第4話

「私、この森に初めて来たときはとても恐ろしくて不気味な所だと思ってた。でも今はすごく素敵な場所だって分かった。お花も綺麗だし、動物たちもとっても可愛いんですもの」


小屋近くの泉、午前中の家事が済んだあとはこの場所で昼食を取るのがサリューとドルヴィー二人の日課になっていた。


そこで二人は話し込み、そしてドルヴィーはいつも嬉しそうにサリューを見つめていた。


「ねえ姫さま、オラ幸せだ。オラずっと姫さまと一緒にいたい」


「どうしたの、急に?」


「だってよ、仕事に行ったらオラはゴブリンを殺さなきゃなんねえ。やらなきゃいけねえ事だと分かっていてもすごく嫌なんだ。でもこうして姫さまといると楽しい、好きな人と一緒にいられるのがこんなに楽しいって、初めて知ったんだ」


「そうね…」


サリューは優しく微笑んだ。


しかしその笑みの中にはどこか悲しみが混ざっている様にも感じた。


「姫さまは楽しくない?姫さまは幸せじゃないのか?」


「私は…」


するとサリューの瞳から一筋の涙がこぼれた。


「ああ、ごめんよ姫さま。オラ忘れてた、姫さまがお母さんから意地悪されてここまで来た事忘れていた」


「ううん、いいの」


サリューは涙を拭うとまたドルヴィーに微笑んだ。


「私ね、嬉しいんだ。ドルヴィーも他の小人さん達も優しくしてくれて。でもね、お母様の事を思い出すと悲しくて、怖くて…なんであんな事になっちゃったんだろうって…」


「姫さま…」


「でもね私、諦めてないの。もしかしたらあのときの皇子様がここを見つけてくれて、私を助け出してくれるかもって思っているの」


「皇子様…館から連れ出される前に出会ったっていう皇子様?」


「うん、私と結婚の約束をした皇子様」


「そうか…」


その話を聞いてドルヴィーはやや顔色を曇らせた。


「私ね、ずっと前から運命の人に出会える予感がしてたの。だからやっと会えたと思えた、だけど…」


「でもさ、もしその皇子様が来なかったとしてもオラが姫さまの皇子様になるよ。オラが皇子様になってずっと姫さまを守るよ」


「うん、そうね。ありがとうドルヴィー」



そんな日々が二ヶ月と数日続いた。


長年むさ苦しい男だけだったドヴェルグ達の住処に一輪の華が咲き、その空気は和んでいった。


しかし、ある日の昼過ぎの事である。


「ありゃー、降ってきたよ。姫さま、早く小屋に入って」


「わかった、ドルヴィーも早く」


「うん、切った薪を片付けてからいくよ」


その日、朝のうちは晴れ間が広がっていたが昼になるにつれ雲がかかり、そして次第に小雨が降り始めてきた。


「早く片付けなきゃ薪が湿気っちゃう」


と、そこへ…


「グキキキキ…」


「あれは…ゴブリン!なんでこんな所に」


そこに現れたのは一匹のゴブリンであった。


そしてそれは小さなナイフを握り、木陰の間から不敵にドルヴィーを見つめていた。


「大変だ、姫さまを守らなきゃ」


ドルヴィも斧を構え、震えながらゴブリンを睨みつけたその矢先、


「グゲェ!」


と、ゴブリンは森の奥へと走っていった。


「あ、待て!どこへ行くつもりだ!」


ドルヴィーはゴブリンを追いかけ懸命に走る。


が、しかし一向に距離は縮まらない。


それどころかどんどんと差は広がっていく。


「なんだこのゴブリン、こんなに速い奴は見たことないぞ」


そして遂にドルヴィーはゴブリンを見失ってしまった。


仕方なくゴブリンが走っていった方向まで行くと、そこはあの地底へ続く洞窟の場所であった。


「あのゴブリン、洞窟まで戻っていったのか…?」


辺りには誰の気配もなく、ただ雨の滴る音だけがしていた。


「とにかく中に入ってみよう、もしゴブリンがいなかったら兄者達に相談しなきゃ」


そう言ってドルヴィーは洞窟の中に入っていった。



その頃、小屋の中。


「ドルヴィー、まだ戻らないのかな…」


サリューは一人ドルヴィーを待っていた。


様子を見に行こうかとも思ったが一人で外に出てはいけないとドヴェルグ達から言いつけられていたこともあり、行くに行けずにいた。そこへ…


ドンドン


「ドルヴィー?」


扉を叩く音がし、サリューは思わず戸を開けた。


「え、どなた…?」


そこに現れたのは世にも醜い、やつれた面持ちの老婆であった。


「ヒェヒェ、お前さんこそ誰だね。まだ小人供は戻って来とらんのかね」


「まだですけど、おばあさんは小人さん達のお知り合い?」


「ああそうさね。しかしまいったね、久しぶりに小人共に会ってやろうかと思ったらこんな天気になっちまって。ちょっと雨宿りがてら中で待たせてもらうよ」


そう言うと老婆はサリューを押しのけて小屋の中へ入ってしまった。


「おばあさん、小人さん達とどういうご関係なのですか」


「細かい事を聞く子だね。それよりあんた、これをおあがりよ」


そう言って老婆は懐から真っ赤な林檎を取り出すと、それをサリューに見せた。


それはこの世のものとは思えないくらい鮮烈に赤い、まるで血の様な赤色の林檎であった。


「これは…」


「ヒェヒェヒェ、美味そうだろ。これは世界で一番美味い林檎さ。めったに他人には食わせないんだがね、あんたは特別さ」


その林檎を目にした途端、サリューの瞳はその林檎に釘付けになっていた。


まるで何日も砂漠を彷徨ったときに欲する水の如く、サリューの身体中がその林檎を渇望した。


そして思わず一口…。


ドサッ


サリューが一口その林檎を食べた瞬間、力が抜け、意識は落ち、ふと床に倒れてしまった。


「それで良いんだよ、サリュー」


老婆はそう言うとサリューの優しく頭を撫でた。



「早く、兄者!」


「何が早くだ、おめえ何で姫さまから離れた!」


「だって、ゴブリンが出てきて、それで…」


そのとき、七人のドヴェルグ達は森を走っていた。


ドルヴィーは結局ゴブリンが見つからず、地下深く他のドヴェルグ達がいる地点まで潜ってしまい、そして全員に相談した結果見逃したゴブリンが気になり小屋まで戻る事になったのである。


そして小屋のすぐ先まで辿り着き、そこで…


「あ、何だてめえ!」


と思わずグランビーが叫んだ。


丁度、老婆が小屋から出て来た所に出くわしたのである。


「お主の滲み出るその異様な魔力、まさか…」


長老のドクは瞬時に察した


「魔女じゃな…!」


老婆はドヴェルグ達を見るや血相を変えて逃げ出した。


ドヴェルグ達もこれを追った。


老婆の脚は高齢と思えないほど凄まじく速く、ドヴェルグ達は必死にそれを追いかけた。


しかし、ドルヴィーだけは追いかけなかった。


小屋の中にいるはずのサリューの事が気が気でなく、それどころではなかったのである。


そして小屋の扉を開けるとすぐに倒れているサリューの姿が目に入った。


「姫さま!」


呼びかけにも応えない。


サリューの肌に触るとそれは雪の様に冷たく、そして息がなかった。


「嘘だ、そんな、そんな…」


ドルヴィーはサリューを抱きしめた。

温かくなる様に身体を摩りもした。


「姫さま、姫さま…」


しかし、ドルヴィーにはサリューの身体の冷たさだけが伝わっていた。

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