35,捻った設定


 なんでやねん。




 それはほんの数十分前。


 ステラがベッドから身体を起こすと、太陽はとっくの前に登り切っていた。



「おそよう。随分疲れがたまっていたのね」

「気が抜けちゃった。……レオナルドとヒルおじさんは?」

「もう村の仕事を手伝いに行ってるわ」


 ヒルおじさんは毎度のことだが、レオナルドは客人なのだから働かなくてもいい筈。


 ステラは見付けた日記を片手に、靴を履いて外に出た。




「きゃーっ! 凄い!」

「眼福……」

「レオ様ー!」


 聞いたことがあるぞ、こんな黄色い悲鳴。

 

 足早に曲がり角を曲がると、ステラの足が止まった。


「本当に働いてるよ……」


 そして冒頭の感想である。



 何故かレオナルドがヒルおじさんと並んで果物を運んでいた。

 村の男たちから借りた服を着て、同じ仕事をしていてもそのオーラは掻き消されていない。


「いいって言ったのに、レオちゃんったらどうしても働きたいっていうのよ」

「わ、びっくりした!」


 陰に隠れて様子を見ていると、家にいるはずの母が後ろに立っていた。

 その手には三つの紙袋がある。


「はい、お弁当。ヒルさんとレオちゃんにも渡してきて」

「なんか声かけ辛いからやだ」

「何我が儘言ってるの! 本当ならあなたがレオちゃんにお弁当を作ってあげるのよ!」

「なんで⁉」

「見なさい、あのレオちゃんの人気っぷりを!」


 壁から顔を出し、姦しい集団を注目する。

 その光景は随分と昔に見慣れたものだ。


 見慣れた筈の光景なのに胸の内が黒くなるのは、まだ気持ちの整理がついていない証拠だ。

 ラナにバレないように、ゆっくり息を吐いた。


「アルローデン魔法学校の時からあんな感じだったよ」

「そうなの? 流石レオちゃんね」

「あれが奴のテンプレだって」

「そんなこと言ってたら、横から取られちゃうわよ」


 思わず貰った弁当を落としそうになった。

 声を上げなかった自分を褒めてやりたい。


「な、なにが取られるのかなー?」

「あなた隠してるつもりだろうけど、お母さんにはバレバレよ。なんでさっさとレオちゃんに告白しないのよ」


 実の母親からこんなことを言われる日が来ると思っていなかった。

 ずっと側に居たウメボシやウルには百歩譲ってバレたとしても、久しぶりに会って丸一日も経たない母にまで見通されていたとは。


 ステラは壁から顔を離すと、曲げていた腰を伸ばした。


「あのねぇ……。私は平民、レオナルドは皇子。どう頑張っても釣り合わないよ」

「身分なんてどうでもいいじゃない。そこにこだわるなら、この村が最適じゃない? 身分ある人も駆け落ちして、ここに逃げてきたって話もよくあるわよ」

「そういうことじゃなくてね」

「何が違うの。いいじゃない、あなた達このまま結婚しちゃいなさい。お似合いよ!」

「けっ……⁉」


 たまにぶっ飛んだ発言をする人だが、今日は一段とぶっ飛んでいる。


 頭の中で一瞬それらしき想像が過るが、上手く形にならず煙のように消え去った。


「ありえない! 大体レオナルドの意思は無視⁉」

「レオナルドは、ということは、ステラは前向きなのね」


 もうやだ。

 墓穴掘るだけじゃん。


 頭から湯気が出そうなほど赤くなる。

 どうこの場を切り抜けようか、困っていた時だった。



「あれ、ステラじゃん」


 ステラの背中に低い声が乗っかった。


「え? あ、ベック!」

「久しぶりだな! 元気にしていたか?」


 そばかすが散らばった、好青年がステラの後ろに影を作っていた。

 彼は何を隠そう、あのスパルタハイジ先生のダンスレッスンを共に乗りきった戦友である。


「ベック、悪いけどステラをレオちゃんのところまで連れて行ってくれるかしら」

「なんで? 旦那だろ?」

「恥ずかしがってここから動かないのよ」

「何勘違いしてんの、レオナルドは旦那じゃなくて!」

「いいから行ってきなさい!」


 今回はやけに強引だ。

 ラナに肩を叩かれ、ベックに腕を引かれ。


 あっという間に道に引きずり出されたステラは、レオナルドに近づいていく。


「待って待って! 行きたくない、離してベック! そして盛大な勘違いをしてる!」

「おばちゃんに頼まれたからしょうがないだろ」


 こいつ! 昔より力が付いている!


