第6話
「大聖堂に侵入した魔物は小柄で醜い風貌、数は六匹」
その言葉を聞いた瞬間、ドルヴィーは大聖堂入り口を固める兵士数人を腕で跳ね飛ばした。
「ぐわっ⁉︎」
兵士達は子供と思っていたドルヴィーの怪力に驚嘆した。
ドヴェルグ族は身体は小さくとも人間族を凌駕する腕力を持っているのである。
ドルヴィーは走った。
そして大聖堂の巨大なドアを開けると、そこにはステンドグラスから夕日が差し込んだチャペルが広がる空間があった。
その中には六人のドヴェルグ達が絶叫したかの様な表情でたたすんでいた。
それも石になった姿で。
「兄者!」
見るも無惨な姿に変わり果てたドヴェルグ達を目の当たりし、ドルヴィーは思わず叫んだ。
三十年前、地底に住んでいた頃のドヴェルグ族は黒魔術で石にされた…。
兄達から何度も聞かされたその話の光景が今まさに目前に広がっていたのである。
「何で、何でこんな事に…」
「いたぞ、早く連れ戻せ!」
そこへ強行的に大聖堂へ入ったドルヴィーを捕らえようと兵士達数人がやって来た。
ドルヴィーは思わず兵士達の方へ振り向くもその弾みでフードは脱げ、顔には夕日が照らされていた。
「こ、こいつ、魔物の仲間だ。まだ生き残りがいたんだ!」
ドルヴィーの顔を見た兵士達はたじろぎ、咄嗟に剣を抜いて構えた。
「魔物なんかじゃない、オラの兄者達だ。優しくて人間を襲う事もないのに、何でこんな事するんだ!」
そう言いながらドルヴィーは鎖付き斧を手に取った。
しかしその手は震え、目は泳いでいた。
ドルヴィーはただでさえ戦いに消極的な性格だった上に、兄達が石にされた光景に絶望感と喪失感を覚え、とても戦える精神状態ではなかった。
「武器を持っているぞ、かかれ!」
兵士達はドルヴィーの元に駆け寄り、一斉に剣を叩きつけた。
ドルヴィーは斧に付いた鎖を左腕に巻き付け、それを盾に兵士の剣戟を必死に防御した。
しかし、数人から取り囲まれ剣で斬りつけられる状況下である。
左腕一本では防ぎきれず、兵士の刃はジワジワとドルヴィーの肌を傷をつけ、血で染めた。
「う、うぅ…」
そしてドルヴィーはついに耐えきれず、逃げた。
「逃げたぞ、追え!」
大聖堂を抜け、街を駆け抜けた。
追ってくる兵士や奇異の目で見てくる民衆に脇目も触れず駆けた。
全速力で街を飛び出し、街道を走り、やがて森の中に入った。
その頃にはドルヴィーを追う人影も無かった。
ドルヴィーは走る速度を落とし、トボトボと歩き、そしてふと足をとめた。
「あぁ…」
そのときドルヴィーはガクッと膝から崩れ落ちた。
歩く気力も朽ち果てたのである。
「どうしてこんな事に、どうして」
ドルヴィーは今日の出来事を現実として受け止められずにいた。
「兵士の話では魔物と戦ったのは皇子様だと言っていた。じゃあ皇子様が兄者達を石にしたのか…?」
今見てきたものは全て夢か幻なんだ、帰ったら兄者達が元気で待っているんだ、と思いたかった。
そして次に頭の中を過ったのは、
「姫さま、姫さま…」
サリューの事であった。
サリューと皇子との結婚式はどうなったのか。
今も無事でいるのか。
その不安がドルヴィーの心を突き刺した。
ドルヴィーはそこから数刻、動くことが出来なかった。
夜。
ドルヴィーは森を歩いていた。
目が虚ろなその姿はまるで亡霊の様でもあった。
「兄者、オラどうすればいいんだ…」
トボトボと、誰も待っていないドヴェルグ達の小屋へ向かい歩いていた。
石化したドヴェルグ達や安否が判らないサリューに対して何もする事が出来ない無力な自分が途方もなく虚しかった。
そして数刻歩いていると気になるものが目に入ってきた。
それはサリューに毒林檎を差し出した魔女が落ちたという崖だった。
高い崖でそこから落ちたらまず助からない…
しかし魔女の死体は誰も見ていないのである。
「…」
誰も待っていない小屋に帰ったところでこの状況はどうにもならない。
他にやるべき事を見出せずにいたドルヴィーはおもむろに崖の下へ向かった。
「魔女、魔女…」
全ての元凶は魔女である。
そんな魔女に怒りと憎しみをぶつけたい、という一心で月明かりを頼りに魔女の死体を探した。
そのドルヴィーの姿は実に不気味であった。
しかし幾ら探せど魔女の死体は見当たらない。
既に鳥か獣にその肉を食われたのか、或いはまさか…生き延びたのか。
普通の人間ならあの高さの崖から落ちればその衝撃で身体の形すら留める事も出来ない程に粉砕されるはず。
しかし魔力を持った魔女なら…と、ドルヴィーは魔女が生きている可能性を考えた。
が、しかしその考えも、魔女の死体を探す事すらも無益に思えてその場を立ち去ろうとした。
自分の無力さを嘆きふと空を見上げるとそこには満面の星空が広がっていた。
その空を見上げた瞬間、ひとつ目を引くものを見つけた。
崖の上下の間に一つ小さな洞穴の様な空間があり、そこから微かに光が漏れていたのである。
「まさか…」
ドルヴィーはハッとした顔つきになり、その洞穴目指して崖を登った。
崖をよじ登り、段々と洞穴に近づくと、うめき声の様な、或いは歌の様な声が聴こえてきた。
「これは…子守唄か?」
その声はか細く、息も絶え絶えであったが耳を澄ますとそれは確かに子守唄であった。
それも老婆の声である。
ドルヴィーにはその子守唄が何かを呪っているかの様にも、しかしそれとは裏腹にどこか慈愛に満ちているかの様にも聴こえた。
地上十五メートル程の高さの洞穴まで登り切り、微かに漏れる光の先へドルヴィーは恐る恐る進んだ。
その洞穴は洞穴と呼ぶのも大袈裟な程に狭く、小さな隙間の様なものだった。
しかし人一人は通れる空間が続き、七歩、八歩ほど進むと行き止まりになっていた。
そしてそこには居たのだ。
今にも死にそうだがうずくまりながら確かに息をしている魔女が。
魔女は子守唄を途切れ途切れに歌い、火を灯した小さなランプを我が子の如く抱えていた。
「魔女、やっぱり生きていたのか…よくも姫さまを!」
ドルヴィーは血相を変え、斧を握りしめた。
「おや…こんな所まで客が来るとはね。その声は…ドヴェルグ族の者かい」
「そうだ、見て分からないか!」
「へへへ…あたしゃもう目が見えないんでね。だが解るよ、アンタはドヴェルグだ」
よく見ると魔女の瞳に黒目はなく、白く澱んでいた。
「サリューを…あの子を甦らせる方法でも聞きに来たのかい。そりゃ無駄だね、あの子はもう目を開かないさ」
「…姫さまは生き返ったよ、皇子様に口づけされた瞬間にね」
「何だって!」
魔女はそう叫ぶと思わず立ち上がり、抱えていたランプを落とした。
そして数秒沈黙した後、気が抜けた様に座り込んだ。
「そうかい、やはりあの皇子が…。やはり人間の力ではあの男からあの子を守ってあげる事は出来なかった…」
「守る?どういう事だ」
「三文芝居はもう止すとするかね…私は確かに魔女で、サリューの実の母親だよ」
「母親って、お母さん⁉︎…じゃあ姫さまを追い出したのも…」
「ああ、私がした事さ、しかしそれはあの子を守る為だった。あの邪悪な男の手からサリューを遠ざける為だった」
「邪悪な男って誰の事だ」
「お前も会っただろう、皇子の事さ。あの男はただの男じゃない」
「皇子様…皇子様はオラの兄者達を石に変えた。まさか魔法使いなのか?」
「…白雪を匿ってくれたドヴェルグのアンタになら話しても良いかもしれないね」
それから魔女は滔々と語り出した。
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