化族

梦吊伽

第1話 ぼくと家族

 ぼくは4歳で、幼稚園生。

 夢見幼稚園に通っていてあそこは家から遠いところにあるので毎日朝早く家を出る。だから、早起きをしなければいけない。

 幼稚園には母の日と父の日があって、父の日はちょうど一昨日あった。午後からそれぞれのお父さんがやってきて、似顔絵を描いて、完成した絵は夏休みまで壁に貼られる。そのあとに特別なお遊戯会がある。お父さんの足の上に自分の足を乗せてダンスを踊る。これがぼくはすごく楽しくて、大好きで、でも幼稚園では踊れなかった。

 家で踊ることになった。幼稚園のフローリングの上ではなかったけれど、水彩絵具と油粘土の独特のにおいもしなかったけれど、お父さんの足の甲はフカフカで温かかった。

 ぼくのお父さんは幼稚園に来れなかった。来させてもらえなかったというのが正しいと思う。お迎えはお父さんが来るのだけど先生たちはいつもすごく嫌がっているから、そうなんだと思う。すごく背が高いから怖くて手が出せないんだ。

 夕食には、鶏肉をグリルで焼いたものと、ひじきの煮物に白米と味噌汁、オレンジジュース、それにポテトサラダが小皿に山盛りに置かれていた。

 お母さんの作ったポテトサラダはママが作ったものと味が全然違う。お母さんの作るポテトサラダは口に入れるとふわふわしていて量も多くて、ビチャビチャしていない。酸っぱくもないし、マヨネーズもたくさん入っている。たまに潰しそこなったじゃがいもの欠片がごろっと入っていてにんじんやきゅうり以外にも余り物がある日はゆで卵を細かく刻んだものやハムを小さく切ったものが入っていることもある。

 ママの作った料理はどれもあまり美味しいとは言い難かったが、お母さんが忙しくてコンビニで惣菜を買ってきた日、いままでのそれは惣菜の味だったのだとわかった。

「れん、明日はお父さんは用事ができてしまってね。お迎えはおばあちゃんが行ってくれることになっているから心配しなくていいよ」

 お父さんはぼくに優しく言う。ぼくはパパを知らなかったからパパのような存在がこんなに優しいなんてことも知らなかった。

「明日はおばあちゃんが行くから、よろしくね、れん」

 隣でおばあちゃんがくしゃくしゃの笑顔をこちらに向ける。ぼくは笑ってそれに頷く。

 幾重にも深く刻み込まれた皺、歪んだ口元から覗く黄ばんだ小さな歯、優しそうに細められた目元。おばあちゃんというのはこうでなければ。ママのお母さんにはそういうものが欠落していた。僕の知っていたあの人はおばあちゃんではなかったんだ。


 おばあちゃんの体はお父さんのように大きくない、お母さんよりも小さい、ちょうど幼稚園の先生たちと同じくらいだ。

 一人の先生が迎えにやってきたおばあちゃんの背中を箒で強く叩いた。

「…アンタら、気持ち悪いんだよ」

「…え?」

 おばあちゃんが小さく呟いて振り返った、その顔を先生がもう一度箒で殴った。

「アッ」

 おばあちゃんが驚いて声を上げる。顔から抜け落ちた毛が数本床に散らばった。

「れん、大丈夫だからね」

 毛だらけの黒い体が覆いかぶさってくる。僕を正面から抱きしめるとその後ろからはバサバサとさっきの箒や新聞紙を丸めたものの影が見えた。

「キショいの!!どっか行ってよ」

「園長に言われてるの、早く追い出せって」

「もう来んなよッ!!出てけよッ!!」

「バケモノ一家ッッ!!」

 化け物。

 ママも最期にそんなことを言っていたな、この人たちにとっては僕も化け物だろうか。

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