第12話:リヴァイアサンウォッチング
おぼろげな記憶の中にある、そのまま。
砂浜を見下ろす、丸太造りの小さな一軒家は、貴族向けの高級別荘地の端に建つ。
綺麗に手入れされ、埃一つ無い家の中を見て、二人はため息をついた。
「直してない、なんて嘘ついちゃって……」
「……母さん、そういうとこあるんで」
「親子ですわねぇ」
しみじみとヴァネッサがつぶやくと、エルクは若干顔を赤くする。
そして彼女はとりあえず、窓際に置かれたベッドに腰掛けた。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!!! ふかふか!! ふかふかですわ!!!!」
尻に伝わる柔らかな感触。
久しぶりに味わう弾力に、彼女は何度も飛び跳ねる。
荷ほどきをしていた彼は、そんな彼女を呆れた目で見た。
「何やってるんですか。それはそうと、ここでならやっと落ち着いて話せますよね」
「
「はい。使い道考えて、安全に使えればなって」
「できればこいつでお金を稼いでライラさんへのツケを完済したいですし、いざとなったらヘクトルから逃げる資金も欲しいですわねぇ……」
まぁそもそもツケ自体が天文学的な額だけれど。何より、自分で稼げるようになってエルクに楽させたい。とまでは恥ずかしくて口に出さないものの。
船の中で暴走して、クラーケンなんか呼び寄せちゃったしと一度肩を落とした。
やっぱり封印して、エルクと二人地道に、静かに暮らしたほうがいいのかしらと考え直して、窓の外を見ると。
「…………エルク。ちょっと市場調査をしにいきましょう」
遠くの方で、リヴァイアサンが天高くジャンプしているのが見えて。
彼女の頭に電流が走った。
「なんのです?」
「リヴァイアサンウォッチングですのよ! これは絶対儲かりますわ!!」
――
「うひゃあああああ!!! すげぇですわ!!」
「す、すごい……!! ヴァネッサ! 乗り出さないで下さいよ!!」
キラキラと弾ける波しぶき。
それを実際に体験してみて、ヴァネッサはやはり、儲かると確信したのだった。
――
ツアーが終わって、彼女は魔獣操者の女性に質問していた。
「あの、王国から来たので魔獣のことはよくわからないのですが。何点かお伺いしてもよろしいかしら?」
「あぁ、それならウチの
リヴァイアサンを操り疲れた表情を見せる彼女は、ヴァネッサに名刺を渡した。
さっと渡されたそれを読んで、彼女は目を丸くした。
「準備いいですわね?」
「ははは……ウチ今仕事多すぎて人手不足なので……興味持った方は勧誘してくれって」
これは、チャンスですわ! と拳を握った彼女はエルクを連れて。
買い物のついでに出張所を訪ねた。
結構長いこと質問して資料も持って帰ってきた彼女は、家に帰るとそれを床に広げ、行儀悪くあぐらをかく。
「さて、作戦会議ですの。ついでに仮会員にもなってきましたわ」
「話が早いですねほんと。で、どうだったんです」
鼻息荒く告げる彼女に、エルクは尋ねた。
リヴァイアサンウォッチングの参加費が結構高くついたので、できれば成果があればいいなぁと思う彼は、彼女の目の前に座り、買ってきたものを整理しながら聞く。
「まず、リヴァイアサンを手懐けられる
自らの魔力を魔獣に分け与え、彼らを助けることで力を借りる魔獣操者。
ちょっとした船ほどはある巨体を、意のままに操ることのできる者は多くない。
「次に、あれほど大型の魔獣には膨大な魔力を必要とするので、手練れでも一日に一体しか従えられない。……んふふ、最高ですの」
魔力が足りなければ怒った魔獣に食われるリスクすらある危険な職業で、いくら手練れの者でも極力休み休み仕事をする。
「最後に、ツノマリちゃん……ツノマルリヴァイアサンはめちゃくちゃ珍しい上に超でかいので、今まで手懐けられた操者は存在しない……ふひひ、完璧ですわ」
そういう訳で、非常に希少で強力な魔獣であるツノマリちゃんは、数多の操者の憧れだと。
聞き出してきた彼女が考えていることを、エルクも大体理解した。
「……支配の笛、そんなことに使っていんですかねぇ」
「何を! 平和的な利用法ではありませんの! 早速狙った魔獣を呼ぶ練習をしにいきましょう! エルク、船を出しなさい!!」
支配の笛を使いこなせれば儲かると。
興奮気味に話すヴァネッサに、エルクは冷静な顔で窓を指差す。
水平線に落ちる夕日が、二人の姿を赤く照らした。
「リヴァイアサンが眠っている夜の海は、とんでもなく危険なんでダメです」
リヴァイアサンが起きている昼には出てこられない、凶暴な魔獣たちが多く湧く。
そう告げると、彼女は頬を膨らませた。
「むむむ。じゃあ明日にしますの!」
「はいはい。……下手に有名にならないほうがいいと思うんだけどなぁ……」
ちゃんとした仕事だし、やる気満々の彼女を止める気などないのだが。
悪目立ちしてヘクトル王子に嗅ぎつけられないか少し不安になった。
王子が支配の笛を奪ったら、封印が解けてしまうかもしれない。そんな事になったら……と心配をする彼は、いざとなったら自分が護るしかないかと気を引き締めようとして。
「あ、エルク、忘れてましたわ!」
「え、なんです?」
「温泉、行きましょ?」
彼女の言葉に全ての思考が吹っ飛んだ。
「え、一緒に行くんですか?」
「だって場所知りませんし。……あっ、まさか」
「うぐっ」
「一緒に入ろうなんて思ってましたの~~~?」
「思ってません!! 思ってませんよ!!」
素っ頓狂な声を上げた彼に、ヴァネッサはにやにやと笑う。
からかわれた彼は耳まで真っ赤に染まって怒鳴った。
「まぁ、それはそれで構わないのですけどねぇ……ちょっと自信なくしますわ」
多分、初めての恋をした彼にくるっと背を向けて。
クラーケンの時から少しアピールしてやってるのに。と呟くと。
ヴァネッサは軽く口をとがらせた。
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