 ギャーギャー騒ぎながら道のど真ん中を歩いていると、群衆の中から金色が出てきた。


「ステラ!」

「ほら、旦那がやって来たぞー」

「だから違うってばー!」


 レオナルドからも何か言ってやってくれ。

 そう助けを請おうとすると、肩を抱かれた。


 そして自分の耳を疑う。


「すいません、ベックさん。妻を連れてきてくださりありがとうございます」

「いいってことよ! しっかしあのステラがこんな男前を連れて帰ってくるとはなー。村中が驚いたぜ!」

「ははは。俺がステラに惚れたんです。身近にいないタイプだったので、まんまと心を奪われたんですよ」

「わぁお、惚気が始まった」



 な ん だ っ て ?



 自分の頭より高い位置で、ステラのあずかり知れない話が交わされている。

 誰が妻? 誰が旦那⁉


「弁当を持ってきてくれたのか、ありがとう」

「もう昼だもんなー。向こうの丘で食って来いよ! ヒルのおっさん分は俺が持ってくわ!」

「ヒルおじさんは? こっちに……げっ……」


 ステラは気付いた。

 群衆の中、赤い頭が血涙を流してこちらを見ていたことを。


 そして察する。

 これは近付いたらめんどくさいことになる。


 レオナルドに肩を抱かれたまま、素直に丘を目指す選択肢を取った。




 ******




「なんとか切り抜けられたな」

「ここからは切り抜けられないよ。何か捻った設定入れてない⁉」

「特に捩じっていない。ただ俺とステラが婚約したから、挨拶しに来たという設定にしただけだ」

「友達が遊びに来たとか言っておけばいいじゃん!」

「妙齢の男と女が仲良く実家に? それこそ疑われるぞ」

「うっ……」


 事実、村一同は疑うことなく、むしろ総出で歓迎してくれている。

 レオナルドの作戦が勝ったのだ。


 紙袋をあけ、サンドイッチを取り出すとステラの口元に持っていく。


「ほら、口を開けろ」

「ここまでしなくてもいいよ!」

「徹底してこその秘匿捜査員だろう」

「大体親の近くでこんなフガッ!」


 実力行使だ。


 文句を続けようと口を開けたところで、サンドイッチが捻じ込まれる。

 音にならない声を聴きながら、レオナルドもサンドイッチを口に運ぶ。


「ここに住まわせてもらう以上、働かない訳にいかない」

「ングッ……の割には! 随分と生き生きしてたけど」

「そうか?」


 白々しい。


 日記を地面に置くと、ステラは新しいサンドイッチを咥えた。


「ステラは今からどうする?」

「そりゃ、もちろん燈月草探しですよ。本業を怠ったら元も子もない」

「またその日記を読むのか」


 ステラの逆隣に黙して語らぬ日記を見て、レオナルドは顔をしかめた。


 それもそうだろう。

 たった短時間でステラにあれだけの魔力を使わせ、体力の消耗を促した代物。

 その上燈月草のヒントになり得るのだから、協定を組んだレオナルドとヒルおじさんにとっては、なるべく関わって欲しくない物だ。


「貸してくれ」

「やだ」

「なんでだ?」

「なんとなく。落書きされそう」

「学生時代のお前と一緒にするな。いいから貸してみろ」

「なんでそんなこと知ってるの、ってやーめーてーっ!」





 そう、それはまるで本物の恋人のじゃれあいにしか見えない。


 建物から少し離れているとはいえ、人目が無いわけじゃない。



「ステラっ……!」

「あらあら、ヒルさんったら。ハンカチなんて噛んじゃって」




 生暖かい目で見守られていたことに気付くまで、あと数分。

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