7,親友との夜
「……っていうことがあってさぁ‼」
大ジョッキに入ったオレンジジュースを勢いよく飲み干し、テーブルに叩きつけた。
ステラの騒がしい音に、向かいに座る美女は眉間に皺を寄せた。
「ちょっと落ち着きなさいよ」
「これが落ち着いてられる⁉」
全く……と、荒れるステラの姿にため息をつくのはリタ。
親友であり、本音をぶちまけられる唯一無二の存在だ。
「で? 騎士団が目の上のたんこぶ?」
「そんなんじゃないけどさ!」
「だったらその先輩の言う通り、功績を挙げるしかないわね」
スプーンで自分のアイスクリームを掬い、むくれるステラの口へ突っ込んだ。
本日の仕事が終わり、いざご飯に行こうと街に出ると、リタからパピヨンレターが急に届いたのだ。
商社に勤めるリタも、この街で暮らしている。
頻度は多くはないが、社会に出ているからもリタとは度々会っているのだ。
そんなリタに、ステラは最近会った出来事をぶちまけては消化している。
「仕事って、私たちが思っていたよりもうまくいかないものね。つい愚痴が多くなってしまうわ」
「楽しいとそれは仕事じゃないんだって。仕事は苦しむものなんだってさ」
「一理あるわよね。オリバーも参っていたわ、王国騎士団はすごくきついって」
「オリバーかぁ……。そういえば最近手紙が来てたな」
当たり障りのない近況報告に、ステラもまた当たり障りのない報告をした覚えがある。
いつかご飯に行こうと、手紙を通してやり取りしているが、向こうも中々忙しいようだ。
「隠してるだけでみんな辛いんだよね、弱さを見せないって凄いよ」
「オリバーは弱いところだらけよ? 昨日のご飯の時だって、泣き言を言いながらお腹いっぱいお肉食べていたけど」
「二人でご飯行ったの? 誘ってよ!」
「嫌よ。だってデートよ?」
「デートって」
笑い飛ばそうとするが、リタの穏やかな笑みに以前とは違う空気を感じた。
恐る恐るリタに声をかける。
「……デートって、あのデート?」
「そうよ、あのデート。恋人同士がするデート」
「彼ピ?」
「ええ、彼ピ」
「オリバーが?」
「オリバーが」
「リタの?」
「私の」
「彼ピ?」
「はい」
照れくさそうに笑う親友の姿にステラは愕然とする。
昔からオリバーはリタに頭が上がらないと思っていた。まさかそういうことだったとは。
「お、おめでとう!」
「ありがとう、改めて言われると照れくさいわね」
「いやでも……昔はでっかいカブトムシ近づけられてビンタかましてたのに……」
「そんなの昔の話よ」
ステラの皿のアイスクリームは、すっかり溶けてしまった。
ドロドロになっってしまった白色の液体をかき混ぜながら、気まずそうにリタを上目遣いで見る。
「ど、どうしよう。オリバーに会ったら何て言ったらいい? 娘は渡さんと言って鼻フックかましてきたらいいの?」
「なんで私の親目線なのよ」
リタがピンク色の透き通った、綺麗なジュースをストローで吸い上げる。
最後まで飲みきると、頬にかかった髪を耳にかけた。
「私より、ステラはどうなのよ。色恋沙汰に変化はあったの?」
「彼ピは……」
甘ったるい液体をスプーンで口に含む。
冷たくなくて、べたっとした感触は持ち悪い。
「いないけど、今週末に先輩と合コンに行くことになった、よ」
「ええっ⁉」
リタがスプーンを取り落とした。
驚くのも無理ない、あの筋トレ一筋のステラの口から合コンという単語が出てきたのだ。学生時代を知っている人間なら、誰もが同じリアクションだろう。
「ど、どうしたの? あなたがそういう場に行くなんて……」
「私だって色々考えたりしたんだよ」
警察官というのは、たとえ家族であっても事件の詳細を話してはならない。
以前ジェラルドに叩き込まれたことを思い出す。今日の三角関係泥沼事件は、被害者や被疑者のプライベートを考えても伏せるべきだと判断した。
「親友としては凄く嬉しいわ、けどあなたは……その……」
「その?」
リタは言いにくそうに、空になったデザートの皿を端に寄せた。
「ステラはてっきり、レオナルドのことが好きだと思っていたから……」
「レオナルド? 普通に好きだけど」
「その好きじゃなくて!」
「異性としての好きってことよ!」
「そんな馬鹿な‼」
何を言い出すかと思えば!
ステラはリタの憶測を笑い飛ばす。
「ないない! レオナルドは友達、もしくは戦友!」
「そうかしら、学生時代のあなた達は随分と仲が良さそうに見えたけど……。そのチョーカーだって」
リタの視線の先にあるのは、今日も首で輝くステラの瞳と同じ色のチョーカーだ。これは最終学年の時、レオナルドがステラにプレゼントしたものである。
「チョーカーなんて、普通友人にプレゼントするかしら?」
「するんじゃない? 貴族の間では」
「はあ……」
今更リタが言ったところで、何かが変わるわけでは無い。
ステラが原型の無くなったアイスクリームを口の中に掻き込んだ。
「ニブチンさんなのがステラの良いところだけど……。うん。あなたはいつまでもそのままでいてね」
「私はニブチンさんじゃないよ!」
「ニブチンさんは皆そうやって言うのよ」
親友たちが一歩先に進んだめでたい夜。
人生初、身近で感じた恋愛は、ステラにとって未知の世界でしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます