレットが首に刺した剣みたいに、あいつにも残ってたんだ。治らずに」
レンジはしゃっくりあげるように、喉を震わせた。
「じいちゃんの、雷魔法だ。15年前に、じいちゃんは、あいつに一発入れたんだ。ずっと痕が残るくらいの魔法を。あいつが、あいつが……」
レンジの目に涙があふれた。
「あいつが、じいちゃんのカタキだったんだ」
ライムは目を輝かせて自分の顎をなでた。そして自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「そうか。ボルトは伝説の古代魔法とはいえ、単体に対してはただの第1階梯魔法。やつに効いたわけじゃない。効いたというよりも、思わず反応してしまったんだ。それは、雷系の魔法がやつの……」
ライムは自分の杖(ワンド)を見つめた。
「ライム殿?」
不安そうなマーコットに応えるように、ライムは言った。
「光系とか、風系とか炎系とか、何発か攻撃魔法は撃ってみたものの、魔法耐性が高すぎて全然効いてなかった。しかたないからサポート役に徹してたんだけど。そうか……そうだったのね。ちゃんと弱点耐性はあったんだ」
ライムはレンジの胸を叩いた。
「あなた、本当に救世主ね」
そして杖を握り直し、体の前で構えた。
「下がってなさい」
「な、なにをするんだ」
「なにをするんでありますか」
ライムはちらりと2人を見て、かすかに笑った。
「私の全力、見せてあげるわ」
次の瞬間、ライムの周囲に、風が吹き始めた。すぐさまそれは、荒々しい暴風になり、小柄な魔法使いを包んだ。
突如あらわれた凄まじい魔力の渦に、生き残った騎士たち全員の視線が集まった。
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