第3話

翌朝。


サリューは小屋の屋根裏で眠っていた。


ドヴェルグ達は物置になっている屋根裏部屋に急遽ベッドを作り、取り敢えずサリューにはそこで寝てもらう事にしたのである。


夜通し馬で駆け、日中は森を走り続け疲れが溜まっていたサリューは深く深く眠り込んでいた。


「お姫様…」


眠りに沈むサリューの意識の中でそんな声が過った。


そしてその声は何度も何度も頭に響いた。


「お姫様!」


サリューはハッと目を覚ますと屋根裏部屋の出入り口の先からドルヴィーがひょこっと頭を出し、自分を呼んでいる姿が目に入った。


「お姫様、オラ達は出かけるけど、お姫様は小屋の中に居てください。この辺はオラ達の縄張りだから獣や魔物は出ないけど、念の為外には出ないでくださいね」


そう言うとドルヴィーは頭を引っ込め、小屋から出て行った。


サリューは寝惚け眼のままドルヴィーを見送り、そしてまた眠ってしまった。


再び目を覚ました頃にはもうすっかり日が高くなっていた。


サリューはベッドから身体を起こし、屋根裏部屋から降りるとドヴェルグの小屋を見て回った。


その住居空間の散らかり様、汚さは酷く、目を覆いたくなる程であった。


生まれてこの方ずっと家来付きの館住まいだったサリューにとってはまるで異世界か魔窟の様にも思えた。


「よし、やろう」


サリューは部屋の隅に転がっていたホウキを手に取り、掃除に取り掛かった。



そして日も暮れた頃、ドヴェルグ達が帰ってきた。


「おーい姫さま、大人しくしてたか」


ドヴェルグ達が続々と小屋へ入ってくる。


「おい、なんだこりゃ!」


サリューが掃除した小屋の中は埃やゴミなどは綺麗に片付いていたが、家具や物はひっくり返り、手を付ける前よりもかえって乱雑な部屋になっていた。


「ごめんなさい、何か役に立とうと思って掃除をしようとしたのだけど、やり方がよく分からなくて…」


「おう…そうか、まあ良いじゃねえか、これはこれでな」


「それより姫さま、なんか食ったか?この家の食い物は好きに食ってくれて良いんだぜ」


「いいえ、まだ何も」


「そりゃいけねえや、おいドルヴィー」


「うん兄者」


するとドルヴィーは手にいっぱいの果物を抱えサリューの前にやって来た。


「こいつ、姫さまに食わせるんだとか言って仕事そっちのけで果物取りに行ってよ、まあ良かったら食ってくれや」


「そうでしたか、ありがとうドルヴィー」


サリューは果物を一つ受け取って礼を言った。


「えへへ」


ドルヴィーは嬉しそうに微笑んだ。


「そうだ、まだ自己紹介してなかったな、ドルヴィー以外の名前も覚えてくれや」


「ええ、是非」


「それならまず年長のワシからじゃのう」


そう言って前に出て来たのはクロスボウを装備した白髪白髭のドヴェルグであった。


「ワシは皆からドクと呼ばれておる。歳は三百とちょっとじゃ。昔、地下で暮らしていた頃には人間達とも交易していたからのう、人間の世界の事もある程度知っているつもりじゃ。何ぞ分からん事があれば気兼ねなくワシに聞くとええ」


「ありがとう。ドクね、よろしく」


「次は俺だ」


次に前に出たのは鉄槌を装備した黒く太い眉毛を蓄えた鋭い眼光のドヴェルグ。


「俺の名前はグランピー。歳は二百四十だ。もしこの中に気に入らない奴がいればいつでも言ってくれ、俺がぶん殴ってやるからよ」


「…そ、そう。グランピー、よろしく」


次に出て来たのは大鎌を装備し、妙に引きつった笑顔のドヴェルグ。


「俺はハッピー。歳は百九十二。ヘヘヘ、姫さまが家に来てくれてよ、なんだか知らんが良い予感がするんだ。何だとんでもない事が起こりそうな予感がよ」


「よろしくね、ハッピー」


次に出て来たのは二つのダガーを装備し、両目を閉じたドヴェルグ。


「私の名前はスリーピー。歳は百八十五。見ての通りめくらだ。昔、俺たちの仲間だった男から呪いをかけられてな、身体は何とか無事だったんだが目だけが石にされちまった。しかし長年暗闇で仕事をしていたから目が見えなくとも十分動けるのさ、だから気にしないでくれよ」


