第40話 実証試験
公爵の突然の宣言に、議場がざわついた。
カンカン、と裁判長が木槌を鳴らす。
「ええと、今一度確認しますぞ。被告は弁護人に代わり、ご自身で自らの弁護をされる、ということでよろしいですかな?」
「そうだ」
短く返す公爵。
その表情や口調に、乱れはない。
一拍置き、公爵は再び口を開いた。
「先ほどの弁護人の発言は不適切だった。代理に立てた者として責任を持って彼の発言を取り消すとともに、お詫び申し上げる」
公爵は陛下に向かって立礼する。
––––ああ、なるほど。
つまり公爵は、先ほどの弁護人の第二騎士団への侮辱発言を『自らの使用者責任として』、『陛下に対して謝罪するために』このような形をとった、と暗に言っているのだ。もちろん第二騎士団に対して謝罪する気などない。
おそらくそれは事実だろう。
だけど、それだけではないかもしれない。
魔導通信機に関する検察側の追求に対して『弁護士の手に負えない』と判断した可能性もある。
私がそんなことを考えていると、公爵は今度は裁判長の方を向き、口を開いた。
「先ほど検察側から要請のあった、その魔導具の説明についてだが––––当家が所有する商会の営業機密に関わることなので、黙秘させて頂く」
(「「!!」」)
公爵の発言に、皆が息を呑む。
「一つだけ言うとするならば……『今回の事件には、私同様、無関係だ』ということだ」
公爵は一方的にそう言うと、もはや話すことはない、とばかりに着席した。
(営業機密、ね)
私が顔を顰めると、傍らに立つグレアム兄さまが呟いた。
「うまいこと言い逃れたな。普通『黙秘する』と言えば『やった』と同義なんだが……『商売上損害が出る』ならば十分黙秘する理由になる」
私は少しだけ考えて、兄に言った。
「……どちらにせよ、私たちがやることは変わりませんね」
「そうだな」
そう言って、笑いあう。
その時、法廷係官が兄のところにやって来て、言った。
「魔導具の準備が整いました!」
☆
兄が裁判長に向かって手を挙げる。
「準備が整ったようですので、早速、証拠品を使って実証試験をしてみたいと思います。よろしいでしょうか?」
「もちろん、許可します」
頷く裁判長。
「それでは参考人、説明をお願いします」
兄の呼びかけに、私は頷いた。
「それでは僭越ながら、本魔導具の説明と動作テストを実施させて頂きます」
私は証言台を降り、魔導通信機が置かれた裁判官席と検察席の間にある大窓のところまで歩いて行った。
今、その窓は開かれ、ミストリール線が巻き付いた木組が、そこから外に向かって顔を出している。
「まず最初に申し上げたいのは、こちらの魔導具は、先の審議の証拠品である『箱』と基本構造は同じである、ということです」
私の言葉に、裁判長が首を傾げる。
「それにしては、例の『箱』より随分と大掛かりに見えますな」
私は頷いた。
「あの『箱』は短時間で大量に魔力を消費して、全方位に魔力を放出するものでしたが、こちらはより実用的に作られています」
「実用的、と言いますと?」
「わずかな魔力消費量で、より遠くに魔力波を飛ばすことができる、というのが一つ。さらにもう一つあるのですが、それは見て頂いた方が早いでしょう」
私がそう言うと、それまで黙って見ていた陛下が、にやりと笑った。
「それは実に面白そうだな」
「……後日、同様の機能を持つ魔導具を献上させて頂きますので、今日のところはご容赦くださいね」
「わかっておる、わかっておるよ。その日を楽しみにしておこう」
そう言って、にまにま笑う陛下。
(「陛下、ずるいですぞ」)
隣の裁判長がひそひそと呟く。
「後で裁判所にもお売りしますからっ」
「ほっほっほ。それは楽しみですぞ」
––––もうやだ。このおじさんたち。
少々げんなりしながら魔導通信機の前の椅子に座る私。
目の前には電鍵。
いよいよ、実演の時だ。
私はグレアム兄に頷いてみせた。
兄が、今回準備したことについて説明を始める。
「実は今回の実証試験のために、こちらの魔導具と同様のものを用意して、この窓から見えます東の尖塔に設置致しました。これからこの魔導具で向こうに魔力波を送り、それを合図として同様の魔力波を向こうからこちらに送り返してもらいます。––––レティ、準備はいいかい?」
「はい、お兄さま!」
兄の言葉に頷くと、私は「いきますっ」と宣言して電鍵に指を置いた。
そして––––
(トト・ツー・トト…………トト・ツー・トト)
二度、同じ符号を送り、電鍵から手を離す。
静寂に包まれる議場。
一秒、二秒、三秒…………
握った手が汗ばみ始めたとき。
その音が、議場に響いた。
《トト・ツー・トト…………トト・ツー・トト》
「「おおおおおおおおーーーーっ!!!!」」
議場が揺れる。
私は大きく息を吐いた。
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