マカロンの走馬灯

大上 狼酔

マカロンの走馬灯

 余はマカロンである。名前はまだ無い。どこで製造されたかとんと見当がつかぬ。

 しかし、紛れもなくマカロンである。ピンク色の表面に甘い香り、中にはたっぷりとクリームが詰まっている。そんな私に死というものが迫っている。


 つい先程のことである。私は狭い一部屋の中の机の上に置かれていた。拘束されている余の運命を憐れんでいると、少女が扉を開けて入ってきたのだ。何とも輝いているまなこではないか!この時ばかりは余の魅力が仇となった。

 だが、余はその厄災よりも気になることがあった。少女と一緒に部屋に入ってきた男だ。胸元に組織のエンブレムのようなものが付いた軍服を着て、銃火器を持っている物騒な男である。当然少女も気が気でないようで、後ろを気にしている。

 まぁ、所詮父親に違いないのだが、余はそのエンブレムが少し気になった。死を前にして何ともいえない違和感を覚えてしまったものだ。


 少女は不安そうに聞く。

「食べてもいい?」

 それでもなお、あの眼は飴玉のように輝いていた。

 男は静かに頷いた。

 少女は余を手に取った。段々と口が近づいてくる。

(廃棄されなかっただけましか……。とはいえ無念だった。最後にデザートでも……いや余が”デザート”か。)

 少女に喰われる刹那、ふと皿を見つめる。余が鎮座していた場所に男と同じエンブレムがあったのだ。



 

 その時、余は走馬灯を見た。



 

 揺れている?そうか、運搬されている車内か!ここにはトラックで連れて来られのだ。余の近くには二人の男が佇んでいた。何者か気になり、声をかけた。

「其方、何者だ?」

 男たちは驚き、暗かった顔は少し変化した。男たちはスーツを着ていて、胸元には例のエンブレムがあった。片方が口を開いた。

「我々はパティシエです。」

「ほう、にしては羊羹ようかんのような地味な服装をしておるな。」

「恐縮です。」

 するともう片方が唖然として言った。

「ほ、本当に喋った……。」

「ん? 何かおかしいか? マカロンとは喋るものだろう?」

「は、はい。」

「あ~。余の言葉遣いが意外だったか? すまんな、同胞に会ったことがないのだ。」

 心なしか彼は相方に睨みつけられていた。

「ところで、余はどこで製造されたか知っているか?」

「……。」

「お、お前! いい加減に……」

「黙れ。」

 冷静な方が遮った。ジェラートみたいな奴だ。

「あなたはスイーツ専門店 ”die Zerstörung”で作られましたよ。」

「な、なんと言った? どこの言語だ?」

「ドイツ語です。」

「意味は?」

「秘密です。でも、あなたにとってもお似合いですよ。」

「ケチだな。余のたっぷりとしたクリームを見習ったらどうだ。」

「恐縮です。」



 

 本当にそうか?生まれた場所はそこだったか?思い出せ、もっと昔のことを。



 

 揺れている?地鳴りのような音が響いている。熱風が肌に当たり、刺激臭が鼻につく。

 そうか、我は……。

「君はマカロンだ!!」

「?」

 白衣を着た人間が必死に訴えてくる。こいつは何を言っている?

「君はマカロンなんだよ!」

「マカロンとは確か……」

 男は手元の端末を我に見せてきた。

「焼き菓子、だったか。」

 我は腑に落ちなかった。ではこの惨状を何と説明するのか。いや、そんなことを聞く余裕は負傷した我になかった。意識も朦朧としていた。こいつらに何かされたに違いない。

「ならば、床の赤い液体は何だ?」

「ス、ストロベリーソースかな!」

 なるほど、この男が言う通りかもしれん。男は半狂乱であったが、ストロベリーソースともなれば話は別だ。

 そうか、余はマカロンか……。

 体の力が抜けていく。徐々に余の体は小さくなっ、て、い……った……。

 意識の奥でなにかが聞こえる。

「収容が完了しました。速やかに次の対処に移ります。」

「被害の規模を確認しろ!」




「緊急事態発生!緊急事態発生!」

 気づいたときには余はあの部屋で宙に浮いていた。少女の生死も、男の叫び声も今となってはどうでもよかった。

 それにしても走馬灯とはこうまでして素晴らしいものであったか!余は最高の幸福を感じていた。今まで欠けていたものが埋まっていくような、そんな充実感で満たされた。ぜひ、他の人々にも味わってほしいものだ。

 そうだ!ならば余が見せてやろう!走馬灯をみる条件は、一文字で言い表せるほど単純なものなのだから。

「緊急事態発生!!緊急事態発生!!」



人類に 見せてあげよう 走馬灯

なぜなら我は マカロンだから




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