第28話:悪魔デュランダル

「従いなさい!! デュランダル!!」


 やはり、ヘクトルはこの悪魔デーモンに操られていたのか。

 ヴァネッサはすぐに頭を整理して、エルクを抱きかかえて。

 魔獣相手なら、支配の笛ドミナートルの力で操ることができると向けると、甲高い音が鳴った。


「五百年前と同じ手は食わねぇんだよなぁ! そいつは同族を操れないからなぁぁぁ!!」


 巨大なリヴァイアサンやクラーケンすら操ってみせる、支配の笛の音色を振り払って。

 人間の身体を奪った悪魔は勝利を確信した声で叫ぶ。


「くっ……ヘクトルを返しなさい!!」


「嫌だね! やっと貰った身体なんだから!」


「誰もお前なんかに譲ってないでしょうに!!」


 ムカつく、けれどペースに乗ってはいけない。

 集中力を研ぎ澄まして、呼べる魔獣を思い出す。

 夕暮れの海岸、すぐそこにはレース会場。

 アウローラがまだ寝込んでいるなら、幽霊鮫たちが泳いでいるはず。


「いますわね! アトス、ポルトス、アラミス! ご飯でしてよ!!」


 楽しそうに泳いでいる気配を感じて。

 自分で名付けた三銃士に支配の笛を向ける。

 元気よく飛び出した彼らが、デュランダルの魔力を探知して飛びかかった。


「ごはんだ!!」「たくさんある!!」「にんげん、ありがとう!!」


「うぉっ!? こいつらっっ……俺の魔力を吸いやがって……っっ!!」


 悪魔が腕をふるって払おうとしても、半幽体の身体に空を切る。

 本能のまま魔力を吸い続ける幽霊鮫に、彼は激高した。


「邪魔だザコがぁぁぁ!!」


 一気に食べ切れない量の魔力を流し込まれ、お腹を膨らませた子ザメが目を回す。

 その間に茂みに隠れたヴァネッサが、樹の上を見た。


「よし……!! 次は、極楽鳥ですわ!」


 夕暮れから夜に咲く月光花の蜜に群がる極楽鳥へ、支配の笛を向ける。

 操られた鳥の群れは彼女の思い通りに、悪魔の頭の上に群がって。


「クッソ。無駄な魔力を浪費させられたか……あいつら、絶対食ってやる……!!」


 怒りに燃える悪魔が、二人を探そうと顔を上げた瞬間に。


「いってぇぇぇぇぇぇ!!」


 ぶんぶんと飛び回り、細い嘴が目や鼻に襲いかかった。

 悪魔が顔中をつつかれて混乱している間に、茂みに隠れたヴァネッサは必死に呼びかける。

 エルクの頬をぺちぺちと叩いて、耳元で叫んだ。


「エルク! 起きて!」


「…………はい」


「起きましたわね、あれ!!」


「あの化け物を倒せばいいんですね?」


「お願いしますわ!!」


 彼女の腕の中で、少年は目を覚ます。

 そして彼女が指差す方を見て、ヘクトルの魔力を感じる。

 魔力を出しているだろう、見たこともない真っ黒な魔獣が鳥にたかられている。

 それ以上の説明はもう、彼には必要なかった。


「さっきはよくもやってくれたな!! テメェこの野郎!!」

 

「なんだガキのほうか。ちょうどいい、腹減ってんだ」


 こいつが、さっき負けた奴の正体だ。と瞬時に結びつけて、怒りが沸騰する。

 無意識のうちに氷の呪文が口から流れ出て、彼の足元に霜が降りていく。


「八の八!! へし折れろ紅蓮の花!! 我が前に凍り砕けろ!! 地獄に堕ちろクソ野郎!!」


 エルクの使える最大の氷魔法。

 詠唱中ですらバキバキと強烈な音を立てて周囲が凍り、海の波すら形を保つ。

 その様子に、悪魔は軽く手を叩いて喜んだ。


「おほー。いい魂だ! 美味そうだな、先にお前を食おう!!」


 そう言って、左の手のひらに右手を当てて。


「我が名を冠する忌まわしき宝剣、デュランダルよ!! あの魂を食らいつくせ!!」


 自らを封印していた宝剣デュランダルを引き抜くと、エルクに向かってまっすぐに構える。

 瞬間、エルクの怒りの魔法が炸裂した。


「俺のヴァネッサに手ェ出しやがって!! マカハドマァァァァァァァ!!」


「うぉぉぉぉ!?」


 や、ヤバいかも……と悪魔の額に冷や汗が流れる。

 ヘクトルに極力怪我を負わせないように追い払おうと手加減していた時を、彼の本気だと勘違いしていた悪魔。

 猛吹雪の圧力にだんだんと剣が凍り始め、エルクの魔法が強すぎて明らかに魂を喰らえていないと理解する。


「凍り付けや角猿がァァァァァァァ!!」


「マズい……逃げて立て直しを……」


 一度逃げて、いくらか魂を食えば全盛期の力が戻るはず。

 それならこんなガキの一匹や二匹……と頭を回して、後ずさろうとして。


「アウローラ!! あいつ!! あいつですわ!!」


「まぁ! 悪魔なんてまだいたのですね!?」


 視界の端に、はるか昔封印される前に見た天敵が見えた。

 しかもその天敵は、よだれを垂らして自分を見ている。


「こ、こここここここ虹龍、どうしてこんなとこに……」


「悪魔は食べたことがないんですよ。どんな味がするんでしょう?」


「お前らドラゴンのが俺らよりよっぽど悪魔だよ!?」


 慌てて翼をはためかせると、がっちりと脚が凍っていることに気づく。

 一度ぶった切って再生させればと思いつく前に、アウローラが擬態を解いて。


”いただきます”


「嘘だろ? やっと出られたのに……」


 天に届くほど巨大な口が、デュランダルの視界を覆い尽くした。

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