第26話:邪魔者

「ただいま帰りました~って、あらあら」


 ライラのところで酒盛りをしていたアウローラが帰ってきて、ベッドの上で仲良く眠る二人の姿に思わず微笑む。

 彼女は二人の顔を交互に見てしばらく、溢れ出てくる幸せな心に酔いしれて。


つがいっていいですねぇ。こっちまで幸せな気持ちになります」


 小さくつぶやくと、手土産のワインをきゅっと開けて、一気にぐいっと飲み干し。


「あぁ~お酒、これはこれは素晴らしい……」


 目を閉じてぷかぷかと宙に浮かぶと、すぐに寝息を立て始めた。



――



 翌日、日が天高く昇った頃。

 幽霊鮫レースの会場で、真っ青な顔をして券を売るアウローラのところに、リヴァイアサンウォッチングを終えたヴァネッサが戻ってきた。


「……やっぱり駄目じゃないですの」


「お酒は、危険なものかもしれません……」


 起きた時、どこからどう見ても二日酔いの症状すべてが出ていたアウローラ。

 とりあえず先程なんとか仕事には来たようだが、やっぱり駄目だった様子で。


「アウローラちゃん、水飲む? 背中さすろうか?」


「椅子持ってきたから座りなよ。傘も借りてきたし」


「ほら、好物のオレンジジュースも持ってきたからさ」


 彼女目当てに良く手伝いに来る、操者テイマーの男共から下心丸出しの心配をされていた。


「先輩方、ナンパするのはビーチのお客だけにして貰えるかしら? あと仕事して下さる?」


 そんな男たちを適当に追い払って、ヴァネッサはため息をつき。

 アウローラの背びれあたりを優しく擦る。


「吐いてくるのをオススメしましてよ。一度帰って、夕方の結界張りまで休んでてくださいな」


「そうさせてもらいます……うぷっ」


 まぁ二日酔いなら自分にも覚えはあるけれど。

 夕方まで休めば良くなるだろうと、ヴァネッサは考えて一旦帰宅させて。


「じゃあ先輩方。午後のリヴァイアサンウォッチングはわたくしが引き受けますので、こっちはよろしくお願いしますわ」


「あいよ。いつも悪いなヴァネッサ、給料変わんないのに」


「いえいえですのよ。お給料貰って勉強できるのは助かりますわ」


「やっぱ天才は言うこと違うなぁ」


 手伝いの男たちに仕事を任せようとした時。


”いた。いた。みつけた。みつけた”


 急に村の方を振り向いた一人。

 彼が暫く辺りを見回して、首を傾げた。


「あれ、なんか今変な魔獣モンスターの気配がしなかったか?」


「その辺にいくらでも居ますわよ?」


「そりゃそうだけど、魔獣……かなアレ? なんか妙な感じがしたんだが……」


「怖いこと言わないで下さいまし。いつもの海ですのに」


 釈然としない様子の男に、ヴァネッサは苦笑いで返して。

 とりあえずもうすぐ始まるリヴァイアサンウォッチングに向かって、てくてくと歩いていった。



――



 その頃。氷術士フロストマスターとしての仕事を終えたエルク。

 漁港からビーチに向かって、ぶつぶつとぼやきながら走っている。


「アウローラさんが二日酔いだから、手伝いに行かないと行けないのに。ったくあのクソボケが配送用の氷ぶちまけやがって……アレ作んの何時間かかると思ってんだよ……」


 珍しく仕事の悪態をつきながら沖の方を見ると、ヴァネッサによるリヴァイアサンの使役テイムが見える。

 巨大な魔獣を操って船の間近に波しぶきを立てさせたり、天高くジャンプさせてみたり。

 遠見の魔法でそれを見るビーチの観光客も、大人気となった彼女のショーに歓声を送っていた。


「すっかりアディル村の人気者で嬉しい限り……おっと!! す、すみません!」


 この調子で行けば、きっとツケも払って結婚できるなと。

 エルクが思わず顔がほころんだ瞬間、誰かとぶつかった。

 慌てて立ち上がり、ぶつかった相手に謝罪すると。


「……エエエルククク。き貴殿か」


「ヘクトル殿下! 申し訳ありません、お怪我はないですか!?」


「だだ大丈夫だ。ままだこの身体がな馴染んでいなくてな」


 尻もちをついたヘクトルが、震える声で立ち上がる。

 彼の言葉に、エルクは目を点にした。


「……え? 身体が馴染む? 殿下?」


「失礼した。一ヶ月もかかるとは思わなくてな。見苦しいところを見せてしまったようだ」


 ヘクトル? はコキコキと首を鳴らし、柔軟体操のように自分の身体を確かめて。

 心底嬉しそうに顔を歪めた。


「ふふっ、封印されて五百年……やっとソルスキアの血族に、あの虹龍に復讐できる……!!」


 なるほど。とエルクの理解が追いついてきた。

 王子の中に入った何者かが、ヴァネッサと支配の笛ドミナートルを狙っていたのだと結論付けて、魔法を唱える構えをとる。


「あぁ、ヴァネッサを探していたのは殿下ではなくて……テメェだったのかよ」


「死刑にして奪うつもりだったのに勝手に追放しやがったから、少し苦労したがな」


 とんとんと軽くジャンプして、ヘクトルのようなものはその手をエルクに向ける。

 じくじくとした瘴気が溢れ、土の道路を焦がすように蒸気が上がった。


「さて、クソ人間どもの国を奪う前の、準備運動と行こうじゃあないか。あの龍の力で、今度は俺が魔獣も人間も使ってやるよ」


「寝言は寝て言えよボケ。殿下に身体を返しやがれ」


 いつも帯剣していたほうが良かったな。

 そう思いつつ、エルクは冷や汗を拭い、呪文を唱え始めた。

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