第20話 1000回死んでも、生きて帰れない場所で
大神殿の外に出たレンジと6班は、すぐに魔物の強襲にあった。骸骨戦士の群れだった。
その群れのすぐうしろには、別の魔物たちの姿も見えた。
「くそっ。囲まれてたんだ」
レンジがうめいた。
ライムはこれも予期していたのだろう。レンジたちが祈りの間を出ると同時に、また石の大扉が閉まった。外から魔物の群れが押し寄せてきて、前方と背後から挟撃されることを防ぐためだったのだ。
「突破します!」
マーコットは叫んで、骸骨戦士に切りかかった。今までレンジの護衛を任されていた6班の面々は、ほとんど魔物と交戦していなかったが、ほかの班の騎士たちとなんら遜色のない強さを持っていた。
次々と骸骨たちの体を砕き、彼らが動かなくなると、マーコットはレンジに、「こっちへ」と言って走り出した。
大神殿前の大きな通りから、狭い横道へ入った。その先にも魔物の姿があるのを見て、すぐに角を曲がり、別の道へ入る。
ジグザグと進んでいたが、その先々で魔物の姿は絶えなかった。魔神から指令が出ているのだろう。来た時は、騎士団をあの大神殿におびき寄せるために、あれでも控え目な襲撃だったのだ。
第5層の魔物は、彼女たちにとってもかなり手ごわい。ギムレットの口ぶりだと、おそらくモンスターレベル100越えがごろごろいるはずだった。
たった6人の小部隊がそれらと延々戦うのは自殺行為だ。まして、やつらに触られただけで死にかねない、雑魚魔法使いのレンジを守りながらでは。
「くそっ。どこかに身を隠すか」
レンジは周りの建物を見まわした。どれも頑丈な石造りで、うち捨てられてから数百年が経っているはずだが、以前の姿を残していた。
「だめであります。見つけられたら逃げ場がなくなります」
王族の使用人やその家族の住居だったのか、道に面した建物はどれもあまり大きくはなかった。
「でもどうする。このままじゃあ」
レンジは走りながら、必死でこの状況を打開する方法を考えていた。
すると、視線の先に、巨大な影が現れた。
高い第5層の天井まで届く、荘厳な王宮の姿だった。
「マーコット! 王宮だ。あそこはデカい。とりあえず隠れられる場所を探せるかも知れない。今なら、魔神もいない」
マーコットは、少し考えてから、「名案ですな!」と言った。
そして6班とレンジは全力で王宮に向かって走り始めた。
王宮の敷地の巨大な門はコナゴナに砕かれていた。そこから広がる庭園のいたるところに、鎧や武器が落ちていた。どれも古いものだ。おそらく異界現れたという魔神と魔物たちに襲われ、滅ぼされた時のままの姿なのだろう。
色とりどりの花が咲き誇っていたであろう花壇には、今はもう黒い土くれしか見えなかった。
「いけそうだ」
レンジは息を切らしながら言った。庭園には魔物の姿はなかった。その向こうに、王宮の巨大な正門がある。その門も半分が崩壊していた。
「このまま突っ込もう」
そう言った瞬間だった。
ふいに、レンジの視界が暗くなった。突然、なにかに頭を覆われてしまったかのようだった。
石畳や、すべての石造りの建物の壁から放たれていた、青い光が消えてしまっていた。
第5層は、あらゆるところに埋め込まれたその青い光石の放つ光によって、地の底にある暗黒の世界を、ドワーフ族の住める環境に変えていたはずだった。
その光が今、失われていた。
残るのは、朽ちた花壇から立ち昇る、かすかな燐光だけだった。
思わずレンジは立ち止った。
(そう言えば……)
脳裏に、ライムの言葉が蘇る。
『来た時さぁ。こんな暗かった?』
大聖堂で、たしかそう言っていた。あの祈りの間も、周囲の壁にはほかと同じように青い光石が埋め込まれていたはずだ。彼女たちが転移装置で山脈の北からやってきた時も、その光があったはずなのだ。
なのに、今度はそれが消えていた。そして、その祈りの間には、魔神が待ち構えていた……。
やつは、光石の魔力を、消せるんだ……ッッ!!
背筋に冷たいものが走った。それは予感などという、生易しいものではなかった。死に、そっと背中を撫でられたような、感覚。
「ここはだめだ。出よう」
そう言って振り返ると、花壇の燐光のほのかな明かりに照らされて、6班の女騎士たちが立っている姿が、浮かび上がって見えた。
不思議なことに、その首がぷるぷると震えているように見える。暗くて顔はよく見えない。
「早く、出よう」
もう一度、レンジがそう言って、一歩足を踏み出した時だった。
騎士たちの頭が、ずるり、と動いたかと思うと、首から上が地面に滑り落ちた。
「……!!」
レンジは息をのんだ。
首のあとを追って、胴体が崩れ落ちる。石畳に鎧があたる金属音。
ほの白い燐光が宙を舞って、その動かない体の上に降り注いでいく。
悲鳴を、上げた気がする。
騎士たちのいた場所の背後の闇のなかに、なにかがいる……。
レンジはガタガタと震えながら体を縮ませる。
(あの感覚)
それがやってくる。あらゆるダンジョンで、レンジをさいなみ続けた、あの恐怖が。
闇のなかに、ぼんやりとタンジェロの顔が浮かんで見える。
幼馴染は、青黒い顔をして、うつろな目でレンジを見ている。
声が聞こえる。
レンジ……
レンジ……
タスケテ……
レンジ……
闇に塗りつぶされた世界に、その声だけが響く。
(俺はあの時も逃げた。友だちを見捨てて逃げた)
(死にたくない。死にたくなかった)
(逃げたい。逃げなきゃ)
(どこへ……)
タンジェロの顔がふっと、闇の奥へ消える。
そして濃密な闇が、大きく膨らみながら、レンジに向かって近づいてきた。
(ああ。俺は死ぬんだ)
足が、体が動かなかった。
ここは、いつものダンジョンなんかとは違う。地の底の地獄だ。地上は、はるか彼方にある。1000回死んでも、生きて帰れない場所で、ひとり。
どうして俺は、こんなところまで来てしまったんだろう。
(俺は、死ぬ……)
錯乱して喚くことを畏れるように、レンジは自分に言い聞かせる。
笑われ続けた冒険者人生のなかで、どんな生き恥をさらしてでも逃げ続けたレンジは、最後に、逃れられない死を前に、立ち尽くしていた。
その時、静かに舞っていた燐光が、弾けるように散った。
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