第25話 絶望的な決戦


「うん……?」


 壁にぶつかり、頭を打って昏倒していたセトカが、目を覚ました。すぐ前には、レンジの顔があった。涙と汗で顔がグシャグシャだ。


「よ、良かった」


 回復魔法の青い光が体を包んでいる。また彼の世話になったようだった。


「すまない。ありがとう」


 彼女はすぐに体を起こした。左奥の壁際だった。


「どうなった」


 そう言いながら立ち上がった時、祈りの間の奥の祭壇の両脇に、火柱が出現した。


「あれは、ライムか」


「た、たぶん」


「そうであります!」とマーコットが右手を上げる。


 やったのか!

 レンジは2つの火柱を見ながら拳を握った。2体の魔神の体が焼かれている。ついに、倒したのだ。

 その喜びもつかの間だった。


 バシャアアアンッ!


 祈りの間の入り口から、青い白い閃光が走った。


 キャアアアアアアォ!


 空気を震わせる咆哮。3体目の魔神が、結界を破り、祈りの間への侵入を果たしたのだった。


 生き残った者たちが、全員祭壇前に集合する。この祈りの間に入った時からは、もう半分ほどに減ってしまっている。

 全員が傷だらけで、疲労の極致にあった。


 魔神が、通ったばかりの入り口に向かって一番上の腕を振った。すると、紫色の光が葉脈のように輝きながら、砕け散った扉を一瞬で再現した。

 再び、閉じ込められたのだ。


「やつも、結界か」


 セトカが剣にこびりついた魔神の体液を、マントの裾で拭いながら言った。身に着けている鎧は、ボコボコに凹んでいる。


「一人も逃がさない気ね」


 セトカの隣にライムがやってきた。魔法を連発しているせいか、息が荒い。


「つーか……。もう一回はじめから、けずり直しかよ。嘘だろ」


 バレンシアが強張った顔で言った。それは全員のなかに絶望的に渦巻いている思いだった。


「やるしかないであります!」


 マーコットが手を挙げた。

 セトカは少し笑って、剣を掲げた。


「総員。これが最後の戦いだ。ここで負ければすべてが水泡に帰す! 必ず勝って、我らがデコタンゴールへ帰るぞ!」


 セトカの号令に、全員が「おう!」と答えた。


 魔神がゆっくりとこちらに向かって進みはじめた。改めて見ると、でかい。

 レンジはつばを飲み込んだ。バレンシアがあの巨体を腕力で止めていたのが、信じられない。

 祭壇の両脇には、倒した2体の魔神の死体が、巨大なかがり火のように燃えている。騎士たちと魔神は、祈りの間の中央で対峙した。


 魔神の一番上の2本の腕が、宙を掻く動きをするのが見えた。


「魔法が来る! 止めて!」


 ライムの声にセトカがすぐさま反応し、剣を突き出して突進した。

 レンジの目にはなにが起こったのかわからないほどの速度だったが、その一撃は、魔神に触れる直前で止められた。


「なに?!」


 セトカは目を見開いて驚いていた。

 白い円形の魔法陣が、壁となってセトカの剣先を止めていた。腕が痺れる。まるで鋼鉄に剣を突き立てようとしたかのようだった。


 魔法陣は直径2メートルはあるだろうか。それが魔神の前に、盾のように立ちはだかっている。

 その魔法陣から、魔神の腕が突き出されてきた。それは魔法陣の壁に止められることもなく、鋭い爪がセトカの鎧の胸を引き裂いた。


「ぐっ」


 セトカは出血する胸を押さえて後退した。


「そんなのありかよ!」


 バレンシアが叫んだ。

 ライムが髪の毛を掻きむしりながら、喚く。


「自分だけ通り抜けられる防壁ですって!? 冗談じゃないわこんなの!」


 ほかの騎士たちが次々と剣を振るって襲い掛かるが、すべて魔法陣の防壁に止められた。そして、魔神からの反撃は容赦なくその壁をすり抜けてきた。


「いったん退け!」


 セトカの号令で全員祭壇前まで下がった。


「そんな技使ってこなかったぞ。こいつだけ違うのかよ、クソッ」


 バレンシアの罵倒を聞いたレンジは、ハッとして背後の壁画を見上げた。

 3つ首の龍の伝説を描いたものだ。3つの首のうち、真ん中の1つだけ、王冠を被っている。


 やつは、王宮にいた……。


「ギムレット! 15年前は、王宮で戦ったんだよな」


 レンジは、すぐそばにいたギムレットに訊ねた。彼は剣を杖代わりにするほど、疲労困憊していた。


「ああ」


「王宮で戦ったのはこいつじゃなかったか。見てくれ。こいつだけ顔だか仮面だかの模様が違う」


 まるでヒビのように、頭部から顎先へ、幾何学的な模様が描かれていた。


「いや。わからん。こんな模様はなかった」


 違うのか?

 レンジは自問自答した。しかし、こいつだけ、ほかの2体とどこか違うのは明らかだった。


「ここに来て、さらに強いやつとか、勘弁してくれよ」


 バレンシアが剣を構えながら呻いた。


「魔法が来る!」


 ライムが悲鳴を上げる。


 止められない!

 レンジはゾっとした。


 ライムは、全員に補助魔法をかけた。体を覆う緑色の光は、魔法に対する抵抗力を高めるものだった。

 それを何重にも同時展開していた。


 魔神の腕の、魔法の発動体がジジジ……と光りながら、タメを作っている。すぐに撃たない。ということは、高位の階梯の魔法に違いなかった。

 ライムが叫んだ。


「範囲魔法が来るわ! みんな耐えて!」


 悲鳴のような、絶望的な声。それは、その威力の前には防御魔法が役に立たないだろうことを、物語っていた。

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