第05話★地下牢【ジュキ視点】

 食事も衣服もろくに与えられず三日くらい経ったころ、官吏かんりとおぼしき男がやってきた。


「お前の罪は死刑に値すると決定された。処刑は五日後、魔王城の北の塔で執行される」


 事務的な口調で告げた後で、冷たい石の床に裸で横たわる俺に憐れみの視線を落とし、


「お前は身寄りも無いそうだな。捨て子か何かか? 哀れなものだ――」


 最後は独り言のようにつぶやいて、男は暗い地下牢から去っていった。どうやら俺が四天王の子供だということは伏せられているらしい。


 死刑と聞いても、俺は何も感じなかった。


 死ねば魂になってレモに会えるのかな? そんなことをぼんやりと考えていた。


 地下牢につながれた俺に、彼女の安否を知るすべなどなかったのだ。看守は性根の腐った人狼ワーウルフで、うろこに覆われた俺の手足を見下ろしながら、


「爬虫類にはこういうジメジメしたところがぴったりだな。ガハハハ」


 と品のない笑い声をあげた。


 俺はドラゴンとセイレーンのハーフだっつーの。


 俺は怒りのこもった目で看守をにらみつけたが、魔力封じの首輪をはめられていたため何もできなかった。




 処刑のときが来たのだろうか?


 手には冷たい鎖、足には足枷、首には魔力封じの首輪を装着された状態で、裸のまま石の床にうち捨てられていた俺の耳に、複数人のあわただしい靴音が聞こえてきた。


 足音とともに手燭しゅしょくに灯した魔力光が近づいてくる。


「まぶし……」


 俺はかすれた声でつぶやいて両腕に顔をうずめた。


「いました!」


 と頭の上で大声が聞こえる。


「ジュキエーレ・クレメンティだな?」


 手燭を持った男がかがんで俺の顔に光を当てる。


「うん……」


 俺は顔をうずめたままうなずいた。


 牢の鍵が開けられ、拘束具がはずされる。北の塔に連行されるのか――? にしては何かおかしい。


「よくがんばったな。もう大丈夫だ」


 侍従らしき服装をした若い男が、おそらくシーツと思われる大きな布で裸のままだった俺を包み込むと、ひょいと抱き上げた。




「アンリ閣下に会う前に身を清めなさい」


 と言われ、腹が減って死にそうなのに、今度は浴場にぶち込まれた。おそらく、今は亡き魔王とその家族専用と思われる、大理石の柱が立ち並んだバカでかい大浴場だ。


 湯の中でぼーっとしてると、


「閣下! お待ちください!」


「一目見ないと安心できん!」


「まだ彼は着替え終わっていません!」


 などという従者とアンリのものと思われるやりとりが聞こえてきた。着替え終わってないもなんも、俺いま湯にかってんだけど?


「ジュキ、無事か!?」


 服のままつかつかと入ってきたのは案の定、アンリの兄貴だった。湯の中から半身を出した俺をみつけると、


「よかった―― 生きてるな」


 心底、ほっとした様子で胸をなでおろした。


「レモは? あのあとどうなった?」


 俺はすぐに一番気になっていることを尋ねた。


「レモは無事だ。かなり弱っているが―― 詳しいことはあとで話す。レモのおかげでお前を護衛任務からはずせなくなったんだからな」


 俺はびっくりして、アンリの兄貴をまじまじとみつめた。「俺、死刑にならないの?」


「ならない」


 彼は首を振ると、はっきり言った。


 てことは俺はまた、前のようにレモのそばにいられるのか? 絶望に慣れ過ぎた俺の頭は、突然の朗報に混乱した。信じられなかった。ほうけたように水面をみつめていると、


「お前は城内の派閥争いに巻き込まれたんだ」


 俺の耳元に近づくように湯のはたにしゃがんだアンリの兄貴が、低い声で言った。


「はばつ争い?」


「難しい言葉は分からないか」


 という言葉にイラっとする。


「とにかくお前を亡き者にすることで得をする者たちがいたんだ。彼らにめられたんだよ、私もお前も」


「あんたも?」


 アンリはこれ見よがしにため息をついて、


「ジュキ、お前その言葉遣いなんとかならないのか? いつまでも孤児院の悪ガキ気分でいるんじゃない。私のことは閣下と呼べ」


 うわー、言ってることが正しいだけに腹立つぜ。俺は口答えせず、かわりにぷーっと頬をふくらませた。


 アンリはあきれ顔で俺の頭にげんこつを乗せながら、


「お前は剣術や魔術の稽古に励んで力をつけてきただろう? レモはそんなお前を信頼しきっていつも一緒にいる。レモを新魔王にかつぎあげて俺を排除したい連中にとって、お前は邪魔なんだよ」


 まじか。俺はただレモのために強くなりたかっただけなのに。


「隙を見せたのがまずかったな。今回のことは私を倒してもう一度人間と戦をしたい連中にとって、絶好のチャンスだったんだ」


「暑い。それに腹が減った」


 俺は、ざばっと湯から上がった。


 アンリの兄貴も立ち上がり、


「着替えたら食事が用意されているはずだ。お前とは今後について話し合わねばならん。私はお前を解雇するつもりでいたからな」


 自分のしたことを考えれば、それは当然だった。それが分からないほど、俺は幼くもなかった。だが――


「その前にレモに一目ひとめでもいいから会わせてくれ!」


 俺はアンリの背中に向かって叫んだ。


 アンリは扉の前で振り返ると俺の頼みに答える代わりに、不躾ぶしつけにも俺の頭からつま先まで視線を走らせた。


「それにしても本当に全身真っ白なんだな」


 そう言い残して大浴場から出て行った。




 そしてこのあと俺はレモの護衛に復帰するのと引き換えに、心を捨てるに等しい誓いを立てさせられることとなる。

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