第32話:依頼の中身
河をさかのぼる魔法船に揺られて数日。
一人部屋の船旅は少し寂しいなと思いつつ、三銃士と戯れながら時間を潰す。
一等船室の個室で久々に優雅な時を過ごす彼女は、暇そうに呟いた。
「エルクとアウローラ、ちゃんと来るのかしら……」
コンコンとノックの音がして扉が開く。
肩に大きな極楽鳥を乗せたマルカブが入ってきた。
彼は大きくため息をつくと、手紙を渡す。
「誘拐だと思い込んだ二人が、私の遣いを随分痛めつけてくれたようでな。二日ほど遅れて船に乗ったと、今しがた連絡が来た」
「あの二人と戦ったんですの!? えぇと、無事だったのですか?」
エルクもかなり強いけれど、アウローラなんて規格外なのに戦って生きているのだろうか。
二人が自分のために怒ったことに喜びつつ、彼女は遣いの人が心配で聞いた。
「ボコボコにされたらしい。強い戦士だな彼は……あとアウローラと言ったか。あの結界術士も信じられないほど強かった上に、治癒魔法か何かを使って一瞬で皆の傷を治したと聞いているが……君の連れは何者なんだね」
「あはは……ま、まぁノーコメントですわ」
一応うちの部下は、エリトリア軍のエリートなんだがねぇ。と目を伏せて、マルカブは悲しそうに聞く。
そんな彼に愛想笑いで返して、ヴァネッサは話題を変えた。
「それより、そろそろアルゲニブ陛下がわたくしを呼んだ理由をお聞かせ願えませんの?」
「それについては、この国の歴史からだな。君は王国の出身だろう? それなら、あそこは虹龍がかつて守護していた大陸だと聞いているかもしれない」
マルカブはそう言って、歴史を語る。
かつて世界の大陸それぞれを縄張りとした七匹の古龍たち。王国のある、世界で最も大きな大陸では虹龍シャスマティスが、人間……ソルスキア家の勇者に力を貸して魔獣達を退け、のんびりと暮らしていた。
そしてこのエリトリア大陸では。
「古炎龍オイドマ・フォティア。それがこの大陸の支配者でな。この国の魔獣と人間がそこそこ仲良くやれているのは、ある意味奴のお陰なんだ」
「ふむふむ。初耳ですわね」
ふんふんと頷いて聞くヴァネッサは、虹龍が自分の先祖に力を貸したことは知っているが、エリトリアや他の大陸にも古龍がいるとは知らなかった。
それを突くと、彼はやれやれと首を振る。
「公にしたら観光客が来ないからな。それに古龍の話は、エルフの古代遺跡から見つけたものだよ。そっちの王国に遺っていないのも無理はない」
古びた本を懐から取り出して、ヴァネッサが見たこともない文字をなぞる。
解読された古文書の写しの内容を、彼が説明した。
「かつてこの大陸に居た、強力な魔獣や亜人を全て食らい付くしたらしい。そして眠りについて、そのあと我々人間が住み着いたことになるんだが……二十年ほど前に目覚めてな」
「なるほど。でも、まだ普通に人間が暮らしてますわよね」
目覚めたと聞いて、ヴァネッサは首を傾げる。
彼女の不思議そうな顔に、マルカブは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
「その時は母上、アステリア様が封印したのだ。それが奴の気に召さなかったようで、人間という種を滅ぼそうと、封印を破ろうと暴れている。今のところは抑えているが、1024層の多重封印のうち953層まで破られたから、もう後が無い」
「アステリア様って史上最高の偉大な魔法使いですわよね? 王国でも聞くレベルですわよ」
その通りだ、と彼は俯いて。
そして諦めたような顔でため息をつくと、ヴァネッサへの依頼に踏み込んだ。
「母上が亡くなり、これ以上の封印は無理だと判断してな。
「……なんか大体わかりましたけど、わたくしがそれってことですの?」
困ったように眉尻を下げるヴァネッサの前に、マルカブは床に手をついて。
額を擦り付けると、涙で滲む声で。
「我々としては、もうどうしようもない。頼む、この通りだ」
全身全霊の懇願をされて、彼女は少し目を瞑ると。
金のためだけではなく、エルクの地元を守るために。せっかくたどり着いた新天地のために。
やろう。と決めて、キリッと目を開く。
「分かりましたわ。仲良くなった人たちも、たくさんいますし」
「ありがとう、ありがとうヴァネッサ殿……!!」
顔を上げ、ぱぁっと明るい表情の彼が、縋り付くように泣き崩れた。
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