第23話 主の元へ還れ


(俺に、なにかできることはないのか)


 レンジは死地に臨む仲間たちの背を見ながら、そんな心境になる自分を、不思議に思った。


(そうだ。少しでも回復魔法を)


 周囲を見回して、負傷者を探した。しかし、目に入るのは、入り口で見た死体と同じように真っ黒に炭化した人間ばかりだった。

 魔神の魔法攻撃の恐ろしさを目の当たりにして、震えが止まらなかった。


(みんな、どうしてあんな化け物に立ち向かえるんだ)


 レンジがふいに膨れ上がった恐怖に頭を抱えた時、目の前の上半身が完全に炭になっていた死体の腕が動いた。右手に持っていた半分に折れた剣がレンジに向かって突き出される。


「危ない!」


 マーコットがその剣を自らの剣で払う。死体の腕はその衝撃で剣ごと吹き飛んだ。

 ライムがこちらを見ないで叫ぶ。


「ごめん。焼いたの私。魔神は死霊魔術も使うの。魔物も仲間も死体は全部焼いた。まだ動けるのがいるかも知れない。気をつけて!」


「死霊……魔術……」


 禁断の魔法だ。死体を生き物のように操る、あまりにおぞましい魔法。


 レンジはショックを受けた。

 仲間の体を焼いたというライム。レンジたちが戻ってくるまでに、どんな地獄があったのか。それを思うと寒気がした。


 マーコットが、まだ立っていた黒焦げの死体を切り刻んで、体を完全に崩壊させた。地面に、黒い灰の塊が残る。そしてマーコットは剣を構えて、レンジの前に立った。


「私から離れないでください」


 レンジは傷だらけのマーコットに回復魔法を使おうとして、杖を握り直したが、本人に止められた。


「私は大丈夫です。回復魔法は、団長や副団長がやられた時にとっておいてください。あの二人がやられたら、勝てません」


 レンジがあと数回しか回復魔法を使えないことを見越したうえで、命の選別をする。と言っているのだ。

 レンジは、「ああ。わかったよ」と言って、右の魔神に向かっていった団長とライムを見つめた。


 そちらでは、ギムレットと数人の騎士が入れ替わり立ち替わり魔神に向かって剣を繰り出していた。

 それらをすべて、魔神は20本の腕で受け止めている。剣が首筋に刺さっている方の魔神だった。

 まったく傷を負っている様子がない。防壁で攻撃が通らないと言っていたのは本当だった。


 レンジは考えた。ではなぜギムレットは以前、一人で挑んだ時に剣をあいつの首に刺すことができたのか。油断? それもあるだろう。

 しかし、戦闘中に常にその攻性防壁を展開していればそんな目には合わなかったはずだ。

 なぜ、その時防壁を展開してなかったのか。はっきりとした状況はわからないが、仮説は立てられる。


『防壁の展開には、かなりの魔力を消費する』


 これだ。恐らく合っていると思う。

 ライムは、やつが魔法攻撃を連発して、防壁が弱まってきたと言っていたが、きっと防壁を維持しているだけでも魔力が徐々に落ちているはずだ。

 こちらがやられずに、このまま粘れば勝機があるのかも知れない。レンジが考えるようなことだ。団長やライム、ギムレットは当然わかっているだろう。

 だが……。


 グオオオオオッ


 入ってきた扉のほうを振り向くと、レンジたちを追ってきた魔神が、吠えながらライムの結界に攻撃を仕掛けていた。

 そのたびに、青白い結界の光が飛び散るのが見えた。


(あとどれくらい持つんだ……?)


 時間がない。この状況に、3体目が飛び込んできたら、もう終わりだ。

 すべては時間との戦いだった。





「くそっ。オラアアアアア!」


 ギムレットは吠えた。全身の筋という筋がちぎれそうだった。どれくらい剣をふるい続けているのか。

 鋭い爪を使った魔神の攻撃は、恐ろしく速かった。20本の腕を自由にさせていると、とても防ぎきれるものではない。こちらからひたすら攻撃をしかけて、常に半分の腕には防御させていないと、まずい。

 本体にダメージは通らないが、やつの体の表面に、気流のように渦巻いている見えない防壁が、攻撃のたびに確実に削れているはずだ。だからやつも、律儀に防御をしている。

 さきほどから、魔法攻撃もピタリと止まっていた。守りを固め、防壁を維持して時間を稼ぐ気なのだ。なぜか? まったく消耗していない3体目の魔神が、すぐそこまでやってきているからだ。

 焦りと疲れが、剣筋をわずかに鈍らせる。


(年を取ったな、俺も)


 周りの騎士も数が減った。もう数人しかいない。ギムレットは過去に何度もやつと剣を交えていたので、動きの癖をかなり見切っていた。だが、騎士たちはぶっつけだ。

 今残っている者たちも、みんな満身創痍だった。しかし、だれ一人逃げることも、弱音も吐くこともなく、必死に剣をふるい続けていた。

 そのただなかで、ギムレットは、15年前に魔神に挑んだ時のことを思い出していた。


 あの時は、ネーブルだけではなく、他の街や近隣の国の冒険者にも声をかけ、300人を超える大集団を組織して、魔神回廊に挑んだのだ。みな、未踏破のドワーフ王国の遺産に、胸を躍らせていた。

 数に任せて、魔物たちを撃退し、ついに第5層の王宮跡地に突入した一行は、あの魔神の洗礼を受けた。

 強力すぎる魔法、強靭すぎる肉体。瞬く間に恐慌状態に陥った集団は、ほとんど組織戦闘らしいこともできずに、ちりぢりに逃げては、各個撃破されていった。


 あの時、今のように、強い意志と、命を捨てる覚悟を持った仲間たちがいて、ともに肩を並べて戦うことができていれば、もっとやれたんだろうか……。


 ギムレットは、今過去を振り返りながら抱く感傷に、自分の死が迫っていることをひしひしと感じ取っていた。


 突き出した剣先を戻すのが遅れた、その瞬間だった。


「まだ死ぬのは早いわよ!」


 そのわずかな隙から、小生意気な魔法使いの娘に、心を読まれたようだった。


 ライムは、ギムレットの真後ろに立って、魔法言語を詠唱した。

 そして、「身構えて!」と言ったかと思うと、杖を振り上げて叫んだ。


「古き剣よ! 主の元へ還れ! リ・アポート!」


 次の瞬間、魔神の首筋に刺さっていた剣が、その首を引き裂きながら、ギムレットの元へ飛んできた。


 ギャアアアアアア!


 首を切り裂かれた魔神がのたうち回りはじめる。

 気流のように体表を循環している絶対的な防壁の、その内側から斬られたのだ。まったく予期していなかった攻撃に、魔神は混乱していた。


 その隙を、見逃すはずがなかった。


「おおおッ!」


 団長セトカが、弾丸のように飛び、5メートル上空の魔神の首を一閃した。

 彼女はその勢いのまま、後ろの壁に激突する。鎧が砕ける音がした。自分のダメージを顧みない、特攻だった。

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