第15話 侵入開始


 騎士団一行は、ついに魔神回廊に侵入した。

 山麓を西側に1キロほど回り込んだ場所に、こんなのよく見つけたな、という小さな洞窟の入口があった。

 レンジは緊張で心臓が張り裂けそうだったが、いざ洞窟内に入ると、狭い空間が奥へと続くなか、薄っすらと橙色の光が壁からにじみ出ていて、その見慣れた光景にだんだんと落ち着いてきた。

 壁に埋め込まれた光石(ひかりいし)が淡く発光しているのだ。


 レンジが今までに一番潜った経験の多い、南の魔石鉱跡に雰囲気が良く似ている。地下の浅い場所は比較的初心者向けの、とっつきやすいダンジョンだ。

 同じドワーフ族の坑道遺跡なのだ。今回のはちょっと規模が大きいだけ。

 無理やりそう思い込んで、レンジは自分を鼓舞した。

 実際、入り口からしばらく進んで遭遇した最初の魔物は、魔石鉱跡にもいる、大ネズミだった。大型犬ほどの大きさの凶暴なネズミだが、危険度はたいしたことはない。レンジの魔法でも倒せるモンスターだ。

 

 先頭の一班が、数匹の群れをあっという間に片づけるのを見て、レンジは「いける、いける」と口の中で繰り返した。


 一行は、声を殺して速足で進んだ。

 先頭には、団長セトカとギムレットが並んでいる。すぐ後ろに班長トリファシア率いる精鋭部隊の第1班が続く。その後が2班、3班と来て、レンジとその護衛の6班が一団の中ほどに収まっている。魔術師長ライムと魔法使い4人がそのすぐ後にいて、4班、5班が殿を務める、という編成になっていた。

 総勢45名の集団は、息がつまるような緊迫感のなか、一心に狭い坑道を進んでいった。


 時折、大きくあいた横道があり、その奥を覗き込むと、広大な空間が広がっているのが見えた。採石場だろう。輸送用のトロッコの線路も見える。

 こんな息苦しい、狭い穴を通らずに、あっちの広いほうを行ければいいのに、と思ってしまうが、向こうは広すぎて遠くからでも丸見えになってしまうことだろう。

 結局、補助用と思われる狭い脇道を選んで行くしかないのだ。


「壁が光るおかげで、松明が要らないのはありがたいけどさ。いざという時に、暗闇に紛れてやりすごしたりできないのがちょっと怖いな」


 レンジがつぶやくと、隣を歩くマーコットが言った。


「でも、普段から真っ暗だったら、視覚よりも聴覚とか嗅覚が発達した魔物ばかりが生息しているはずですからなあ。暗いと不利なのは人間のほうでありますぞ」


 これにはぐうの音も出なかった。


 第1層も、奥へ進むにつれて、遭遇する魔物のレベルが上がってきた。

 最初は見慣れたモンスターたちばかりだったので、レンジも余裕があったが、だんだんと、見た瞬間、「あ、やばい。逃げなきゃ」ととっさに身構えてしまうことが増えてきた。


 レンジが所属してきたパーティでは、逃げるしかなかったような魔物たちにも何度も遭遇したが、途中で団長とギムレットに代わって先頭に立った第1班は、ほとんど立ち止ることなく、なにごともないかのように片づけていった。

 目を疑うような光景だ。

 レンジは念のために、恐る恐るマーコットに訊いてみた。


「1班の人、超お強いんだけど、みんなあのくらいのことはできるの?」


「1班には、私もこのあいだまでいたであります。特攻部隊ですから、もちろん強いですが、あのくらいの魔物はみんな余裕であります」


「ふうん」


 レンジは余裕ぶってうなづいて見せたが、内心はかなりドキドキしていた。

 

 何度か休憩を挟みながら、半日ほど進んだところで、壁の光石の色が、橙から黄色に変わった。

 1層を抜けて、2層に入ったのだ。

 ギムレットが一堂に向けて言った。


「中央のメインルートからなるべく遠い道を進んできたが、このあとはだんだんと道が減っていって中央へ集約されていく。先へ進むごとに、警戒態勢が高い区画を避けられなくなってくる。注意して進んでくれ」


 半日歩き続けて、そのあいだレンジは緊張してはいたが、疲労はさほどでもなかった。

 道の分岐などがあると、その都度、ギムレットや1班のメンバーが偵察に行き、危険がないか確認をしながら慎重に進んでいたので、地上を爆進した時ほどの速度は出せなかったからだ。


 レンジは、自分たちの潜入がバレて、魔物が大挙して襲って来る、という最悪の事態を想像していたが、今のところその様子はなかった。


 そこからさらに半日。魔神回廊に侵入してから、まる一日経ったところで、2層の端へ到達した。


「順調だな」


 セトカが傍らのギムレットに言った。


「ああ。正直、静かに進めばここまでは問題ないと思っていた。居住区画じゃないからな。お宝を探しに来た冒険者が、ガチャガチャ騒がしくするのは3層からだ。俺が魔神に遭遇したことがあるのも、3層以降だ。おそらくそこからが、やつの守護神としての活動範囲なのだろう」


