こいつらを撃退する策を授けてやる

「オレ達が信用できないってか?」


「そうじゃない。このパーティーはバランスが悪い。敵にやられたとき、戦士、盗賊、弓兵、勇者のパーティーで誰が回復するんだ? ペイントンは教会の街なんだろ? そこで回復役を探す」


「……………………」

 ジャンがじっとイリスを睨む。その見定めるような視線をイリスは真正面から受け止めた。やがて、ジャンが視線を逸らした。


「下ろしてやれ」

「けど、こいつハ……!」

「いいから下ろせってんだ!」


 ジャンの剣幕に気圧されてリンはイリスから手を放した。イリスは皺になってしまった勇者の服を引っ張って伸ばして整える。


「これでわかったろう? オレの指示通りペイントンへ……」


「アニキ!」

 御者台から声が聞こえてきた。いつの間にか馬車が止まっている。


「何だ!」

 ジャンが怒鳴り返す。ジャンの弟分なのだろうジャイアント族のダラーが「ひっ」と怯えたような声を出して大きな身体を小さくさせる。


「い、いやでも……」

「言いたいことがあったら早く言え!」


「て、敵が……」

「何!? そういうことは早く言え!」


 言うが早いか、ジャンは御者台へと戻っていった。イリスのすぐ隣で気まずそうにしていたリンの姿もいつの間にか消えていた。


「くそっ、いつの間に……!」

 御者台から身を乗り出したジャンがぎりぎりと歯を噛んだ。


「完全に囲まれてル! 三十匹はくだらなイ!」

 素早く幌の上に飛び乗ったリンが上から周囲を見渡していた。


 イリスはジャンとダラーの間をかき分けるようにして御者台へ上がってきた。そこにいたのは馬車を取り囲むようにしている黒い獣。

 狼に似ているが、狼よりもより鋭角的なシルエットをしている。大きさは大型犬くらい。

 ジャン達の様子からして油断ならない相手なのだろう。


「何で昼間からガマラが……くそ、油断した!」

 あの獣はガマラというらしい。夜行性であることや群れで狩りをすることなど、狼に似た性質を持つとイリスは推察した。


「ダラー、馬車の後ろに行け。リンは援護だ。行くぞ!」

「うん!」「あいヨ!」


 ジャンは指示を出すと荷台から斧を取り出して馬車から飛び降りた。大柄なダラーは指示通り馬車の後ろへと走っていき、リンは馬車の上で弓を構える。


「ガウッ!」

 仲間たちが配置につくのを見計らったかのようにガマラ達が飛びかかってきた。見た目よりもずっと素早い。


「くそっ、思ったより手強い!」

 ドワーフのジャンは盗賊らしく両手に持った斧を素早く振り回してガマラの攻撃を凌いでいるが、巨大な両手剣をもって大きなモーションで振り回しているダラーは明らかにガマラのスピードに対応できていない。


「この、このっ……!」

 二匹のガマラがダラーの左腕と右足に噛みついて離さない。


 ダラーは剣を放り出してがむしゃらに暴れて取り付いたガマラを力いっぱい殴っている。

 殴られたガマラはたまらずダラーから離れるが、それ以上に次から次へとガマラが飛びかかってくる。

 巨大なダラーは今は平気な様子だが、やがて体力も尽きるだろう。


 ダラーのピンチに気づいたジャンがガマラを捌きながらダラーの救援に向かおうとするが、ガマラの猛攻に凌ぐのが精一杯だ。


「おい、クソガキ! ボケッとしてねぇでテメーも手伝いやがれ! 勇者なんだろ!」

 たまらず怒鳴るが、イリスは動こうとしない。


「オレは頭脳労働担当なんだよ」

 そうつぶやきながらも油断なく周囲を見渡している。


「この手の動物なら……」

 イリスは油断なく周囲を見渡すと、やがて探していた“それ”を素早く見つけ出した。そして振り返ると、幌の上で援護射撃をしているリンに向かって指示を出す。


「あれだ。あいつを狙って射て」

「あァ? 何言ってやがる。見てわかんねェのか? アタイは今忙しいんだヨ!」


「そんなことは百も承知だ。こいつらを撃退する策を授けてやるって言ってるんだ! あいつを射て!」


 イリスが先ほどから指さしているのは群れの後方で攻撃に参加せずにじっとしている個体だ。

 これと言って特徴があるわけでもなく、どちらかというと他のガマラよりも小柄であまり目立たない存在のように思えた。


「あんなの射って何の意味があるっていうんだヨ!」

「いいからやれ!」


 イリスの剣幕にリンが怯んだ。困ったようにリーダーのジャンを見るが、彼はガマラの対応で手一杯でこちらの様子に気づいていない。


「わわかったヨ! 射ちゃあいいんだロ、射ちゃあ!」

「そうだ、射てばいいんだ」


 リンは素早く矢をつがえると小柄なガマラに対して放った。


 放った矢はターゲットの耳の近くをかすめて飛んでいった。「エルフのくせに外すのか」とイリスが毒ついたが、リンは素早く第二射を放つ。それは第一射に気を取られていたガマラの額に吸い込まれるように命中した。


 声も出さずに小柄なガマラの身体がくずおれる。


 その瞬間、ジャンを取り囲んでいたガマラ達とダラーに取り付いていたガマラ達の動きが一斉に止まった。これ幸いと反撃に転じるドワーフの盗賊とジャイアントの戦士。


 数匹を倒したところでガマラはそれまでの統率が嘘のように散り散りに逃げ去っていった。

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