「わかったわ、スリーピー」


次に出て来たのは長剣を装備した赤面のドヴェルグ。


「俺はバッシュフル。歳は百二十七。俺は元々体温が高くてよ、この赤い顔も生まれつきなんだ。身体の熱は上げようと思えば百度以上上げる事も出来るぜ。火をおこすのだって口笛を吹けば一瞬さ。火傷しない様に気をつけてくれよ」


「よろしく、バッシュフル」


次に出て来たのは槍を装備した、この七人の中で最も毛深いドヴェルグ。


「俺はスニージー。歳は九十六だ。俺は他人よりくしゃみの勢いがデカくてな、一回するだけでこんなチンケな小屋は簡単にぶっ飛ばしちまう。だから鼻をくすぐるのだけはよしてくれよな」


「スニージー、よろしく」


「最後はオラだ」


そう言って出て来たのは鎖付き斧を装備した髭無しのドヴェルグ。


「オラの名前はドルヴィーだ。歳は三十だ。オラは…他の兄者と違ってなんにも出来ないけど、でも、でも…オラ姫さまの事が好きだ」


ドルヴィーは眼を輝かせながら言った。


「馬鹿タレ、何言ってやがる!」


するとグランピーがドルヴィの頭をゴツンと殴った。


「痛えよ兄者、何すんだよ…」


「俺たちドヴェルグと姫さまは種族も違えば身分も違う、そんな事軽々しく言うもんじゃねえ」


「いいのよグランピー。私、嬉しいから」


ドルヴィーは殴られた頭をさすりながらサリューを見た。


生まれて初めて出会ったその人間の女は、まるで女神の様に見えた。


「ところで小人さん達が行っていたお仕事って一体何なのですか?」


「ゴブリン退治さ」


と、グランビーは言った。


「ゴブリン?」


「ああ、俺たちの故郷を荒らす邪悪な魔物さ。昔はダイヤやエメラルド、金や銀なんかを採掘するのが俺たち仕事だったんだがな、今は何よりも先にゴブリンを退治しなきゃならねえ」


「だから武器を…」


「そうだ、だが俺たちは敵意のない人間は決して傷つけねえ。殺すのは魔性のものだけだ。ゴブリンや魔物や悪魔や、魔女なんかな」


「魔女…」


サリューの顔は急に青ざめていった。


魔女という言葉を聞いた瞬間ふと自分を追い出した母親の姿を思い浮かべていた。


「…ねえ小人さん達、もしも魔女がここにやって来たとしたら、そのときは殺さないであげて。せめて、せめて追い返すだけにしてね」


「?」


「…ごめんなさい、私、今日はもう休まさせてください。明日はちゃんとお掃除しますから」


そう言うとサリューは屋根裏部屋へと登っていった。


「なんだい姫さま、急に元気がなくなった様だが」


「慣れない掃除なんかして疲れたのだろう」


「仕方あるまい、今までお姫様だったんだ」


「そうじゃのう…おう、そうじゃドルヴィー、お主明日からこう致すのはどうかの…」



その翌朝。


昨日より早く起きたサリューは七人のドヴェルグ達と朝食を食べ、彼らが仕事に向かう姿を見送った。しかし…


「あれ、ドルヴィーは行かないの?」


「うん、オラ仕事では役に立たないから今日からお姫様を手伝ってやれって、兄者達に言われたんだ。だから今日からオラはお姫様と一緒だ」


「そうなんだ、じゃあ一緒にお掃除しましょうか」


それからサリューとドルヴィーは昨日の掃除の続きをした。


小屋の住人ドルヴィーの手助けもあり、昨日と違いみるみる片付いた。


そして次の日は裁縫、また次の日は洗濯、次の日は果物取りに。


日中、他のドヴェルグ達が出かけたあと二人はいつも一緒に行動する様になった。

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