「遭わずに、済むだろうか」


 セトカの1人ごとのようなつぶやきに、ギムレットは応えた。


「そう祈ろう」


 3層の光石は、緑色だった。

 延々と続く狭い洞窟の道だったこれまでと、少し雰囲気が変わった。土がむき出しなのは変わらないが、ゴツゴツしていた道の表面が滑らかになり、格段に歩きやすくなっていた。

 なにより、冒険者としての嗅覚が、レンジの欲望中枢を刺激した。

 お宝の匂いがするのだ。


 これまで、ただの壁だったようなところに、ぽつぽつと扉のようなものが見えはじめた。

 扉があるのは、その向こうに、大事なものがあるからと相場が決まっている。

 扉を開けて、覗いてみたい衝動に駆られたが、騎士団の一行はまったく興味がないかのように、素通りしていった。

 この旅の目的を考えれば、当然と言えば当然なのだが、15年間冒険者として生きてきたレンジには、その生殺しはなかなかに堪えた。


 とはいえ、ここまで一度も身の危険を感じることなく進んでこられたので、レンジはだんだんと余裕がでてきていた。


「ねえ君、いくつ? 休みの日とかって、なにしてんの?」


 などと、護衛の6班の女の子に声をかけて回ったりした。

 なにしろみんな、北方諸国の人特有の肌の白さで、鼻が高く、スタイルがいいのだ。それだけでレンジは心がときめいてしまう。

 それをウザがられはじめたところで、セトカの号令が下り、一行は立ち止った。

 道の横に、扉が開かれた広い空間があった。床にはタイルが敷き詰められている。集会所かなにかだったのだろうか。


「ここで食事をとる。この先は、休憩をとることも難しくなるかも知れないので、ここで体を休めよう」


 真っすぐに伸びる狭い道の先にも、魔物の気配はなかった。念のため、見張りを置いて、一行はその集会所に腰を落ち着けた。

 

 レンジは配られたパンと水筒の水を早々に片づけると、しばらくぼうっと座っていたが、やがてうずうずしてきて腰を上げた。

 ほかのメンバーがみんな大なり小なり荷物を担いでいたのに対し、一人だけ特権的立場をいいことに手ぶらで来ているのだ。

 レンジはやけに元気だった。周りのみんなは座り込んでいるのに、一人立ち上がって、集会所内を探索し始めた。

 壁には、燭台の跡があった。今は光石の緑色のほのかな光だけが室内を照らしている。

 45人が余裕で入れる広さがあったが、部屋はこの一室だけのようだった。


「それにしてもなんもないなあ」


 別の部屋を探索しに行ったらダメかなあ?

 とレンジは、ギムレットと話し込む団長や副団長のほうをチラリと見た。


「ん? これ扉か?」


 部屋の奥に、埃と煤で汚れた取っ手のようなものを発見した。ただの壁かと思ったが、近づいてみると、扉のようだった。

 すっ、と手を伸ばして取っ手を握り、下げながら引っ張ると、ギギギと扉は開きはじめた。


 やった! お宝があるかも!


 レンジは興奮しながら扉を開けはなった。

 次の瞬間、扉のなかから、なにか大きなものが、のっそりと現れた。


 のっぺりとした仮面のような顔。胴体はまるで蛇のようだった。左右にたくさん生えている昆虫のような手が壁を掻き、狭い扉から這い出てこようとしていた。

 それは、ムリムリムリムリと膨らみながら、集会所の室内にあふれ出てきた。


「全員抜刀ッ!」


 セトカの声が集会所に響いた。


「散開して、左右挟撃態勢! 敵は魔神、アタランティア!」


 扉の前で茫然としていたレンジを、マーコットが抱いて飛び跳ねるようにして下がった。

 室内の空気が突如緊迫した。すでに全員が臨戦態勢になっている。


「待て!!」


 ギムレットが叫ぶ。


「剣を戻せ! 逃げろ!」


「いや! やつの体が扉から出きっていない。今が好機だ。ここでやるッ」


 セトカが攻撃指示を出そうと腕を振り上げた瞬間、ギムレットが抱きついてそれを止めた。


「あれは、違う! ガスジャイアントだ!」


「なに?!」


 それを聞いて、ライムが手を叩いた。


「あ、見たものにそっくりに化ける魔物だ。すっごいレアモン。どおりであんな膨らむはずだわ」


「本当か」


「だったら、逃げないでいいだろ。本物そっくりならじっくり観察して、そんで、ぶっ倒してやろうぜ」


 バレンシアが、剣を肩にかついで近づこうとした。


「だめだ。やつは倒せば爆発する。そんな騒ぎを起こす気か! なにより、ガスジャイアントは直近に見たものしかコピーできない。本物が近くにいる可能性がある! すぐに道を戻って迂回すべきだ!」


 早口で説明したギムレットの言葉をもとに、セトカが瞬時に判断した。


「全員離脱。道を戻る」


 その言葉に、総員がすぐさま従った。



 あいつが。

 

 あいつが……!


 レンジは、マーコットに抱きかかえられたまま、ガスジャイアントが化けた不気味な姿から、目を離せないでいた。

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