第45話:降り注ぐ星の下で
”まだ我の邪魔をするか!! アウローラァァァァ!!”
”いいえ、今度は……私ではなく……この大陸に暮らす者達のために……!”
虹龍の長大な身体が巻き付き、古炎龍の動きが止まる。
強烈な思念がぶつかり合い、猛烈な魔力が大地を揺らし。
「やっと成体になったか! 久しぶりだなクソガキ!」
「前は勝てなくて、悪かった」
”タルヴォさん! テンキさん!”
二頭の上から黄金の
操縦室からエルクが飛び出すと、巨大な手のひらからヴァネッサを引きずり出した。
「ヴァネッサ、無事ですか!?」
「わたくしの扱いに!! 色々と付けたい文句はありますが!! 無事ですのよッッッ!!」
本当に死ぬところだったと、ぜぇぜぇと息をした彼女は、とりあえずエルクを一発殴る。
大人しく殴られた彼は大きなたんこぶを擦って、安心したようにため息をついた。
「いてて……良かったぁ……」
良かったじゃあないんですけどねぇ。と笑って。
彼女はエルクに向かってすっと手を差し出すと、もう片方の手で
「さ、終わりにしましょっか。ほら、わたくしの手を取って」
「僕もですか?」
エルクの目が点になって。なんで自分がと指をさす。
そんな彼にヴァネッサはもう一度笑いかけて、柔らかな声で促した。
「貴方も、ソルスキア家の一員でしてよ?」
「……はい!!」
力強く手を取った彼を抱き寄せて。
彼女は頭に浮かんでくる不思議な呪文を、流れるように歌い出す。
「眠れ眠れ古代の龍、永久の微睡みがその敵意を溶かすまで……」
すると暖かな虹色の光が、歌に合わせて笛から流れ出た。
段々とそれは広がっていき、やがてオイドマ・フォティアの身体を包み込むように。
大きな虹の輪っかが幾重にも重なり、狭まっていく。
”やめ、やめろ……”
狼狽する古炎龍が必死に炎を出そうとしても、アウローラと
悲鳴のような咆哮と、心からの悲しみとともに弱まっていく思念を聞いて、ヴァネッサの頬を一筋の涙が伝った。
「……わたくしたちと相容れないだけで、封印をするのは申し訳なく思いますわ。それでも、貴方が人間やエルフや鬼達と歩みたいと思えば、きっとその時、この魔法は解けるでしょう」
そして、穏やかに謝り、龍の頬を撫でると。
”……アス……テリアと……”
「おやすみなさい、オイドマ・フォティア。孤独に揺らぐ炎の龍……」
”……同じ……事を……”
その巨躯が、眠りに落ちるように丸まって、崩れ落ちた。
――
「大きくなったなぁ、アウローラ……もうこいつに乗るのは無理そうだね」
”私、人間に擬態できるようになったんです。また、乗せてくださいね”
「前みたいに、そこら中転がって泣くなよ?」
”まぁ! そんな事はもうありませんよ!”
崩れ落ちたオイドマ・フォティアを優しく降ろし。
丸まって眠る山のような図体を背に、ヴァネッサとエルクは降り立った。
懐かしそうに言葉を交わす虹龍と
二人は感慨深げに、自分たちの成し遂げた成果を眺めていた。
「なんだか、楽しそうですわねぇ」
「大昔の知り合い、と言うよりはお友達ですかね?」
「色々あるんでしょうよ。詮索するのは野暮ってもんですわ」
「ですね。僕たちはあっちに行きましょうか」
振り返ったエルクの視線の先には、人間とエルフと鬼の連合軍が勝利に沸いていた。
いつの間にか脱出していたヘクトルとアルゲニブが胴上げされて、何度も宙を舞い。
港から駆けつけてきたマルカブや、アディル村の
「おーい、ヴァネッサちゃん!! エルク少年!! 今日は宴会だぞ!!」
遠くの方で国王自ら大きく手を振って出迎え、二人は一度顔を見合わせて。
「お酒、飲んでも構いませんわよね?」
「程々に、ですよ」
走って合流すると、戦勝に湧く輪の真ん中で。
二人揃って、何度も何度も宙を舞った。
――その夜
「うげぇぇぇぇぇ……飲みすぎましたの……」
「ほんと何やってるんですかね。落ちないでくださいよ」
晴れ渡った空の下、深夜まで続いた大宴会が終わり。
力尽きた軍人たちがその辺で酔いつぶれているのを尻目に。
少し風を浴びたいと言うヴァネッサと二人、座り込んだまま動きを止めた
「すっごい星空……」
思わず声を漏らし、眠る古炎龍に降り注ぐ星の光を眺めるエルクの横で。
彼女がおもむろに、
「今日は一服する暇もなかったですわねぇ」
そう言って、丸めたタバコを詰め込んで。
小さな魔法の火をつけると、大きく吸った。
「はぁ~~~~」
「……ふふっ」
美味しそうに吸う彼女の横顔に、エルクは微笑む。
なんとなく懐かしい安煙草の香り。
一緒に座り込むと、酒と煙草と、ヴァネッサの甘い匂い。
「それ、もう魔力ないみたいですね」
「ただの煙管でいいんですのよ。わたくしは、そう教えられてきましたし」
ぷかぷかと煙で輪を作って、改めて
もうこれは必要のないものかなと。でも、一応家宝だしなぁと。
まぁこれからは、ただの喫煙具として使わせてもらおうかしら。
なんて考えていると、肩にぽふっと、彼の頭がぶつかった。
「ありがとうございました。エリトリアを救ってくれて」
「え? なんですの改まっちゃって?」
「いや、なんとなく……言いたくなっただけで」
「変なエルクですわねぇ。わたくしだって、もうこの国の住民ですわ」
母と再会させてくれて。一緒にいてくれて。故郷を護ってくれてありがとうと。
色んな気持ちを込めてエルクは言ったが、ヴァネッサはそれが当然だと返す。
照れくさくてぽりぽりと頬を掻いていると、彼女は続けた。
「もう奴隷じゃなくなりますし……妻として。こう……死が二人を分かつまで、ってやつですの? よろしくお願いしますわね」
「死んだ程度で終わりたくないですよ」
今度は彼女が照れくさそうに、ぷかぷかと煙を吐いた。
ぎゅっと抱きしめると、彼は口をとがらせて。
二人は自然と笑っていた。
「まぁ、それは同意ですの。……愛してましてよ」
「僕も、愛してます」
そしてもう一度、今度はしっかりと抱き合うと。
強く強く、唇を重ねた。
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