第31話:夏祭り未遂
短い雨季が終わり、アディル村には再び活気が戻ってきた。
季節の変わり目のお祝いということで、海岸では
ヴァネッサも勿論手伝いに来ていて、アウローラと一緒に設営が終わったところ。
食材や氷の配達に駆け回るエルクを置いて、二人は少し食事をしようとしていた。
「食材を運んできましたよヴァネッサ。早くバーベキューをしましょう!」
「では……アトス! 火魔法を!!」
「いくよ!」
生肉や野菜を持ってきて、わくわくとした様子のアウローラの横で。
ヴァネッサの周りを飛ぶ使い魔の一匹が、口から小さな炎を吐いた。
瞬間、かまどに盛られた薪に火が点いて。その上に置かれた鉄の網が温まっていく。
「おお! じゃあ早速……」
「お皿忘れてますのよアウローラ。取りに行ってきますわね~」
「どうぞ、私は焼いておきますので!」
早速せかせかと肉を並べ始めるアウローラ。
ヴァネッサもちょっと食べようかなと、皿を取りに行ったところ。
「順調そうね。ヴァネッサちゃん」
「ライラさん! 来てましたのね」
「村長なんだからそりゃそうよ。ついでにこれ、今月の返済明細渡しとくわね」
エルクの母親で、このアディル村の村長ライラはペラっと紙切れを渡す。
それに書かれた数字を読んで、彼女はため息をついた。
「あと金貨9995枚……月あたり金貨一枚ペース……いつになったら終われますかねぇ……」
「結構いいペースだと思うけれど。あのレース事業は悪くないと思うわ」
村長は冷静に頷く。ヴァネッサの経営センスはともかく、着眼点は悪くないなと感じていて。
成長する要素も結構あるし、何年かしてそこそこ大きくなったら事業ごと買い取って返済終わりにしてあげようかなと。
父とは随分違うなと、それなりに見直していた彼女は、微笑んで言葉を続けた。
「まぁ、頑張んなさい。エルクとかアウローラちゃんとか、組合の皆とか。周りに支えられていることは忘れちゃ駄目よ」
「勿論ですわ。……必ず返しますので、すみませんがお待ち下さい」
「ええ。期待しているわ」
そして軽く激励して背を向ける母の向こうから。
同じく皿を取りに来た初老の男が手を振った。
「いやー、雨季が終ったねぇ。これからまた仕事の日々で悪いんだけど、頑張ろう」
「ですわね! 来年にはレースももっと大きくできると思いますわ」
彼はにこにこと愛想よく挨拶をして、ヴァネッサも笑顔で返す。
暫く世間話をしていると、彼女の後ろに隠れていた子ザメが顔を出した。
「お腹すいたよ!」「ごはんまだ?」「アウローラが待ってる!」
「あら、お腹すいたんですわね。じゃあ所長、すみませんが一旦戻りますわ」
所長も彼女が魔獣と会話していることに驚きはしないが、話している魔獣に心当たりがなく。
この村どころか、この国で今までこんな魔獣を見たことがあったかなと首を傾げた。
「ん? どこからそんな魔獣連れてきたんだい? 私でも見たことがないな」
「あはは……たまたま散歩してたら見つけまして……図鑑にもなかったので使役(テイム)してみたのですわ」
そんな所長に、彼女は苦笑いで返す。
どこにでもついてくる彼らのことを、偶然捕まえたと言い訳を見繕う彼女。
彼は彼女の周りを飛ぶ三銃士をしげしげと眺めて、興味深そうに言った。
「
「本部って、エリトリア王都にあるんですのよね?」
「そうだよ。交通費はこっちで出すから心配しなくていいんだけど。幸い君の稼ぎで予算は余裕あってね」
彼は愉快そうに笑って、船の手配は任せておけと胸を張る。
一方のヴァネッサは微妙な顔で言葉を返した。
「うーん、王都ですのねぇ……」
「何かあるのかい?」
まだ公爵だった頃、第一王子として会談に来ていたアルゲニブ現国王と会ったことがある。
ただその彼に、結構な高値でガラクタを売りつけた以外にいい思い出がない彼女は、若干顔を歪めた。
「マルカブ殿下は良いお方なんですけどねぇ……」
「そうだねぇ。彼はいい人だし……って、王族の方に会ったことがあるみたいな口ぶりだね?」
心から嫌そうな顔をして言葉を濁すヴァネッサ。
所長はその顔に、何か違和感を覚えて問うと、彼女はわたわたと手を振って。
「い、いや、そんなことはなくてよ? だいたい外国人の奴隷が王族になんてそんな恐れ多いことは……」
そして誤魔化そうとしていると、後ろから肩を叩かれた。
「ちょうど私の話をしていたようで、奇遇だなヴァネッサ殿。頼みがある」
「……マルカブ殿下。彼女はまだ早いですよ」
「人前で殿下と呼ぶんじゃない!」
ああ、アレか。と所長がため息をついて咎めると。
子供っぽく怒るマルカブ王子は一度咳払いして、真剣な声で続ける。
「おほん……急を要するのでな。ヴァネッサ殿、国王陛下が貴殿をお呼びだ。組合としても貴殿への要請は避けたかったのだが……いよいよ陛下から呼ばれた以上は、無理にでも連れて行かなくてはならない」
アルゲニブと会いたくないなぁ……という気持ちしかなく。
本当に嫌なのだが、仕方ないとばかりに俯いた彼女に、王子は苦笑いを浮かべて言った。
「この仕事の成功報酬は金貨10000枚。三代は遊び暮らせるぞ」
「行きますの」
あ、ツケ全部返せる。
ヴァネッサはうっかり即答して、そのまま手を引かれていった。
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