第45話 待ち伏せ
◆
「––––以上の罪により、オズウェル公爵に死刑を宣告する」
裁判長が判決を下した瞬間、ハイエルランド王国第二王子、アルヴィン・サナーク・ハイエルランドは激しい動悸に襲われた。
(っ、はあっ、はあっ……)
視界が歪む。
(なんだ、これは?)
彼は先ほどから目の前で起きていることが理解できなかった。
(なんなんだ、この状況は?!)
昨夜会ったとき、叔父は……オズウェル公爵は、彼にこう言ったのだ。
『この裁判は元老院派どもが仕組んだ茶番劇です。証拠もなく、道理もなく、ただ私たち『尊き血』を持つ正当な者を貶めることが目的なのです。ですからアルヴィン殿下が心配されることは何もないのですよ』と。
––––なのに、どうだ。
あの憎たらしい婚約者候補とその兄は、次々に叔父にとって不利な証拠を並べ立てていった。
あれらはきっと、元老院派により捏造された証拠。
だが叔父の弁護士はその捏造を暴くことができず、失言を発して退場。
自ら自分の弁護を宣言した叔父も、周到に用意された罠から抜け出すことはできなかった。
結果。
叔父は発狂して倒れ、下された判決は『有罪』。
議場に満ちるのは安堵の拍手。
そんなはずない。
許されるはずがない!
自分と同じ『尊き血』が流れる叔父が、平民上がりどもの罠に嵌められ、死刑になるなど……!!
「ぐぅっ……」
歯ぎしりするアルヴィン。
「以上をもって、本法廷を閉廷とします!」
裁判が終わる。
バタン! と開かれる議場の扉。
同時に議場に突入してくる第二騎士団の騎士たち。
彼らはあっという間にアルヴィンの支持者である王党派の貴族を取り囲んでしまった。
(な、なにが……何が起こってる?!)
訳がわからず周囲を見回すアルヴィン。
と、いつの間にか議場の真ん中に立っていた『穢らわしい血の混じった兄』が演説を始めた。
そして、
「––––総員、被疑者を確保せよ!!」
兄の号令とともに逮捕され、連行される王党派の貴族たち。
「ま、まさか––––ち、父上っ……!!!?」
判事席にいる父王に向かって叫ぶ。
が、その声は喧騒にかき消されて届かない。
それどころか父王は、兄の報告に厳しい顔で頷くと、二人で議場をあとにしてしまった。
その事実が意味するところを理解できないほど、アルヴィンは馬鹿ではない。
「そんな……そんな馬鹿な…………。この茶番劇を、陛下が、了解しているというのか?!」
茫然と呟いたアルヴィンは、椅子に座り込んだ。
最初から、何かがおかしかった。
なぜ叔父が……現役の宰相であり、王国で王家に次ぐ権威と権力を持つオズウェル公爵が、被告人席に座らされているのか?
なぜ没落しつつある新貴族の息子ごときが、検事席にいるのか?
そして、なぜその妹が参考人席に立ち、我が物顔で証拠品の説明をしているのか?
叔父は『事前に襲撃当日の予定を知っていた』という理由で訴えられた。
だがそれなら、あの平民伯爵家の連中はどうなのだ?
あの連中だって、当日の予定を知ってたじゃないか!
それに自分たちがでっち上げた証拠なら、自分たちに都合の良いように説明するのもわけ無いだろう。
つまり、自作自演!!
アルヴィンは、未だ傍聴席にいる『敵』を見た。
婚約者候補の娘と笑顔でじゃれ合う、その父と兄。
企みが上手くいき、増長しているように見えた。
「––––くそっ、化けの皮を剥いでやる!」
席を立つ。
判決は下った。
だが、到底納得などできない。
––––父王にお願いしてこんな酷い仕打ちはやめてもらわなければ。
アルヴィンは議場を出ると、本城へと向かったのだった。
早足で廊下を進む。
目指すのは、父王の執務室。
と、向こうから一人の女性が息を切らせながらこちらにやって来るのが見えた。
(あれは……たしか、母上の侍女?)
そう思って訝しむと、向こうも気づいたらしく、
「殿下っ! アルヴィン殿下っ!!」
と叫んで走り寄ってきた。
「どうした?!」
「王妃殿下が、お母上がっ––––」
「母上がどうした?!」
嫌な予感がして思わず叫ぶと、侍女はとんでもないことを口にした。
「––––今しがた、王陛下が騎士たちを引き連れて部屋にやって来られ、王妃殿下のことを『暗殺未遂の共犯』と言われ、西の塔に連れて行かれたのですっ!!」
「なっ、なんだって!!!???」
アルヴィンは顔を歪め、泣きそうな顔で聞き返した。
☆
容疑者が連行され、気の短い議員たちがそれに続いて議場をあとにする。
議場の出入口は大混雑していた。
「混雑が落ち着くまで少しかかりそうだな」
お父さまがそう言うと、ヒューバート兄さまが首をすくめた。
「きっと、車まわしも凄いことになってるんだろうな」
実際、登城した時も車まわしは馬車と人ですごく混雑していた。
帰りならもっとだろう。
「急ぐ必要もありませんし、しばらく様子を見てから動きましょうか」
「「そうだな」」
私の言葉に、父と兄が同時に頷く。
––––結局、私たちが議場を出たのは、それから十分ほど経ってからだった。
☆
議場から車まわしまでは、少々離れている。
歩いて7分ほどはあるだろうか。
私たちは城の廊下を歩いていた。
「お父さまとヒュー兄さまのおかげで、なんとか今日の裁判を乗り切ることができました。本当にありがとうございます」
私が二人に感謝すると、
「いやいや。俺がやったのなんて、魔力探知機の資材調達と工程管理くらいだし。レティの方がよっぽどお手柄だよ」
「そうだな。私も陛下への報告と中立派家門への根回しくらいしかしていないからな。グレアムも頑張っていたが、やはり今日一番のお手柄はレティだろう」
……と言って、頭をなでてくれた。
その手の温かさに、ほっとする。
このひと月というもの、ずっと気を張って動いていたから、やっと肩の荷が降りた気分だった。
そうして気を抜いた時だった。
「「!!」」
横を歩く父と兄が急に立ち止まった。
「?」
目を凝らすと、少し先の廊下の柱に誰かがもたれかかっているのが見えた。
ちょうど影になっていて、顔は見えないけれど。
その人物は私たちの方を見ると、体を起こし、魔導灯の光の下に進み出る。
光が、その顔を照らす。
「っ!?」
それは、憔悴しながらも目だけを不気味にギラつかせる、第二王子のアルヴィンだった。
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